■ファン待望のゲームを開発中止したワケ
海外ゲーム開発スタジオの厳しい現実を物語るニュースが、今年早々に報じられた。
騒動の舞台となったのは、フランスの大手ゲーム会社・ユービーアイソフト。代表作の『アサシン クリード』シリーズは歴史上の著名都市を舞台に、「隠れる」が主体のアクションを展開するユニークなゲームプレイで知られる。
そのユービーアイソフトが1月、ファンが長年待ち望んだ『プリンス・オブ・ペルシャ:時間の砂』リメイク版など6作品の開発中止を発表した。同社はまた、スウェーデンとカナダの2つのスタジオも閉鎖すると発表。米ビジネスニュース専門局のCNBCによると、翌日のユービーアイソフト株は34%急落した。
同社は一連の発表を、事業の「大規模なリセット」の一環と説明している。英公共放送のBBCによると、イヴ・ギユモCEOは、「持続可能な成長への回帰に向けた条件を整えるため」と説明する。
■日本と海外のゲーム開発の決定的な違い
2003年に発売された『プリンス・オブ・ペルシャ:時間の砂』オリジナル版は、時を巻き戻す斬新なギミックでプレイヤーたちの心を鷲掴みにした、ユービーアイソフトの代表作の一つだ。BBCによると2003年だけで「数百万本」を売り上げた。何年も待たされた末にリメイク版が突然の打ち切りとなったことで、ファンの期待は大きく裏切られた。
こうした大規模なリストラは、海外のゲーム業界で比較的よく目にする光景だ。
日本のゲーム攻略メディアのGame8は、欧米のゲーム業界では2023年だけで1万500人が解雇されたと指摘。2024年に入っても歯止めがかからず、1月以降さらに推定1万800人が職を失ったとされる。マイクロソフトは2024年1月、前年に買収した米ゲーム大手アクティビジョン・ブリザードで1900人を削減している。
儲からないものは潔く切り捨てる、欧米の開発現場。ビジネスとしては一つの判断ではある。一方、それとは対照的に日本のゲーム業界には、より長期的な視野でゲーム開発者を育て、腰を据えて作品の品質を上げる文化が根付いている。
■人生を変えた「任天堂からの招待」
海外クリエイターが来日し、日本のゲーム開発の現場に身を置いたとき、品質への追求姿勢にカルチャーショックを覚えることがある。
米ゲーム開発業界誌のゲームデベロッパーの取材に応じたイギリス出身の開発者、ディラン・カスバート氏は、パソコン「アミーガ(Amiga)」向けのゲーム開発者としてキャリアをスタートさせた。
当時、ファミリーコンピュータ(ファミコン)の海外版にあたるNES(Nintendo Entertainment System)はヨーロッパ市場にほとんど浸透しておらず、日本のゲーム文化は遠い世界だった。
ところが、ゲーム開発会社アルゴノート・ソフトウェアで彼が手がけたゲームボーイ向けの3Dデモに、任天堂が目を留める。わずか2週間後、カスバート氏は京都へ招かれたという。
日本のことはほとんど何も知らなかった。それでも初めての日本訪問中、「ここで働き、暮らしたい」と迷わず心を決める。ゲームボーイを生み出した任天堂の横井軍平氏のチームに合流し、スーパーファミコン初の3Dシューティングとして話題を呼んだ『スターフォックス』の開発に参画。2001年には京都に自身のスタジオ、キュー・ゲームスを設立し、以来日本を拠点に開発を続けている。
■1ピクセルでも妥協をしない
カスバート氏が日本にいっそう惹かれたのは、ゲームデザインのごく小さな要素にまで手を抜かない、任天堂のこだわりだった。
「だから、彼らと仕事をするのは本当に楽しかった」と語るカスバート氏。彼自身もまた、細部への妥協を知らず、「たった1つのピクセルを美的に“正しい”位置に配置するためだけに、何時間も費やしたことがある」と語る。
任天堂ではまさに、ピクセル単位の調整にも手を抜かない、同じ感性の仲間たちに巡り合えた。この経験が、日本への愛着をいっそう深めることになったと、2023年のゲームデベロッパー誌に明かしている。
同じく任天堂をめぐっては、『スーパーマリオブラザーズ』や『ゼルダの伝説』の生みの親として知られるゲームデザイナー、宮本茂氏による徹底した品質管理が話題だ。現在でも脈々と受け継がれているとして、海外の関連メディアが報じている。
