アシュラを演じていてこんなにつらいことはない
アシュラは若狭にことばを教えてもらい、獣の状態からだんだんと人になっていく。若狭に対して淡い恋心を抱くも、七郎とふたりで会っている若狭を見たアシュラは、マサカリで七郎を攻撃する。
野沢 マサカリを持っているから七郎のことは絶対に殺せるんですよね。でも、若狭は七郎のことが好きだってわかるから、殺せない。若狭からは「人でなし! 顔も見たくない!」と言われてしまって、やり場のない怒りをぶつけるために、地面に何度もマサカリを叩きつける。もう抱きしめたいくらいに切ない。……ああ、思い出して、いま泣きそうになってます。
ーー産み落とされてすぐに空腹の母親に食べられそうになって、ひとりで生きてきた。人間のことなんて殺すか、食うかしか考えてなかったアシュラがやっと心を許した若狭に「人でなし」と言われる。そのシーンでのアシュラの「生まれてこなかったらよかったのに」のセリフで、ウルウルきてしまって。
野沢 そうなの。10歳の子どもが、「生まれてこなかったらよかったのに」なんてことばを吐くなんて、とてもつらい。やっと人間の心を覚えてきたところなのに、「人でなし」と言われたのが心に残り、「オレはけだものだギャ!」って、自分からけだものに飛び込もうとする。アシュラを演じていて、こんなにつらいことはないですよ。
ことばを知らない子がビシっと話せるわけないでしょう
そのあとアシュラは、最初にことばを教えてくれた法師と再会する。「いっぱいことばを覚えたな、人間らしくなって」と声をかける。だが、アシュラは自分のことをずっとけだものだと言い張る。すると、法師は「けだものだったら、食えるはずだ」とマサカリで自分の腕を斬ってしまう。かつて人間を食べていたはずのアシュラは、どうしたらいいかわからずに、走って去ってしまう。おれの好きなシーンだ。
野沢 あそこは悲しくてどうアシュラとしての気持ちを言葉に出来るのか……衝撃のシーンでした。法師様は、「お前とはすれ違っただけの行きずりの縁だったかもしれない。でも感謝している」とお礼を言ってくれるんですよね。法師の言葉で人間が生きていくためには、生あるものを食べないといけない。それはけだものと同じだ。人間として生をうけたからには命を全うしないといけない。
ーーアシュラは、最初に出会ったとき法師のことも食べようとしていました。でも、その法師からはじめてのことばを教えてもらう。
野沢 南無阿弥陀仏ですね。人間とけだものの違いは心があるということ。最初はわからないけど、じょじょにわかっていく。でもね、私のなかでは、ことばを知らない子がビシっと話せるわけないでしょうと思ったの。だから、「なむあみだぶちゅ」と、自然に小さい子の言い方をしたの。
ーーそうだったんですか! 原作では「なむあみだぶつ」とふつうに言ってたなと気になっていたところなんですよ。
野沢 さとうけいいち監督も、「いままでことばを知らないんだから、なるほどこうだよな! スタッフみんなこれだと思った」と言ってくれました。
ーーほんとうに、アシュラになりきっていないと出ないセリフですよね。
野沢 ラストシーンで、村人に追われているアシュラが、橋に火を付けられるじゃないですか。
ーー橋の両側を囲まれて、双方から火を付けられるんだけど、必死に逃げるシーン。
野沢 アフレコのとき、火のパチパチって音はないんですけど、私には聞こえた。そしてほんとに熱かったんです! だから必死、映画ではかなり音に消されていますけど、実際は「グワ〜〜〜〜」っと言いっぱなしでした。ここから逃れないと死んでしまう。せっかくもらった命なんだから、生きないと! という気持ちでいっぱいでした。
「涙が出ちゃうの」と野沢さんは続ける。インタビューの前、「野沢さんは『アシュラ』の話をすると止まらないですよ」と話しかけてきた関係者のことばを思い出す。野沢さんの眼はほんとうに終始潤んでいた。
野沢 作品を紹介するとき、宣伝のために「ここのシーンがおすすめです。ぜひ観てください」と言うんですけど、私はあまり言いたくないんです。
(加藤レイズナ)