「もう死んでいたかも」電車に触れたその瞬間――ひきこもりの自宅に現れた“元支援相手”が人生を変えた
「もう死んでいたかも」電車に触れたその瞬間――ひきこもりの自宅に現れた“元支援相手”が人生を変えた

小中学校のときひどくいじめられていた50代男性。学校を休むことも許されず耐えていた。

母親の再婚相手の会社で人との会話もないまま働かされて病んでしまったが、コスプレに目覚めたことがきっかけで、初めて自分のやりたい仕事に出会った。だが、オーバーワークで体調を崩し仕事を辞めると、そのままひきこもってしまう。どん底から脱することができた、驚きの体験とは――。(前後編の後編)

コスプレ関連のNPO法人設立のため1人で奔走

32歳でコスプレを始めた園田明日香さん(53)。知り合いが増えてくると、いろいろな悩みを聞くようになった。

「女性を襲うとかメチャクチャなことをやる人たちがコスプレイベントに結構入り込んでいたらしく、女性の中には、メンタル的に非常に不安定で世間に居場所がないような子もいたから、引っかけやすかったみたい。

で、そういう子が不同意性交等の被害に遭って緊急避妊薬を飲んだとか、自暴自棄になってオーバードーズしたという話を聞いて、『エッ、大変だ!』と。

僕は当時、女性とつき合ったことがないコンプレックスもあったし、僕の実父から母親が暴力を受けていたとか、いろいろ重なって、『許せない!』と思ったんですね」

園田さんは地元の自治体など、あちこちへ相談に行った。

「コスプレのNPO法人を作ったら」と言われ、費用はすべて持ち出しで、設立に向けて奔走した。

県の窓口に申請に行ったら職員から「AVでも撮るんですか?」と聞かれ、ブチ切れた。机を叩くと室長が飛んできて、理由を説明すると相手は平謝り。

書類の手直しも手伝ってくれて、「特定非営利活動法人 コス援護会」の設立にこぎつけた。33歳のときだ。

NPO法人を作っても、すぐ問題が解決したわけではないが、周りの人たちの見方は変わる。

園田さんはボランティアで様々な相談に乗った。

「他人の支援だけど、結局、自分のためにやっていたんです。孤立している人たちの話を聞いて、自分も孤立からは解消されたから。それでやっと中学のとき僕をいじめていた4人への殺意が消えたんです。

コスプレで出会った人たちと関係性ができて、もし、ここで僕が何かやっちゃったら、『被害者の話は誰が聞くの?』と。

少し人の役に立てているのかなと感じたら、自殺欲求も、殺人欲求も、自傷行為も減ってきた。だから、オタクでよかった(笑)」

38歳で新たな仕事を得て再スタートを切る

青年会議所にも誘われて加入。保護司も引き受けるなど人脈を広げていった。

だが、園田さんは人の相談に乗りながら自分の力不足を痛感するばかり。

そんなとき地元にワンストップの相談室ができた。園田さんは「あなたを支える人がいる」というキャッチコピーを見て大泣きしてしまったという。それまで支えられた経験がなかったからだ。

「どうしたらいいのか教えて欲しい」とメールを送ると、「いつから来られる?」と返信が来た。

先方はNPOの活動も知っていて、相談室で働けることになったのだ。

「初めて、自分がやりたいと思った仕事だから、もう泣きながら喜びましたよ。NPOの活動は、お金が目当てじゃないから、皆が親切にしてくれたんですかね」

相談室には、ひきこもり、孤立や障がいに悩んでいる人、失職者、刑余者など、ありとあらゆる人が困りごとの相談にきた。

現場で学ぶだけでなく、外部での研修にも行かせてくれ、支援員としての力を付けることができた。

上司にお礼を言ったら、「助けてもらったと思うなら、次、困っている人に返してあげて」と言われたことが、記憶に残っているという。

こうして、園田さんは38歳で新たなスタートを切る。

その後は相談室が閉まるなどして何度も職場が変わったが、支援職としてキャリアを積んでいった。

電車に接触し、あわや転落死!

ある福祉事業所に勤務しているとき、オーバーワークで体調を崩してしまった。睡眠が浅くなり、朝、起きられない……。

園田さんは44歳で初めて、精神科に行くことに。

「義父の会社に軟禁されて幻視が見えていたときも、精神に異常をきたしているなんて認識はなかったので、医者には行かなかった。

でも、相談室の同僚たちから『あなたも当事者なんじゃないの』と言われて自分でも思い当たる節があったので、(精神障害者保健福祉)手帳を取っておいた方がいいかなと思ったんです。

空気はまったく読めないと言われるし、他の人が考えていることは、いちいち言ってもらわないとわかんない。

特に用件が分からない、知らない人との電話だと相手の想像ができないから、何を言っているかわからなくて、何度も聞き返しちゃう。

事務作業は苦手でメモが上手にできないし、新聞記事より文章が長いものは内容が頭に入ってきません」

検査をすると広汎性発達障害(現在はASD自閉スペクトラム症に含まれる)とADHD(注意欠如・多動症)だと診断された。

通院を始めたが体調はよくならない。仕事の帰りに、駅のホームで電車を待っていたときのこと。入線の案内が聞こえ、気付いたときには電車の先頭に右腕が当たってホームに倒れていた。

「あと一歩で転落ですね。タイミングがちょっと違っていたら、転落して死んでる。ちょうど翌日が診察で、その話をしたら医者の様子が変わりました」

休職を勧められたが「今は仕事を休めない」と言うと、医師に、「電車が止まってドアが開くまで、ホーム真ん中の支柱を両手で抱えて」と指示された。

「もう、やるしかないなと。ただ抱えているのも嫌だから、ミンミンミンって蝉の鳴きマネをして(笑)。今考えたら、ホント痛い人だな。

で、入線の案内が聞こえたら、下半身だけ行こうとするの。

ドラマや漫画で“電車に呼ばれる”って聞いたことがあるけど、本当にそうなっちゃうんですね」

ひきこもっている家を訪ねてきたのは……

半年後に仕事が一段落。「ちょっと休む」ことにしたのだが、仕事を辞めると、そのまま家にひきこもってしまった。

片付けるのが面倒で何でもポイポイ投げていたら、床が見えなくなる。お風呂に入るのも面倒臭くなり、1週間近く入らないことも。

実は、園田さんが家にひきこもったのは2回目だ。

最初に勤めた相談室が閉まった後も、4か月間ほどひきこもった。ただ、そのときは次の仕事をオファーしてくれる人がいて、すんなり脱したのだが、2回目はより重症だった。

「せっかく支援職で頑張って、ここまで来たのに、もう仕事にも戻れない。人生が詰んじゃったと思って、何もする気が起きなくて……。

ひたすらネットでYouTube観てた。戦争物とか過去の処刑の方法とか。

アニメも人を殺すようなもんばっか観て。鬱々として余計気持ちが沈んでいくけど、人生終わってしまったから、もういいやって」

ある日、部屋のドアが激しくガンガン叩かれ、ピンポンピンポンと何度も鳴らされた。やっとの思いでドアを開けると、かつて自分が支援した元ひきこもりの男性が立っていた。園田さんに電話をしてもメールをしても出ないので、家まで訪ねてきたのだ。

「そのまま車で熱海に連れて行かれて。大いに飲んで食べて、『泳ぐぞ』って無理やり泳がされたのも覚えている(笑)。

それから、少しずつ外に出られるようになったんです。自分じゃ、もうどうしようもなかった。彼に家まで来た理由を聞いたら、『お前が過去にやったことだ』と言われて、アッ!と」

その後、仕事を紹介してくれる人がいて、「働かなきゃ」という気持ちを持てた。1年後にまた別の人に声をかけもらい支援職に戻ることができた。今は大手企業で総合職として障害者のマネジメントなどをしている。

「要所要所で僕のために動いてくれた人がいるっていうのは、今考えても出来すぎだと思います。

ただ、それまでの自分の行動と言動の積み重ねが、動いて支えてくれる人を作ったんだというのは間違いないと思う。

人間はお互いに生かされている。私にもできることがあることがわかった。だから、これからも支援職をやっていきたいと思っています。僕みたいな人間を1人でも減らしたいから」

ずっと家族とは疎遠のままだったが、50歳を前に母親、義父、弟と和解した。支援職として得た知見を自分のために使い、家族関係を戻したのだという。

「コスプレで出会って1年近くお付き合いした人もいたんですよ。僕も結婚して自分の家族を作ってみたかったけど、もう手遅れだよね(笑)。弟には『うちの親は兄ちゃんに厳し過ぎた』と言われました。

母親に『昔のことだから責めないで』と言われると怒りに火が付いてケンカになるけどね。でも、電車に接触したとき浮かんだのは母親の顔だったんですよ。瀬戸際まで追い込まれたとき、一人でいいから頭に誰かの顔が浮かぶことが大切なんですね」

複雑な思いを抱えながらも、母親、義父、弟と新たな関係を築くのは楽しいのだろう。顔がほころんだ。

〈前編はこちら『「いじめ→家庭で孤立→“軟禁状態”」で幻視・幻聴…53歳男性の人生を変えたコスプレとの出会い』

取材・文/萩原絹代

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