『エール』第20週「栄冠は君に輝く」 99回〈10月29日(木) 放送 作:清水友佳子、演出:倉崎憲〉

久志はまだ「栄冠は君に輝く」を歌わない
久志(山崎育三郎)はなかなか「栄冠は君に輝く」を歌わない。史実ではモデルの伊藤久男が歌っているので当然、歌うと思いきや、98話で歌ったのは、「夜更けの街」。【前話レビュー】終わってもなお人々の人生に暗い影を落とす戦争 裕一の音楽は久志を救うことができるのか
裕一のモデルの古関裕而の自伝『鐘よ鳴り響け』に「彼(伊藤)は戦時中、身体をいためて郷里の福島、本宮に引きこもっていたが、この年(昭和22年)に上京、戦後初めての吹き込みではなかったかと思う」とある。
池田(北村有起哉)に相談し、久志の説得を頼む。このときの池田の振る舞いは、彼の人間的魅力にあふれていた。久志が溺れている博打で勝負して、勝つことで、強さを示す→敗けた久志のおごりにして栄養価の高いラーメンを食べさせる(by 智彦)。→その代金を払うために、歌を歌わざるを得なくする→いまのやさぐれた久志に当てて詞を書く→その文学的な詞に打たれた裕一が名曲を書く……という寸法。
なぜ、池田に説得を頼んだか
親友の裕一や鉄男(中村蒼)が久志に向き合えばいいと思うものだが、ふたりともすでに久志の説得に失敗している。何度説得しても久志はやさぐれるだけ。そういうときは第三者に任せるのが良い。池田は見事に、裕一がいかに久志を大事にしているか伝える。当人がじかに言うより他者から聞くほうが効果的であるとはよく言われることだ。
「人は裏切るし 信用すれば痛い目を見る。そう思って生きてきた」と言う池田が、裕一は「1点の曇りもなく、心の底からあんたを生涯の友と言い切って、なんとしても助けたいってさ」と伝える。97話で、久志は、父の生前寄ってきた人々が落ちぶれて亡くなったら見向きもしなくなるとぼやいていた。
それにしても、「暗い坂場のダイスのかげに」とか「ひょいとのぞいた地獄の顔よ」とはなんて歌詞であろうか。さすが演劇界の巨匠・菊田一夫先生(池田のモデル)。
そこで、藤丸も活躍
「船頭可愛や」をきっかけに、裕一たちと仲良くなった藤丸。いつの間にか、久志の色香に惑わされて、浮気性の彼に悩まされながらも、意外と相性が悪くないらしく、せっせと久志の世話をし続けている。「船頭可愛や」のエピソードの頃は、飲んでくだをまく、おもしろキャラのように描かれていたが、戦後はしっとりした落ち着きが加わって、愛情の深いキャラに様変わり。ときには強い言葉で叱咤もしながら、ひたむきに久志を応援する。
97話では、「なんだかもう疲れちゃった。彼に関わってもすり減るばかり」と弱音をはき、「私があの人をダメにしちゃってるのかな」と音(二階堂ふみ)に相談したりもして、恋する女の揺れる心を見せている。ここは妙に生々しい。

身体表現の豊かさ
藤丸は「夜更けの街」のレコーディングのとき、ブランクからか歌えないでいる久志に近寄り、まず腕をぎゅっとつかみ、そのあと、ポンと背中を叩く。あくまで控えめに。この動きが良かった。その前に、鉄男もいい動きをしている。
こうして久志復活かと思いきや、また飲んだくれてしまったとき、鉄男は「勝手にしろ」と愛想を尽かして去っていく。そこで、裕一は鉄男の腕を掴むが、鉄男はそれをポン!とはらう。この動きも鉄男の苛立ちをよく表していた。
身体を使った表現をきちっとやっているドラマは信用度が増す。
「戦時歌謡」とはなにか
「戦犯」と呼ばれたトラウマは久志のなかから簡単に消えなかった。裕一も終戦を迎えた後、3カ月間、なにもできずに時計の分解をして過ごしていたくらいだから、久志がすぐに再生できないのも無理はない。本人の考えすぎではなく、周囲もそういう目で見ている。裕一が「栄冠は君に輝く」を久志に歌ってもらいたいと大倉(片桐仁)に提案すると、戦時歌謡を歌っていたからと渋る。裕一も戦時歌謡の第一人者だが、それは大倉との関係で不問にされていた。
『エール』で描くのは、戦後の物理的な貧しさでなく、人が精神的に蝕まれていることである。
大倉の言う「戦時歌謡」とはなにか。古関裕而は自伝のなかで、「『露営の歌』は大衆の心から生まれた曲であり、軍の命による軍歌ではないのである。いわゆる国民一般が歌う歌は戦時歌謡なのである」と、述べている。
当時、軍歌や、愛国歌、時局歌などに細分化されていて、古関は自曲を軍歌ではなく戦時歌謡と考えていたが、厳密な視点で見ると軍の要請でつくった軍歌も混じっているのではないかと言われている。そこが、現実問題だと戦争協力の分かれ目になってくるので重要なのだが、ドラマ『エール』では「戦時歌謡」に統一した。
NHKの番組広報は統一した理由をこう説明している。
「“戦時歌謡”という言葉は、連続テレビ小説『エール』の風俗考証をご担当頂いている刑部芳則さんが、著書の『古関裕而 -流行作曲家と激動の昭和』で使用されている言葉てす。ドラマの中ては、裕一か軍への協力として作曲する場合も、出征する兵士や送り出す家族たちの気持ちに寄り添う曲作りをしているという描き方をしているので、 “戦時歌謡”という呼称を使用するのがより内容に沿っていると考え使用しています」(Yahoo!ニュース個人「NHKの朝ドラは戦争をどう描いてきたか ~『エール』では音楽と戦争の関わりを 過去の作品では?」より)
つまり、「戦時歌謡」という言葉は、軍との関係を切り離すための言葉であり、ここで大倉および新聞社の上司が戦争に関わった歌手が高校野球の歌を歌うことを渋るときに使用するには、ドラマはフィクションなので史実と違っていていいとはいえ、いささか疑問を感じる。
久志本人が歌っていたことに罪悪感を感じるのは自由だが、他者から咎められる理由が薄らいでしまうのではないか。これは、史実とドラマは別であるという話ではなく、言葉の意味の認識の問題である。現代性やおもしろさを優先してもなお、言葉の意味には慎重でありたい。
ただ、ここで大倉が「戦時歌謡」を使うことで、彼もまたなにかに配慮しているのではないかと、「戦時歌謡」という言葉しか存在しない『エール』ならではの読み取りを楽しむこともできる。
久志は「栄冠は君に輝く」を歌って、復活を遂げるか、100話が楽しみだ。
(木俣冬)
■窪田正孝(古山裕一役)プロフィール・出演作品・ニュース
■二階堂ふみ(古山音役)プロフィール・出演作品・ニュース
■中村蒼(村野鉄男役)プロフィール・出演作品・ニュース
■山崎育三郎(佐藤久志役)プロフィール・出演作品・ニュース
■井上希美(藤丸役)プロフィール・出演作品・ニュース
■仲里依紗(梶取恵役)プロフィール・出演作品・ニュース
■野間口徹(梶取保役)プロフィール・出演作品・ニュース
■北村有起哉(池田二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■片桐 仁 プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報
連続テレビ小説「エール」【放送予定】
2020年3月30日(月)~11月28日(土)
<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
原作・原案:林宏司
脚本・作:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
主演: 窪田正孝 二階堂ふみ
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和
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