■シャッター商店街を変えた異色のホテル
「シャッター街」になった商店街で、賑わいを取り戻した場所がある。仕掛けたのはホテルだ。しかも「商店街ごとホテルにする」という、前例のない方法で。最盛期に約780店舗が軒を連ねたこの商店街は、半数近くがシャッターを下ろした。そこに「泊まる」という選択肢が生まれ、街は大きく変わりはじめた。
布施商店街は、大阪のベッドタウンとして知られる大阪府東大阪市にある。1979年に始まり今も続く「布施まつり」は、この街のにぎわいを象徴する恒例行事だ。かつては近鉄・布施駅前に砂を敷いて闘牛を行ったり、雪山を作ってそり滑りを楽しんだりと、子どもから大人まで世代を超えて楽しめる催しが数多く開かれていた。
最盛期は約780店舗が軒を連ね、週末ともなれば人波が絶えなかった。しかし高度経済成長期以降、郊外型の大型ショッピングモールが次々と進出し、消費者の足は商店街から遠のいていった。
個人経営の店は価格競争に勝てず、後継者も見つからないまま閉店を余儀なくされる。かつて活気あふれた店先に、ひとつ、またひとつシャッターが下り、営業店舗はおよそ400店と最盛期の半数にまで落ち込んだ。
このシャッターをふたたび開けた「SEKAI HOTEL 大阪布施」。商店街に「泊まる」というアイデアが、行き詰まった街を大きく変えることになった。
■商店街が“ホテル”になる
「SEKAI HOTEL 大阪布施」は商店街に点在する建物や店舗を客室として活用し、銭湯や喫茶店などと連携することで、入浴や朝食といった機能も地域の店や施設で担う。商店街全体をホテルに見立てる、それがこの施設の特徴だ。
総部屋数23室で、2人向けのツインルームから最大6人まで宿泊できるデラックスルームまで備えている。料金は、素泊まりのデラックスルームを6人で利用した場合、1人あたり税込み5700円から、繁忙期には税込み1万3400円まで変動する。
プランは、素泊まりのフリーステイをはじめ、学生向けの食べ歩きチケット付き、さらには「1泊10食」のローカルフード体験型まで幅広く、商店街をまるごと楽しむ滞在スタイルを打ち出している。
「『街を周遊する』ことを前提にしたホテル」。そう語ったのは、SEKAI HOTELのプロジェクトマネージャーである北川茉莉さん。
では、SEKAI HOTEL 大阪布施に泊まると、どのような体験ができるのか。
筆者はホテルに宿泊することにした。チェックイン時、まずはスタッフからホテルの説明を受けた。特徴的なのは、その場でおみくじを引き、商店街の名物グルメを堪能できる食べ歩きチケットと宿泊客向けの特典を受けられる地域周遊パスポート「SEKAI PASS」(セカイパス)、首から下げるパスケースを受け取ることだ。
食べ歩きチケットはホテル周辺の店で引き換え券になる。老舗の精肉店「やまじん」の牛すじコロッケや「Kitchen Friend 怜」の唐揚げなど、商店街の名物グルメを楽しめる。また、SEKAI PASSは宿泊プランに応じて飲食店で特典を受けられるほか、銭湯を無料で利用できる。
パスを首掛けの形にしたのは、連携しているお店の声から生まれたものだという。
「最初は紙のパスだけを渡していたのですが、会計の際に最後にちらっと見せるだけだと『最初から見えていれば、コミュニケーションを変えられたのに』と言われて。だからSEKAI HOTELに泊まっていることを可視化させる方法を考えた結果、今のパスケースの運用になりました」
■作られた非日常ではなく誰かの日常
筆者はチェックインを済ませ、「やまじん」に足を運んだ。すると、首掛けパスを見た店の人が「SEKAI HOTELのお客さんだね」と声をかけてくれた。チケットと引き換えに、牛すじを使った少し甘めのコロッケをいただいた。その味を楽しみながら、ふだんなら訪れることのない商店街を歩いた。
