
※本文にはネタバレがあります
八作と慎森はメガネを入れ替えた『大豆田とわ子と三人の元夫』第8話
新キャラ・小鳥遊大史(オダギリジョー)が登場し、物語がまた動き出した『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系 火曜よる9時〜)第8話。【前話レビュー】『大豆田とわ子と三人の元夫』ジョイマン高木も「オダギリジョー 異常」とツイートする衝撃!うん、異常
冒頭で第7話に続いてパンのCMみたいな画が出てくる。伝統芸能・歌舞伎俳優の家に生まれた松たか子だが、パンが似合う(伝統芸能=和食という偏見に基づいた勝手な見解)。
第7話で自社が売却されそうになり、とわ子の社長の座も危うい。その売却の件を進めているのが誰あろう小鳥遊。にもかかわらず、とわ子はなぜか機嫌が悪くない。彼はビジネスとプライベートを「エアコンみたいに」(by とわ子)完璧に切り替えていて、ビジネスではとわ子を容赦なく追い詰めるが、プライベートではとわ子にすこぶる好意的。プライベート面の彼がとわ子にとってまんざらではないのである。
「ツンデレ男って現実で存在すると厄介だ」とナレーション(伊藤沙莉)は言うが、小鳥遊はいわゆる「ツンデレ」だろうか。ツンデレはデレを隠してツンしていて、それこそスイッチしているが、小鳥遊はツンとデレが完全に別人格に見える。エアコンのスイッチの切り替えというよりも、同じ形のヒーターとクーラーを季節に応じて出し入れしている感じである。ダイソンの羽のない扇風機とほぼ同型のファンヒーターの2台を使い分けているような。
謎めいた小鳥遊がなぜそんな切り分け可能な人物になったか、徐々にわかっていく。キレ者に見える小鳥遊は子供時代、数学好きで、数学をやっていたかったけれど、ヤングケアラーで身内の介護をして三十代を迎え、たまたま拾ってもらった社長のもとで働くようになった。
すっかり小鳥遊のペースに乗せられるとわ子
恋が不得手で初めて付き合ったのは三十過ぎてからという奥手の小鳥遊に社長の娘との縁談が持ち上がる。社長の娘との縁談をうまく進めるためにとわ子に助言を求める小鳥遊。これまた、得意の切り替えか。とわ子のことが気になっているが、社長命令とあれば社長の娘と結婚しなくてはならない。彼のことをまんざらではないと思っていたとわ子はちょっと憮然としている感じで、すっかり小鳥遊のペースに乗せられて男女交際のノウハウを伝授する。
とわ子は女性扱いが苦手な小鳥遊に相手を褒めることを教える。彼は頭がいいから、すぐに飲み込み、実践するようになる。例えば「素敵なピアスですね」。でも、とわ子が耳を触るとピアスはついていない。「口紅の色変えました?」もマニュアルどおり。
「ありがとうございます」と微笑みながらとわ子がふっと表情を変える。
一方、ファミレスでケーキをどう切り分けるか思案している若者たちを見て「いいんですよ、あのほうが思い出になるんですよ」と言う小鳥遊は多分、本心を言っているのではないだろうか。二度と人前で本音を言わないと決めている彼のたまに漏れてくる本音。それは切り分けられない心ではないか。
慎森が聞いてきた話で、小鳥遊の会社が社長派と専務派で対立していて、小鳥遊の立場が揺れていると知ったとわ子も揺れる。持ち前の放っておけない性分がもたげてくる。
小鳥遊が社長に残り物のカレーを食べさせてもらったことで依存してしまったことを知ると、その依存を断ち切るためにとわ子の作り過ぎたカレーが役に立つ。そのカレーは「〜人生は楽しんでいいに決まってる。あなたがそう教えてくれたから作れたカレーだから」ととわ子はカレーを振る舞って社長令嬢との結婚を止めさせた。
とわ子の中で小鳥遊を救いたいのか、彼の結婚がいやなのか、そのへんはさくっと切り分けられない心であろう。しかも、こんなにドラマティックな展開ながら、カレーはとわ子が始末に困っていた作り過ぎのものである。
「どこまで人から預かった荷物を背負い続けるつもりですか」
とわ子が社長の座にこだわるのは、かごめ(市川実和子)と約束したからと聞いた小鳥遊は「どこまで人から預かった荷物を背負い続けるつもりですか」と問う。自分だって社長の荷物を背負っているのに。とわ子も小鳥遊も他者のことはよく見えているのに自分のことが見えていない。だからこそ、人はひとりでは生きられなくて誰かの視点が必要なのだろう。とわ子と小鳥遊は独り言で自分の人生を深掘っていく代わりに、会話しながら自分を見つめている。外れた網戸を戻しながら「寂しがり屋には寂しがりが近づいてくるものです」と言う小鳥遊。寂しがりのとわ子には寂しい鳥が止まり木みたいに寄ってくる。寄ってきた小鳥(遊)。死んだかごめは籠の鳥だった。
小鳥遊は、緩急取り混ぜて、観客の心を揺すぶる名優のようだ。ものすごく気の利いた感じでドキリとなる言動をするかと思えば、ものすごくたどたどしくてそこにほだされてしまうような言動もある。それを出し入れしながら、会社の売却は着々と進めている。ダイソンの一台三役ファンヒーターのスイッチを切り替えながら、別の扇風機で冷たい風を吹かせてくる。

恋愛の段階を乗り物の種類に例えたとわ子だったが、小鳥遊は順調に乗り物を乗り換えていく。優秀な彼はどこか数学の問題を解くように成長していっているだけではないのか。本心が全然わからない。
解けない問題を解く面白さのような小鳥遊ととわ子の関係にすっかり『大豆田とわ子と小鳥遊さん』になってしまったが、メガネを入れ替える八作(松田龍平)と慎森(岡田将生)がほのぼのしていたのと、鹿太郎(角田晃広)はエンディングでまた巧い歌を披露した。
小鳥遊一色に染まって見えた第8話で印象的だったのは八作の電話を「切って」と自分から電話を切らないとわ子の心。自分から切ることを恐れる気持ちってある。こんなふうに坂元裕二のドラマは別れ際がピークである。切り分けられない心を切り分ける瞬間の痛みが、爪痕になって思い出として刻印されるのである。
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※第9話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします
番組情報
カンテレ・フジテレビ系『大豆田とわ子と三人の元夫』
毎週火曜よる9時〜
出演:松たか子 岡田将生 角田晃広 松田龍平
市川実日子 高橋メアリージュン 弓削智久 平埜生成 穂志もえか 楽駆 豊嶋花
石橋静河 石橋菜津美 瀧内公美 近藤芳正 岩松了 伊藤沙莉
脚本:坂元裕二
音楽:坂東祐大
演出:中江和仁 池田千尋 瀧悠輔
プロデュース:佐野亜裕美
制作協力:カズモ
制作著作:カンテレ
番組サイト:https://www.ktv.jp/mameo/
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami