イーロン・マスク氏は2022年にTwitterを買収し、社名とサービス名をXに変更した。日本人もよく使うSNSはこの時、どう変わったのか。
カナダの歴史学者の著書より、イーロンの狙いを紹介する――。(第1回)
※本稿は、クィン・スロボディアン、ベン・ターノフ、訳・樋口武志『マスキズム 新たな独占の時代』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■巨大テック企業の栄光と転落
Web 2.0は、ドットコム・バブル崩壊の瓦礫のなかからシリコンバレーを救い出し、アメリカ資本主義における最も価値ある資産へと変えた。低金利に後押しされ、スタートアップは独占企業へと拡大。
世界のコミュニケーションと情報消費の方法を根底から変えるプラットフォームを構築した。2020年のパンデミックの到来は、テック企業の権力を強化するばかりだった。ほとんどの経営者が倒産を恐れていた時期だったが、金利がさらに引き下げられ、人々がオンラインで過ごす時間がさらに増えたことで、テック業界は大いに勢いづいた。
しかしその後、このセクターは突然のように崖から転げ落ちた。2022年3月、連邦準備制度理事会はインフレに対応して利上げを開始※1。同時に、パンデミック下で広まった、すべてがデジタルになるという物語も色褪せていった。ロックダウンが解除され、人々はオフラインの活動を再開した。

※1:Board of Governors of the Federal Reserve System (US), “Federal Funds Effective Rate [FEDFUNDS]”.

Jeff Cox, “Federal Reserve approves first interest rate hike in more than three years, sees six more ahead”, CNBC (March 16, 2022).
スポーツジムの会員数は回復し、家庭用フィットネス機器を手がけるPelotonの株価は崩壊。

2022年半ばには、ジャーナリストたちは「テック不況」について語るようになっていた※2。その年、Amazonは企業価値のほぼ半分を失い、Metaは3分の2近くを失った。テック銘柄の多いナスダックは33パーセント下落し、2008年の金融危機以来最悪のパフォーマンスを記録した※3。

※2:Mike Volpi, “How startups should handle the downturn”.

※3:Jesse Pound Samantha Subin, “Stocks fall to end Wall Street’s worst year since 2008, S&P 500 finishes 2022 down nearly 20%”, CNBC (December 29, 2022).
■なぜ今また半導体が熱いのか
企業は大規模な一時解雇を開始し、何万人もの従業員を削減した※4。こうした出来事は、シリコンバレーを支配的地位から引きずり下ろすものではなかった。巨大企業はパンデミック前よりも拡大し、収益性も高まった。しかし、このテック不況は業界の根本的な方向性を見失わせた。

※4:“Layoffs Tracker”.
プラットフォーム・パラダイムは停滞しているように見えた。Web 2.0は、もはや時代遅れになりつつあった。ほどなくしてシリコンバレーは、「自分たちの未来は過去にある」と結論づけることになる。この地域はもともと、半導体製造の工業地帯として発祥した。
2022年後半から始まった生成AIブームにより、各企業は高度なチップを備えた倉庫サイズのデータセンターの構築に数十億ドルを注ぎ込むようになり、このセクターはふたたび半導体というインフラへと回帰していくことになった。


そうした時代に移る前に、Web 2.0へ忘れがたいフィナーレをもたらしたのはイーロン・マスクだった。彼は2010年代半ばになって極度にオンラインな人間になるという選択をしたが、それはプラットフォームに対する大衆の信頼が崩れつつあった奇妙なタイミングだった。
■収益の8倍以上、440億ドルで買収した狙い
そして今度は、また奇妙なタイミングでプラットフォームの買収を決断した。2022年1月にTwitterの株を買い始めると、4月に同社の非公開化を提案※5。だがテック不況により買収は厄介なものとなる。買収資金を借り入れる担保にテスラ株を用いたが、テスラ株の価値が2022年内に66パーセント近く下落したため、資金の調達には困難が伴った。けれども最終的に売却は成立した。

※5:Conger and Mac, Character limit: How Elon Musk destroyed Twitter, 102.
純粋に財務的な観点から見れば、この買収はほとんど理にかなっていなかった。2022年10月にマスクが支払った440億ドルという金額は、Twitter社の2021年の収益の8倍以上※6。テック不況がTwitterを直撃していたことを考えると、マスクは苦境にあるプラットフォームに対して極めて高い金額を上乗せしていたことになる。しかし短期的な収益性など問題ではなかった。

※6:Giles Turner and Maxwell Adler, “Elon Musk Makes $43 Billion Unsolicited Bid to Take Twitter Private”, Bloomberg (April 14, 2022).
マスクにとって、Twitterはビジネスをはるかに超えるものだったからだ。

Twitterは、サイバネティック・コレクティブにおける中心的な結節点であり――そのうえウォーク・マインド・ウイルスにすっかり感染している場所だったからである。このウイルスがもたらす危険に対して取りうる策のひとつは、接続を断つことだろう。
■マスクが恐れたのは「覚醒思想ウイルス」
サイバーセキュリティの専門家は、ネットワーク接続をすべて物理的に切り離すことでコンピュータを「エアギャップ」状態にすることがある。
これにより、攻撃者がシステムに遠隔からアクセスできないようにするのだ。
だが、マスクが選んだのは正反対の道だった。ネットワークから離脱するのではなく、ネットワークそのものを支配することにしたのだ。2022年12月、彼はリチャード・ドーキンスに向けて、こうツイートした。
「ウォーク・マインド・ウイルスは、世界で最も賢い肉のコンピュータのファイアウォールを驚異的なスピードで突破している!」※7。彼のTwitter買収は予防策だった。マスクによれば、オンラインで過ごす時間の長さゆえに、ウイルスの感染を早期に検知できたのだという。

※7:https://x.com/elonmusk/status/1608919969953349634, December 30, 2022.
自分よりもフォロワーの多いアカウントは他にもあったが、彼には「最も多くのインタラクション」があったとタッカー・カールソンに語っている。そして、そのインタラクションを通じて、何かがおかしいと感じるようになった。

「このデンマーク国では何かが腐っている(シェイクスピア『ハムレット』の有名なセリフ)。このプラットフォームでは何かがおかしい」と振り返っている※8。

※8:“FULL Elon Musk Interview with Tucker Carlson FOX News April 2023 (Unedited)” (April 2023).
■「Twitterは美化された活動家組織」
より具体的に言えば、政治的な社会運動がサイト内部の配線を腐敗させていたのだ。Twitterは「美化された活動家組織」として運営されていた、とマスクは断じている※9。Twitterは「政治思想の分布でいう極左……バークレーの政治」を反映したようなサイトになっていると言うのだ※10。

※9:“FULL Elon Musk Interview with Tucker Carlson FOX News April 2023 (Unedited)” (April 2023).

※10:James Clayton, “Elon full BBC interview”, (April 12, 2023).
2020年10月にハンター・バイデンのノートパソコン絡みのスキャンダルに関するニュース記事をブロックしようとした同社の姿勢や、2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件後のトランプのアカウント永久凍結は、左翼による検閲の証拠であった。Twitterは「文明を蝕むような影響を与えていた」と彼はジョー・ローガンに語っている。
なぜなら「極左」が自らの思想を広めるためにプラットフォームを悪用していたからだ。これらの左翼たちは、「情報兵器――テクノロジー情報技術兵器――を与えられ、実質的にマインド・ウイルスであるものを地球の残りの部分に伝播させていたのだ」と彼は説明した※11。

※11:“Joe Rogan Experience #2054 - Elon Musk”, (October 30, 2023).
買収の直後、マスクはサンフランシスコのTwitter本社のクローゼットから、古い「#StayWoke(目覚めたままでいよ)」のTシャツの山を発見した。2022年11月22日、プラットフォームがウォーク・マインド・ウイルスに感染していた証拠として、彼はTシャツの動画をツイートした※12。