メトロイドシリーズ初の3D一人称視点タイトル『メトロイドプライム』や『ドンキーコング リターンズ』を手がけた任天堂のアメリカ子会社、レトロスタジオ。
それによると、『メトロイドプライム』のオーディオデザイナー、クラーク・ウェン氏にとって、宮本氏は『スター・ウォーズ』で言うならば、迷えるキャラクターたちを正しい方向へと導くヨーダのような存在だったという。
「知恵に富んでおり、まさに賢人といったところでした」と語るウェン氏。「ほんの短時間だけデモのステージをプレイしただけなのに、改善できる点をズバリ指摘する能力があったのです」
■「マリオの生みの親」が持つ異次元の観察眼
宮本氏は容赦がなかった。『ドンキーコング リターンズ』のシニアディレクター、ブライアン・ウォーカー氏は、企画案を何度も退けられ、「最初からやり直せ」と言い渡された、と自身の経験を振り返る。
宮本氏は一体、ゲームのどこを見ていたのか。同作のデザイナー、マイク・ウイカン氏は、それを肌で感じることになる。
テストプレイに臨んだ宮本氏は、主人公のゴリラであるドンキーコングをステージの隅で行ったり来たりさせ、砂ぼこりのアニメーションを見つめ続けた。実に、20分間。
チームは困惑した。どこかに設計ミスでもあるのだろうか。だが宮本氏は別のことを考えていた。
感情の読みにくいゴリラのキャラクターに、個性的な表情を持たせることで、一気に親しみやすくしたのだろう。ウイカン氏は、「彼は即座に核心をつかんでいた。ドンキーコングに少し風変わりな味付けをしたかったんだ。完璧な判断だった」と振り返る。
■日本のゲーム会社が最も大事にしていること
こうした細部への執着の背景には、日本のゲームスタジオに広く根づいた開発哲学がある。
任天堂に勤める数少ない欧米人ゲームデザイナーの一人、ジョーダン・アマロ氏がその違いを語っている。コジマプロダクションやカプコン、フロム・ソフトウェアなど複数のスタジオの開発を間近に見てきた同氏は、ゲームデベロッパー誌が取りあげたゲームメディア「グリクセル(Glixel)」のインタビューでこう指摘する。
日本で何より重視されるのは「メカニクス」、つまりどう遊ぶかという仕組みの設計だ、と。世界観でもストーリーでもない。スケールやビジュアルで勝負しがちな欧米とは、発想の出発点が根本的に違うのだという。
企画提案の場を見れば、その差は明白だ。
ゲームプレイに触れるのは、ようやく5ページ目か6ページ目、ときには10ページ目になってからだ。肝心の「どのようにプレイするか」については、いつも語られないままだった。翻って日本の企画書は「1ページ、多くて2ページ」。1ページ目にゲームの内容と遊び方を書き、2ページ目にはイラストを1枚添える程度だ。
■ライバルの名前は口にも出さない
メカニクスへのこだわりは、他社のゲームに対する姿勢からも見て取れる。アマロ氏はグリクセルのインタビューで象徴的なエピソードを明かしており、シリーズ専門ニュースサイトのメタルギア・インフォーマーがその内容を伝えた。
それによると、2013年に小島プロダクション(コジマプロダクションの前身)に入社したアマロ氏が、広大なオープンワールドで潜入ミッションに挑む『メタルギアソリッドV』の開発に携わった3年間で、西洋のゲームが話題に上ったのはおそらく一度きり。画面に映っていない敵に見つかったとき、それをプレイヤーにどう知らせるかを議論する中で、ユービーアイソフトのオープンワールド型FPSシリーズ『ファークライ』で使われている敵の視界範囲の表示が引き合いに出されたときだけだった。
職人としての誇りゆえ、設計の議論中に他社タイトルの名前はほとんど出ないのだと同氏は語る。欧米のスタジオでは他社ゲームが「毎週、あるいは毎日のように」話題に上がっていたというから、その隔たりは大きい。
■赤字でも雇用を守った任天堂役員の覚悟
1ピクセルを追い求め、企画を何度もやり直し、朝から日没まで議論を尽くす。こうした妥協なき開発文化は、なぜ可能なのか。
欠かせない下地の一つに、日本の雇用制度がある。Game8は、日本の労働法の下で企業が解雇に踏み切れるのは、深刻な経営危機に陥った場合に限られると指摘。そのような状況においても、役員報酬の削減や労働時間の短縮、配置転換などの代替コスト削減策をまず模索する義務があると続ける。
それでもなお解雇が避けられないときには、正当な理由を提示し、適切な事前通知と補償を行い、さらに社内での代替雇用先を真剣に模索することが求められる。つまり企業は、何重ものハードルを越えなければ解雇には踏み切れない。
実は家庭用ゲーム機Wii Uの不調に苦しんだ時代の任天堂は、解雇が行われても不思議ではない状況にあった。しかし、当時の岩田聡社長や宮本氏ら経営陣は、代わりに自らの報酬を大幅に削減して従業員の雇用を守った。
雇用が安定しているからこそ、日本のスタジオならではの徹底した品質追求が可能になっている。解雇の心配がない環境であればこそ、開発者は目先の成果に追われず、一つの判断にじっくり向き合い、納得がいくまでやり直せる。
長く同じ組織で働き続けるなかで、マニュアルには書ききれない開発の勘所、いわば暗黙知を蓄え、次の世代へと伝えていく。経営合理化のたびにチームを解散し人材を入れ替える海外スタジオでは、そうした知見が開発の都度リセットされる弱みがある。
■「奇跡」が生んだゲーム史上屈指の名作
開発にまつわる哲学の違いが最も鮮烈に際立つのは、日米のクリエイターが同じプロジェクトで協働する場面だ。
任天堂作品の中でも史上最高評価を獲得した作品の一つに数えられる、『メトロイドプライム』。日米の開発陣は、その制作過程で文化の衝突を繰り返した。
当時のレトロスタジオは複数のタイトルを並行開発していたが、大半がお蔵入りとなっていた。宮本氏の訪問を機に、メトロイドの開発一本に絞ることになる。
書籍『Metroid Prime 1-3: A Visual Retrospective』で開発の舞台裏を語ったシリーズプロデューサーの田邊賢輔氏は、その誕生を、「奇跡とも呼べる(could be called a miracle)」と振り返っている。
任天堂専門ニュースサイトのニンテンドー・エブリシングが報じた同著の内容によると、開発初期から、レトロスタジオと任天堂は仕様をめぐって対立を繰り返したという。
レトロスタジオが「欧米のスタジオではこう作る」と主張するたび、田邊氏は、「今作っているのは任天堂のゲームだ。しかもレトロにとっては初めての任天堂ゲームとなる」と強調した。「私はキャリア全体を通じて任天堂ゲームに携わってきた。任天堂ゲームを作る経験なら私が最も豊富だ。まずは、信頼してほしい」
■すべてはユーザーに楽しんでもらうため
例えば、宮本氏直伝の「敵のビジュアルはその機能性で決めるべきである」という原則も、田邊氏は経験則として感じることはあれど、当時はまだそれほど簡潔には言語化されていなかった。言葉になっていないものを、文化の異なるチームに根づかせるのは容易ではない。
両者が一日中衝突することもあった。翼竜型のボス敵、メタリドリーとの戦闘場面の仕様では、「共通の落としどころが見つからず」、朝から日没まで議論を続けたという。
もっとも、レトロスタジオの発想によって作品が豊かになった場面もある。主人公サムスが球体に変形する「モーフボール」。レトロスタジオはこの場面で、視点をサムスの目線(一人称)から外部のカメラ(三人称)に切り替える演出を提案した。
ただし宮本氏は、提案を受け入れつつ、変形の演出をスキップする機能は却下した。一人称視点が基本の本作で、「サムスを三人称で見られる機会の一つ」を省くべきではないと考えたためだ。
作品の質を向上させ、ユーザーが豊かなゲーム時間を過ごせるよう、あらゆる角度から検討が加えられた。
■世界中を席巻した日本発の大作ゲーム
日本のゲーム業界が誇る才能の一人が、フロム・ソフトウェア社長の宮崎英高氏だ。
米文芸誌のニューヨーカーが2022年、同氏の歩みを詳しく伝えている。静岡で育った宮崎氏は慶應義塾大学を卒業後、米IT企業オラクルに勤めたが、2001年頃に出会った名作ゲーム『ICO』に感銘を受けたことで、大胆なキャリアチェンジを決意。オラクルから大幅な減給となることを厭わず、当時無名だったフロム・ソフトウェアに29歳で転職した。