その後ホテルに戻り、部屋に備え付けのオリジナル木桶を手に銭湯「戎湯」の大きな湯船へ向かった。パスを見せるだけで入浴することができた。翌朝は「池田屋珈琲 布施店」でモーニングを楽しんだ。チケットと引き換えにふわふわの厚焼き卵のサンドイッチと自家焙煎のコーヒーをいただき、ゆったりとした朝の時間を過ごした。
銭湯も喫茶店も、観光客向けに整えられた店ではなく、地元の人が普段使っている場所だ。特別に店の人たちと会話を交わしたわけではなかったが、作られた非日常ではなく、誰かの普段の営みに少しだけ混ざる。日常の営みの中に、宿泊者として一時的に入り込んでいく感覚――その新鮮さが、このホテルの魅力だと感じた。
「スタッフと関係ができたお店に『SEKAI HOTELとして提携しませんか』とお願いしています。連携している店舗は『食事』『土産』『体験』『入浴』など約100店舗で、8割は食事が占めています」
ここまでの体験をして感じたのは、「ホテル」というより「テーマパーク」に近いということだ。ホテルの施設内だけで完結するのではなく、パスケースやチケットによって宿泊客を商店街へと導き、食べ歩きや銭湯といった町での体験そのものを宿泊価値へと変える。
地元の人にとっては当たり前の日常を、宿泊者にとっての特別な滞在体験として再編集する。そこにこそ「SEKAI HOTEL 大阪布施」の独自性がある。
■束ねると、価値が生まれる
こうしたホテルのあり方を構想したのが、SEKAI HOTEL 大阪布施の運営会社である「クジラ」の代表取締役、矢野浩一氏だ。
クジラは、2007年に不動産仲介業者として創業し、2012年からはリノベーション事業も展開。大阪に本社を構え、平均年齢29.0歳と若手が多く活躍する会社だ。
矢野氏は当初、使われていない不動産をリノベーションし、民泊施設として活用する事業も進めていた。しかし、民泊市場の拡大とともに差別化は難しくなり、価格競争に巻き込まれやすくなっていった。
そこで、宿泊という機能を生かしながら、それ以外の価値も提供できる事業へと発想を切り替えていく。矢野氏の着想の源になったのが、キュレーションサイトの仕組みだった。
既存の情報を集め、一つのテーマのもとで再編集することで、新たな価値を生み出す。その発想を不動産にも応用できないか。こうしてたどり着いたのが、個別の物件を単体で売るのではなく、複数の場所や機能を束ね、一つの価値として見せるという考え方だった。
その発想を具体化する場として、矢野氏が着目したのが商店街だ。宿泊機能を街のなかに分散させつつ、飲食店や銭湯など地域の営みを宿泊体験の一部として取り込みやすい場所だったからである。
矢野氏は、そうした条件に合う拠点を探した。立地や交通利便性、乗降者数、近隣大学の存在といった条件がそろいながら、土地の評価は相対的に低い。そんな伸びしろのある場所として選ばれたのが布施だった。
■「学生みたいな人たちが来た」
構想を実現するには、物件の確保と地域の協力先づくりが欠かせなかった。開業にあたっては、Googleマップに印をつけ、手元の資料を持参しながら、候補となる物件を一軒一軒訪ね歩いた。
もともと民泊運営の経験があったことから、単に物件を借りるのではなく、その場所をどう使い、次にどう生かせるかまで見据えた設計と提案を行った。
長年シャッターを下ろしたままの物件のオーナーにとって、見ず知らずの事業者に貸し出すことへの抵抗は小さくない。
「宿泊客が来て近隣トラブルにならないか」「途中で撤退されて、また空き物件に戻るだけではないか」――そうした不安や懸念に対し、リスクをできる限り抑えられる条件と運営モデルを示しながら、一軒ずつ交渉を重ねていったという。
入浴や朝食といったホテル機能を地域のなかで補うため、銭湯や喫茶店などにも協力を打診した。ただ、商店街の2つの店に当時の話を聞くと、「最初は学生さんみたいな人たちが来たなという印象」と振り返る声があった。
歓迎でも拒絶でもない、戸惑いに近い感覚が「学生さんみたいな」という言葉の柔らかさの裏に滲んでいるように感じた。実態がよく見えないうちは、少し距離を置いて見ていたのだろう。
