日本各地でストリップ劇場が閉鎖している。最盛期には300軒以上あった「昭和のエロス」はこのまま消えゆく運命なのか。
共同通信編集委員兼論説委員の佐藤大介氏が取材した――。
■「ストリップが盛り上がっている」は本当か
今年初め、東京・渋谷にあるストリップ劇場「渋谷道頓堀劇場」の入り口ドアを開けると、その熱気と人いきれに圧倒された。
人気の踊り子が出演しているということもあり、客席は満員で立ち見スペースにも人があふれ、空いた場所を探すのも難しい。驚くのは、そこにいる人々の顔ぶれだ。20代、30代と思しき若い男女や、友人同士で連れ立ってきた女性グループのほか、外国人観光客の姿もある。ストリップ劇場を「おじさんの場所」と見なすのは、もう過去の話であることを実感させられた。
ステージが終わると、踊り子との写真撮影タイムが始まる。1枚500円で、複数枚の撮影も可能。踊り子単体を撮るだけではなく、一緒に撮影してもらうこともできる。撮影は早い者順で、目当ての踊り子のショーが終わるやいなや、ファンは一目散で舞台の脇に駆け寄って列をつくる。訪れた日は、客席の外まで列ができる盛況ぶりで、人気の踊り子は多ければ1日で100枚を売り上げることも珍しくない。
こうしたSNSで「推し」の踊り子を追いかけ、劇場を転々とするファンの姿は、かつてのアイドルの親衛隊を彷彿とさせる。
そうしたことから「ストリップ劇場が盛り上がっている」という声も聞かれるようになった。女性客が客席の3割を占めることもあり、一部の踊り子はアイドル的、またはカリスマ的な人気を誇っている。
■最盛期の20分の1に激減
だが、華やかな表面の裏で、業界そのものは衰退の一途をたどっている。
最盛期に全国で300軒以上あった劇場は、今年5月現在でわずか15軒。昨年末には「新宿ニューアート」(東京・新宿)が豪雨による浸水被害から再開できぬまま閉館し、今年3月末には北陸地方で唯一の拠点だった「あわらミュージック」(福井・芦原温泉)も営業を終えた(劇場側は「再開に向けて努力」と表明しており、年内にも営業を再開する可能性がささやかれてはいる)。
盛り上がりと衰退が同居する、矛盾に満ちた業界。果たしてストリップは「消えゆく昭和のエロス」なのか、それとも新たな可能性があるのか。踊り子やファンの話から、ストリップの「現在地」を探ってみた。
■踊り子は街に客を連れてくる
「毎日300人くらいはお客さんが入っていましたね。カランカランと下駄の音が聞こえると、団体さんが来たなとわかるんです。床がコンクリートだから、よく響く。その音は、今も耳に残っています」
踊り子としてデビューして30年余り、あわらミュージックに数百回出演してきた相田樹音さんは、新人だった1990年ごろを懐かしそうに語る。
当時の劇場は活況そのものだった。70席ほどの客席は埋まり、観客が通路に座ることも珍しくなかった。
バブル景気に支えられ、企業の宴会や社員旅行が盛んだった時代。芦原温泉の旅館の従業員が、宿泊客を劇場に連れてくることも多かった。
「踊り子は客を連れてくる存在として、街全体から大切にされました。10日間の興行を終えて別の劇場へと旅立つ時には、喫茶店のママや土産物屋の店主が『行ってらっしゃい、また来てね』と声をかけてくれる。そういう街の優しさがありました」
だが、にぎわいを見せていた温泉街の姿は、時代とともに様変わりした。団体客は姿を消し、徐々に客足は遠のいていく。さらに打撃を与えたのが、新型コロナの影響だった。当然ながら、あわらミュージックもそうした渦に巻き込まれていった。
あわらミュージックは、地元に根を張る資産家が70年ほど前に数千万円を投じて建設した由緒ある劇場で、2階席を備えた豪華な造りが特徴だ。だが、老朽化によって雨漏りや設備の故障が相次ぎ、修繕を重ねてきた。
訪れる客が減る中で、修繕費も含めた維持費が経営に重くのしかかる。
閉館の判断を、相田さんは「劇場を続けようとギリギリのところで踏ん張ってきたけれど、もう限界ということなのでしょう」と静かに語る。
■若者や女性がストリップにハマるワケ
群馬県立女子大学教授(美学・舞踊学)で、『現代ストリップ入門』の著作がある武藤大祐さん(51)がストリップ劇場に通い始めたのは、コロナ禍だった2021年のことだ。ゼミ生から、何度も見に行っていると聞いて興味を持ったのがきっかけだった。実際に劇場を訪れると、独特な雰囲気と踊り子のパフォーマンスに魅了され、全国の劇場を回るようになった。
「東京やその周辺の劇場では、見始めた当初と比べても、若い観客が増えていると思います。明らかに20代だよねという人が、一人で見に来ていたりする。立ち見する空間さえ探すのに苦労する日も珍しくありません」
そうした現象は、劇場が減少する中で、営業中の場所に訪れる人が集中することで起きている側面もある。しかし、武藤さんは「若者や女性などのファンが増えていることは間違いない」と言う。その理由として武藤さんは、以下の3点を挙げた。
■消費ではなく共感の対象として
第一は新型コロナ禍だ。演劇やライブが軒並み中止される中、政府の持続化給付金の対象外とされたストリップ劇場は営業を継続せざるを得なかった。
「人との接触が危険とされていた時代に、目の前に他人の裸がある。その強烈さがあった」(武藤さん)。
ライブやコンサートに通っていた人々の一部が「生のある空間」を求めてストリップ劇場に流れ込んできたと考えられるという。
第二は「ライブ体験」への渇望だ。音楽産業でCDなどの音源の売り上げが落ち込む一方、ライブの動員数は長年にわたって増え続けてきた。スマートフォンの普及とコンテンツのデジタル化が進む中で「生身の人間と同じ空間にいること」の価値が逆説的に高まっている。
「踊り子が小さな空間で客と向き合うストリップは、究極のライブだと思います。知らない観客同士が気軽に交流する、打ち解けた空気も楽しい」(同)
そして第三は、性や体に対する関心の変化だ。単なる性的イメージならインターネットでいくらでも手に入る一方で、ジェンダーやセクシャリティをめぐる認識が深まり、かつてとは「裸」のもつ意味合いが違っている。
「生まれもった自分の身一つで表現する踊り子の姿に、その人の生きざまや誇りを感じるという声は多い。消費の対象ではなく、共感をもって見る人が増えている」(同)
■人気の踊り子とベテランの格差
ストリップという表現形式の特徴について、武藤さんは「踊り子が観客との双方向的な関係の中で踊ることで、独特の相互作用が生まれる。等身大の人間同士が、何も取り繕いようのない状態で向き合い、その中で踊りが成立している」と話す。