そこで才能が開花。行き詰まっていたプロジェクトを一から立て直し、2009年にアクションRPG『デモンズソウル』として世に出す。高難度の戦闘と繰り返し死んでは学んでいくゲームスタイルで話題を席巻すると、続く『ダークソウル』で同社を一躍、世界のトップスタジオに押し上げた。
2022年には、広大なオープンワールドを探索しながら強大なボスに挑む西洋テイストの高難度アクションRPG『エルデンリング』をリリース。丁寧な誘導をあえて排し、プレイヤー自身の手で道を切り拓く歯ごたえある設計が、世界中のゲームファンを熱狂させた。
同年の世界第2位のベストセラーゲームとなる世界的大ヒットを記録し、宮崎氏は翌年、米ニュース誌のタイム「世界で最も影響力のある100人」に選出された。2025年4月には、同作の世界累計出荷・ダウンロード販売本数が3000万本を突破したと発表されている。
米PCゲーマー誌が報じたように、ゲーム開発者がこのリストに名を連ねたのは、2007年の宮本茂氏以来、史上2人目のことだ。世界の政治・文化・ビジネスを代表する人物と肩を並べた2人のゲームデザイナーが、ともに日本人であることは、日本発のゲーム開発哲学の世界的影響力を雄弁に物語っている。
■失敗が許されるから挑戦できる
宮崎氏は英日刊紙のガーディアンの取材に対し、開発の規模が拡大すると否が応でも「失敗が許容される余地」が限られていくとの懸念を示した。そのためフロム・ソフトウェアでは、パートナー企業の出資でリスクを分散し、すべてを一つのプロジェクトに賭けない経営を実践する。
あえて小規模なプロジェクト規模に保つことで「失敗できる余白」を意図的に設け、若手ディレクターが挑戦から学ぶ機会を守っているという。
経営が傾けば即座に大量解雇に踏み切る欧米のAAAスタジオ(大型スタジオ)とは対照的に、規模を抑え、人を手放さず育てる。その経営哲学が、世界最高のゲームを継続して生み出す原動力になっている。
もっとも、日本のゲーム業界が常に高い評価を受けてきたわけではない。
2010年、米ニューヨーク・タイムズ紙が運営していたテクノロジーブログ「Bits」に、インタビュー記事が掲載されている。当時カプコンの開発統括本部長だった稲船敬二氏は、東京ゲームショウを見渡し、「日本は少なくとも5年遅れている」と断じた。
自社すら例外ではない。「かろうじて付いていっている状態」と厳しく評し、ゲーム開発への投資が足りないからゲームが売れない、売れないからさらに投資を絞るという「デフレスパイラル」に陥っていると警鐘を鳴らした。
■「モンハン」の進化が止まらないワケ
「デフレスパイラル」の警鐘から16年が経った現在。稲船氏が「かろうじて」と嘆いたカプコンは、いまや業界屈指の安定企業だ。ゲームデベロッパーは2024年8月、同社が2023年に販売記録を更新し、好調を維持していると伝えた。大規模な損失も出していなければ、海外大手スタジオのような人員削減もない。かつて北米事業で大きく躓いたカプコンだったが、今では業界の安定を象徴する存在に映ると同メディアは評している。
こうした安定性は、腰を据えた長期開発のスケジュールによって実現した。ゲームデベロッパーの取材によると、『モンスターハンターワイルズ』の開発期間はおよそ5~6年に及ぶ。
アートディレクターの藤岡要氏によれば、開発チームはその間に『モンスターハンターライズ』と拡張版『サンブレイク』も手がけていたという。同じ顔ぶれが複数のタイトルをまたぎ、知見を重ねていく体制だ。プレイヤー層が広がるにつれ応えるべきニーズも多様になり、開発期間はさらに延びたが、作品はファンの期待に高いクオリティーで応えた。
強い指導力を備えたカリスマ的ゲームデザイナーの下に、安定した雇用環境に支えられた開発メンバーが集う。こうした理想的な体制が、日本発タイトルの高いクオリティーに一役買っているようだ。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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