当時はその距離感を埋めるように、北川さんたちは地域との関わり方にも気を配っていた。
「『街のためにやっている』という姿を商店街の人たちに見てもらう必要があると考えて、スタッフがほうきとちりとりを持って商店街を掃除していました。昼ご飯も商店街のお店で買って、できるだけ地域にお金を落とすようにしていたんです」
こうした地道な積み重ねを続け、2018年にSEKAI HOTEL 大阪布施がスタートした。
同時に、運営会社が創業時から行っていた「Social Good 200」を、布施でも取り入れた。これは宿泊料のうち200円を積み立てるもので、北川さんたちは積立金を活用し、空き店舗で地域の子供たちが異文化に触れ合えるイベントなどを開催。こうした交流によって、「ヨソ者」は次第に商店街に溶け込んでいくことになる。
■「体験」だけでは人は集まらなかった
当初は「商店街に泊まる」という目新しさもあってテレビなどで取り上げられ、徐々に注目を集めていった。だが、2020年にはコロナ禍で営業停止を余儀なくされる。
「当時は運営も十分にできておらず、かなり暇でした。商店街の人たちと立ち話をする時間も多かったです」
大きな打撃を受けたものの、ホテルは短期的な黒字化よりも、ホテルの価値を高めることを優先し、「万博までは黒字化せず、赤字でもよい」という意思決定のもとで運営を続けた。
では、「わざわざ選ばれるホテル」とはなにか。
北川さんがその気付きを得たエピソードがある。SEKAI HOTEL 大阪布施を紹介した海外のインフルエンサーの投稿だ。
「約10万件の『いいね!』がついたんです。その投稿では、最初に『ここはシャッター商店街なんです』と入って、『それを解決した画期的な方法が、この街ごとホテルなんです』と話し始めていたんです。共通認識を持つために話し始めとして社会性の部分を入れないと、体験価値も上がっていかない。その点がすごく学びになりました」
この投稿が“10万いいね”を集めたのは、「楽しそうな体験」を伝えたからではなかった。「シャッター商店街という社会課題を、街ごとホテルにするという発想で解決した」という物語が最初にあったからこそ、見る人の共感を呼んだのだ。
■外国人客が注目した「物語」
北川さんがそれまで前面に出していたのは、下町を巡る面白さや商店街ならではの体験だった。社会的な意義を押し出しても、選んでもらう理由にはなりにくいと考えていたからだ。
しかし海外の視聴者が熱狂したのは、体験の入り口にある「なぜここでなければならないのか」という理由だった。
布施という街が抱えてきた課題と、それに挑む宿泊施設という背景があってはじめて、体験そのものの価値が上がる。その順番に、気づかされた瞬間だったという。
軸を「体験」から「物語」へと転換し、現在は布施商店街や連携店舗の歴史、客室はもともと空きテナントだったこと、そんな「物語」の発信もSNSで行っている。
宿泊者数も徐々に回復。最近では単月で黒字化も達成し、2025年には年間1万人、海外からも44カ国・1500人以上が訪れた。
布施という街を舞台にした宿泊のあり方が、国内外の旅行者に受け入れられつつあることを示している。
「商店街の方のなかには、スーツケースを持った人が街を歩く光景そのものを喜ぶ方もいれば、メディア露出やロケの増加によって、布施の注目度が高まったことを歓迎する方もいます」
当時を「学生さんみたいな人たちが来た」と振り返っていた連携店の方も、今では「SEKAI HOTEL経由で取材も来るので、ありがたいですね」「発信してくれているおかげで、若い人たちが商店街に来るようになったと感じています」と話してくれた。
新しい人の波は、長年シャッターの増加を見守ってきた地元の人々の表情も、少しずつ変えている。
■稼働率5割でも黒字になるワケ
SEKAI HOTEL 大阪布施の強みは、商店街に人を呼んだことだけではない。稼働率5割でも黒字化できる、「商店街×ホテル」というビジネスモデルそのものでもある。