※12:https://x.com/elonmusk/status/1595250835096621057, November 22, 2022.
■買収劇で見えた「反革命」の中身
これに続いて翌朝、マイケル・ブラウンを殺害した警官は正当防衛だったと結論づけた2015年の司法省の報告書へのリンクをツイートした※13。

BLMの合言葉である「『ハンズ・アップ・ドント・シュート(手は上げた、撃たないでくれ)』はでっち上げだ」とマスクは書いた。「すべてがフィクションだった」※14。

※13:“Department of Justice Report Regarding the Criminal Investigation into the Shooting Death of Michael Brown by Ferguson, Missouri Police Officer Darren Wilson”, (March 4, 2015).

※14:Matt Novak, “Elon Musk Tweets Defense of Cop Who Killed Unarmed Black Man in Ferguson, Missouri”, Gizmodo (November 23, 2022).
その日の遅く、彼は「新しいTwitterのグッズ」といって画像を投稿した。そこには「#Stay@Work(黙って働け)」と書かれたシャツが写っていた※15。

※15:https://x.com/elonmusk/status/1595535360863395842, November 23, 2022.
「Stay Woke(目を開いていろ)」から「Stay at Work(黙って働け)」への進化は、まさにマスクが企てつつあった反革命を見事に説明するものだった。マスキズムは初めから、ヒエラルキーを積極的に守ることに力を注いできた。支配するために生まれる人間がいて、支配されるために生まれる人間がいる。階級、ジェンダー、そして人種こそが、そうした区別の原則である。
一方でTwitterは、「ウォール街を占拠せよ」「Black Lives Matter」「#MeToo」を推進してきた。それはバーニー・サンダースのような草の根の政治家に人気を与え、アメリカの社会主義運動を再燃させる手助けをした。社会的不平等の問題に大衆の関心を向けさせてきた。
■TwitterがXになった本当の理由
こうしたすべての理由から、Twitterは破壊されなければならなかったのである。

そうしてTwitterの代わりに立ち上げられたのが、改めてボスが社内で権力を持つ新しいプラットフォーム「X」だ。そのボスは従業員に社会運動など求めていない。ただ「黙って働く」ことを望んでいる。さもなければ、クビになる。
マスクはTwitterのスタッフの80パーセント近くを解雇し、残った従業員――その一部は就労ビザの要件のために残らざるを得なかった人々だが――に、さらにハードに働くよう強いた。同時に、彼はプラットフォームのコンテンツを右派に寄せていった。このSNSが「情報兵器」であるならば、それを自分の敵に向けて使わない手はない。
ウォークネスと戦うため、マスクは新たな病原体を開発し、カウンターミームの連鎖を通じて感染させていくことになる。それはまさに「反ウォーク・マインド・ウイルス」とでも言うべきものだ。

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クィン・スロボディアン
歴史学者、ボストン大学パーディー・スクール教授

ボストン大学フレデリック・S・パーディー・スクール・オブ・グローバル・スタディーズの国際史教授。著書に『破壊系資本主義 民主主義から脱出するリバタリアンたち』、近著に『Hayek's Bastards: The Neoliberal Roots of the Populist Right』(2025)などがある。

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ベン・ターノフ
作家

マサチューセッツ在住の作家・テクノロジスト。著書に『Internet for the People』(2022)、共著に『Voices from the Valley: Tech Workers Talk About What They Do――And How They Do It』(2020)がある。『ニューヨーク・レビュー・オブ・ブックス』に数多く寄稿するほか、『ニューヨーク・タイムズ』『ニューヨーカー』『ニュー・リパブリック』などでも執筆している。

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(歴史学者、ボストン大学パーディー・スクール教授 クィン・スロボディアン、作家 ベン・ターノフ)
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