『おかえりモネ』第3週「故郷の海へ」
第15回〈6月4日(金)放送 作:安達奈緒子、演出:梶原登城〉

久しぶりに実家に戻った百音(清原果耶)がその晩、2011年3月11日のことを思い出して眠れなくなっていると、亮(永瀬廉)が朝日を見ようと浜に連れ出す。
【関連レビュー】『おかえりモネ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜第15回掲載中)
美しい朝日を同級生の野村明日美(恒松祐里)、早坂悠人(高田彪我)、後藤三生(前田航基)と妹・未知(蒔田彩珠)で浴びるように眺めていたその時、亮が発した言葉で、百音はある気づきを得た。あの日を境に、ずっと虚ろだった百音の心に、海から風が吹き込んだ。
2011年3月11日、宮城県に住む百音たちがどんなふうにしていたか、視聴者は息を詰めるように見入った。『おはよう日本 関東版』ではいつも陽気に朝ドラ語りする高瀬アナが「今日は大事な回です」と静かに朝ドラ送りした。
被災した故郷2011年3月11日、百音は父・耕治(内野聖陽)と仙台に高校の合格発表を見に行ったが、残念ながら落ちていた。肩を落とした百音は、ランチを食べに入った店でジャズのステージに心惹かれる。女性がアルトサックスをカッコよく吹く姿に聞き入っていると、14時46分――
その後は時間が飛んで、夜10時。百音と耕治は仙台から気仙沼に車で向かう。ガソリンスタンドで人力発電していたり、カーラジオから災害状況のニュースがあったり、燃える町の映像があったり。
百音は朝、高台の上から燃える亀島の様子を見る。震災の瞬間を描かずに、その後を描くのは、10年前のショックがまだ癒えない方々への配慮だろうか。リアルに再現できないだろうし、そこは空白にしておくのが得策であろう。
百音が島に戻れたのは数日後。避難所に向かって走る道には人が少ない。
未知を抱きしめ自分のしていた赤いマフラーを巻いてあげる百音。「おばあちゃんは?」と聞いても黙っている未知に不安になった瞬間、亮が「体育館にいるよ」と声をかける。亮の少し高く清明な声は場の救いになる。
百音の抱えた哀しみ
さらに、時間は飛んで、11年の夏。すっかり楽器を吹かなくなった百音に、耕治は「これから……なんじゃないかなって思うんだよ」と音楽が役に立つんじゃないかと言うが、百音は「音楽なんてなんの役にも立たないよ」と暗い目をする。この時の耕治の、ものすごく気を使っている仕草、表情。じっと固まってなくて、顔をかすかに左右に振りながら、心の揺れを表現している。

音楽を学ぼうと思って受けた高校を落ちたその日に震災が起きて、卒業コンサートも立ち消えた。例えば、咲き誇った花が突然摘み取られたり、ぐしゃっと踏み潰されたりしたら、ショックは大きい。
一方、土から生えてきたばかりの小さな芽が潰(つ)えた時の哀しみはそれとは同質の哀しみと、また違った哀しみがある。
百音が母のお腹の中にいるとき、嵐が来たけれど、無事に誕生できた。もし、彼女が運悪く、嵐で病院に行けずに生まれることができなかったら……。そういう希望や可能性がひとつ消えてしまった哀しさに近いのではないだろうか。
2014年の百音の虚ろな瞳は、可能性を失ったーー行く道の見えない、所在のなさである。でも、百音が嵐をかいくぐって生まれて来たことが、この物語の希望になっていると感じる。
明るい三生の本音は……早朝の浜に来た同級生たち。はしゃぐ三生を見ながら、彼が坊主をやりたくないという真意を考える同級生たち。亮が「寺、きつかったと思うし、あん時。俺ら見てないけど、三生は見てただろうし」と言う。
「お寺」と「震災」を結びつけたとき、ある像が浮かび上がる。僧侶の本来の仕事――死と向き合うことを間の当たりにした時、三生が生半可な仕事じゃないと実感したのだろうと亮が推測する。
亮は漁師の仕事をして、そのキツさを味わっているところだし、父や家庭状況にも何かありそうだし、他者に想いを致すことができるのであろう。明るく爽やかに見えて、諦めのようなものが漂っている。
朝ドラで実際の出来事を描くこと
朝ドラではこれまで主人公が体験する大きな喪失体験として関東大震災と戦争をよく描いて来た。実際起きた時からだいぶ時間が経過しているものの、それでも見たくない人もいて、いつも描き方に心を配っているという。95年の阪神淡路大震災のことも描かれたり、あえて描かなかったり、その都度、真剣に考えてドラマが作られている。東日本大震災を書いたのは『あまちゃん』で、それは被災した地が出身地である宮藤官九郎が脚本を書いたことで当事者の想いが籠もったものになっていると評価は高かった。
なんとなく見ているようで視聴者は敏感で、話題性を狙っているのか、そうでないのか感づいてしまうものである。どんなに言葉を尽くしても、画面から作り手の意識はにじみ出る。

「モネ」は14回の終わりが、時計の14時46分で、次回に続くにしたり、雅代(竹下景子)がどうなったのかドキリとさせるところがあったりと、エンタメとしての引きを作っている反面、見てショックを受けないように気遣いながら作っているように感じる。災害の現場はずいぶん引きだし、心身を過酷に揺さぶる画はない。筆者は当時者ではないながら、いまだに揺れや津波の画が苦手で、見ると息苦しくなるので助かった。
「モネ」の“14時46分”は、そこで終わることで、次回は見ないという選択肢を残したともいえなくない。よく番組の前に「津波の映像が流れます」と注意書きが出る。
いつものように主題歌も流れた。できるだけ平常心で粛々と作っているように感じている。浜の朝日が島の人たちにとっていつものことのように、本当の深さや尊さは日常生活の中にしかないのではないか。哀しみはそれが失われることなのである。
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番組情報
連続テレビ小説『おかえりモネ』
2021年5月17日(月)~<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
出演:清原果耶
内野聖陽 鈴木京香 蒔田彩珠 藤 竜也 竹下景子 永瀬 廉 恒松祐里 前田航基 高田彪我 浅野忠信 夏木マリ 浜野謙太 でんでん 坂口健太郎 平山祐介 塚本晋也 西島秀俊 今田美桜 清水尋也 森田望智 井上 順 高岡早紀 玉置玲央 阿部純子 マイコ 菅原小春
※登場人物のプロフィールやあらすじなど、詳細はこちら
作:安達奈緒子
演出:一木正恵 梶原登城 桑野智宏
音楽:高木正勝
主演:清原果耶
語り:竹下景子
主題歌:BUMP OF CHICKEN「なないろ」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami