【あの人は今こうしている】


 田中滋実さん
 (元テレビ朝日アナウンサー/60歳)


「グッド!モーニング」「羽鳥慎一モーニングショー」など、テレビ朝日の朝の情報番組は絶好調。「グッド~」の前番組「やじうま」シリーズも好評だったが、1990年代、吉澤一彦アナウンサーと並び、司会を担当していた田中滋実さんは今どうしているのか。


  ◇  ◇  ◇


 田中さんに会ったのは、東京・六本木のテレビ朝日のアナウンススクール「テレビ朝日アスク」。


「12年前から、ここで講師をさせていただいています。33歳のときに『やじうまワイド』を降板してすぐに退社し、長くアナウンス職を離れていたので、最初は3カ月間すべての授業を見学させてもらい、勘を取り戻してから始めました。若い学生が成長する姿はまぶしく、教えるのは大好き。私は“先生”が向いていたのかもしれません。他社の社員研修でも講師をしています」


■商社マンと結婚、海外赴任で米国やインドへ


 田中さんは25歳のとき、知人に紹介された年上の商社マンと結婚。テレ朝退社は、夫の海外赴任についていくためだった。


「退社時は寂しいというより、いろんな国に住み、新しい世界をもっと見ていろんな経験をしてみたいと胸を膨らませていました。米カリフォルニア州サンディエゴに3年弱、いったん日本に戻った後、今度はインドの首都ニューデリーに3年弱。英語がしゃべれず、最初は苦労してメゲたりもしましたが、刺激的な毎日でしたね。サンディエゴには全米オープンを開催するような有名なトーリー・パインズ・ゴルフ・コースがあり、タイガー・ウッズ選手をすぐそばで見たり、かと思えば9.11の同時多発テロ事件が起きて怖い思いをしたり。ニューデリーでは車道の隣を象やラクダが荷物を運んでいてビックリ。

アナウンサー時代を懐かしむ間はなかったです」



■「やじうまワイド」本番の失敗は、朝食おかず大盛りで発散

 インドから帰国後、「アスク」で教え始めたというわけだ。今さらとはいえ、局の看板ともいえる「やじうまワイド」降板は、もったいなかった。


「いえ、私は本当に失敗ばかりで、吉澤さんやスタッフに迷惑をかけてばかりでしたから。番組が終わると社食で“朝メニュー”を食べるんですけど、『今日もやっちゃったな』と落ち込んで、『おかず、大盛りで!』とたくさん食べて発散していました(笑)」


 午前2時30分起床、3時30分出社、夜は「ニュースステーション」などのニュース番組を見ながら寝る生活だったという。


「睡眠時間は3、4時間。出社後、すぐに各社の大量の新聞を読み、どの記事を扱うかを決め、記事のどこを読むかを判断しなくてはいけないのがすごく難しかったです」


 キリリとした美貌と明るく澄んだ声で“デキる女子アナ”風ながら、「団塊の世代」を「だんこんのせだい」と読み間違えるなど、“滋実案件”といわれたミスは、カタいニュースの多いなかで視聴者を和ませた。


「何百万人もの視聴者が見ているのだから、“しっかり伝えなくては”といつも精いっぱいで、余裕がありませんでした。周りは私が暗くならないよう気遣ってくださったのか、責めたり叱ったりはされませんでした」


 テレビに出なくなって30年近くだが、顔や声はあまり変わらない。


「そんなことはありません(笑)。でも、体調管理のために、ピラティスに週2回通っています。楽しみは、友人の影響でここ2、3年は韓流にはまり、ドラマ『ヒーラー~最高の恋人~』に出ていたチ・チャンウクという俳優のファンミーティングに大阪へ行き、初めて出待ちをしてみたり(笑)。海外生活を経験し、それまで当たり前だと思っていた平和や安全を、ものすごくありがたいと思うようになり、仲の良い友人と好きな場所へ出かけ、好きなことをする小さな幸せを大切にしています。

この秋には、学生時代の友人と韓国へ“還暦旅行”へ行く予定。夫は仕事で忙しく、私を自由にさせてくれるんです」


 すでに社会人となり、独立した子どもが1人。東京都内で夫と2人暮らしだ。


(取材・文=中野裕子)


▽田中滋実(たなか・しげみ) 1966年6月7日、神奈川県相模原市生まれ、東京・杉並育ち。89年、成蹊大学英米文学部を卒業しテレビ朝日入社。夕方のニュース番組担当後、93年から〝やじうまシリーズ〟の「やじうまワイド」「新やじうまワイド」の司会を担当。99年退社。2014年から「テレビ朝日アスク」講師に。


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