SEKAI HOTEL 大阪布施は観光目的の利用が中心で、休日は満室になることが多い。一方で平日には空室が残ることもあるという。しかしこのホテルの特徴は、一般的なシティホテルほど高い稼働率を前提としなくても収益を立てやすい点にある。
「2025年9月から単月で黒字化し始めたのですが、その時の客室稼働率は50.5%でした。シティホテルさんだと、80~90%くらいまで稼働率を上げないと黒字化しないことも多いと思うのですが、稼働率が5割程度でも黒字化できるのは、ビジネスモデルとしても強いです」
北川さんによれば、背景にはこのホテルならではの運営構造があるという。
空き家を改装して客室とし、入浴は銭湯、食事は地域の店舗と連携することで、自前で大きな設備を抱えずに済む。さらに、土地を所有せず、運営人員もフロントと清掃スタッフを中心に絞っているため、固定費を抑えやすい。
また街にある店や施設を生かすこのモデルは、コストを抑えるだけでなく、布施らしい体験を宿泊に取り込める点でも強みがある。こうした設計は、当初から掲げてきた「まちごとホテル」という思想に沿うものでもある。
■しがらみのない“ヨソ者”が突破口に
今やSEKAI HOTEL 大阪布施は、地域の人々にも受け入れられる存在となった。さらに運営会社のクジラは、ホテル事業にとどまらず、布施という街との関わり方そのものを広げようとしている。
「もともとリノベーション事業もやっていることもあり、布施の土地や、街づくりの相談を受ける機会が増えてきています。なので、ホテル事業にとどまらず、街づくりにも参画していきたいと思っています」
実際、更地になった場所をどう活用すれば街にとって望ましいかといった相談も持ち込まれている。まだ着工には至っていないが、完成イメージの作成までは進んでいるという。
そうした街との関わり方において重視しているのは、商店街組合と公式に組むことよりも、自分たちなりの判断と方法で商店街に関わっていくことだ。
「いわゆる“いい意味でのしがらみ”があると、結局商店街の意思決定の流れに乗ってしまうと思っています。20代を中心としたベンチャー企業が、この場所で商売をする意味は、自分たち独自の判断で事業を進めていくことにあると思っています」
2025年10月には、これまで分かれていた「クジラ株式会社」と「SEKAI HOTEL株式会社」を統合。今後は、リノベーションとホテル運営を横断する「まちづくりの会社」として歩みを進めていく考えだ。
SEKAI HOTELのモデルは、一般的なホテルに比べて初期費用を抑えやすく、地域にすでにある店や施設を生かせる。さらに、商店街組合と公式に組むのではなく、個々の店舗と関係を築きながら進めていくやり方は、小さく始めながら地域との接点を広げていける点でも柔軟だ。
地域ごとの魅力はありながらも、その発信や届け方に悩む街は少なくない。SEKAI HOTELのモデルは、そうした地域の魅力を過度に作り変えることなく、今ある姿のままで外へ伝えていける可能性がある。商店街ホテルが全国へ広がっていく未来は、そう遠くないのかもしれない。
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マーガレット安井(まーがれっとやすい)
フリーライター
大阪府出身のフリーライター。関西圏のインディペンデントカルチャー(インディーズバンド、ライブハウス、レコードショップ、ミニシアターなど)を中心に、現場の雰囲気やアーティストの背景、地域の文化的なつながりを文章として紡ぐ。過去にはAll About、Real Sound、Skream!、Lmaga.jp、Meets Regionalなどに寄稿。
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(フリーライター マーガレット安井)

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