そうした状況の中で、踊りを見た観客が激しく感情を揺さぶられることも少なくない。武藤さんも、踊り子が踊る姿を見て、涙が止まらなくなった経験があるという。こうした「強烈な感動」は男女問わず多くの観客に起きており、それがリピーターを生む大きな要因だと武藤さんは分析する。
だが、冒頭で見た活況は、業界のすべてを映しているわけではない。相田さんの見立ては厳しい。
「業界が盛り上がっているというのは、ごく限られた話だと思います。アイドル的な踊り子を乗せている、都内の一部の劇場などの話ではないでしょうか」
ここで、写真の存在が再び浮上する。冒頭で記した「長蛇の列」は、実は業界の構造的な問題と表裏一体だ。
写真の売り上げは全額劇場の収入となりることから、1枚500円の写真が1日で100枚売れるアイドル的な若い踊り子は劇場にとって「稼ぎ頭」であり、次の出演依頼が舞い込む。逆に写真が売れなければ、いくら踊りが優れていても仕事は減る。
■熱量と金銭が一致しない皮肉
SNSで大量のフォロワーを持ち、写真の列に客を並ばせることのできる踊り子と、そうでない踊り子との間に、埋めようのない格差が生じている。つまり、冒頭の「盛り上がり」は、業界全体の活況ではなく、ごく一部の人気踊り子に客が集中しているという現象でもある。

さらに、ベテランにとっては支持基盤そのものが揺らいでいる。チップや衣装の協賛で長年支えてきた男性の常連客たちが、高齢化によって次々と劇場に来られなくなっている。舞台で客から手渡されるチップは、写真と違って踊り子の収入となる。
「長く交流のある70代のお客さんから、末期がんで手の施しようがないと診断されたから、もうステージは見られないかもしれない、ごめんね、と連絡が来ました。そういう人たちがどんどん増えています」
相田さんは、寂しそうにそう話した。
若い女性客の増加は事実だが、相田さんはこう見ている。「女性のお客さんは発信力がある。でも、男性の常連客のように金銭的な支援を続けてくれるかというと、それはまた違う話です」。
女性客は演目の芸術性を評価しSNSで発信するが、チップを包んだり衣装代を協賛したりという形での支援は限られる。新しいファン層の「熱量」と、業界を経済的に支える力は、必ずしも一致しないのだ。
■年金支給日になるとお客さんが増える
相田さんは、インタビューの最後にこんな言葉を口にした。
「静かに消えていっていいんですよ。こういう美しいところがあったな、よかったな、気づいたらなくなってしまったなと、失われた日本の記憶の1ページになってもいいと思うんです」。そして、すぐに「もちろん、そうなったら寂しいですよ」と続け、複雑な心境をのぞかせた。
ストリップ劇場は、相田さんにとって単なる職場ではない。借金に追い詰められた人、心の病を抱えた人、「人生最後の日だと思って来た」と告げた人。そうした人々が劇場の暗がりに迷い込んでくる。
「年金支給日になるとお客さんが増えるんです。お年寄りたちがお金を握りしめて会いに来てくれる。家では一人でいても、劇場に行けば踊り子が話しかけてくれるでしょう。そういう居場所として、劇場は長年守られてきたんです」
救いを求めてやってきた人が「また来るよ」と帰っていく。舞台は、その人たちにとっての灯りになれる。それが、これまで続けてきた大きな理由だと相田さんは言う。
■ストリップ劇場に漂う「わびさび」
ストリップ劇場に漂う特有の空気を、相田さんは「わびさび」と表現した。
「踊り子がありのままを表現し、観客がそれを受け止める。そうした場所がなくなっていくのは、日本にある文化の一つが消えるような気になります」
冒頭の劇場に話を戻そう。満員の客席、写真撮影に並ぶ長い列、SNSに投稿される熱い感想。その熱気は紛れもなく本物だ。だが、その灯りが照らしているのは、業界全体のごく一角にすぎない。
残り15軒の灯りがあとどれほど続くのかは、だれにもわからない。だが確かなのは、その灯りの下で、今もだれかの人生の一コマが静かに刻まれているということだ。

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佐藤 大介(さとう・だいすけ)

共同通信社 編集委員兼論説委員

1972年、北海道生まれ。明治学院大学法学部卒業後、毎日新聞社を経て2002年に共同通信社に入社。韓国・延世大学に1年間の社命留学後、09年3月から11年末までソウル特派員。帰国後、特別報道室や経済部(経済産業省担当)などを経て、16年9月から20年5月までニューデリー特派員。21年5月より現職。著書に『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』(角川新書)、『オーディション社会 韓国』(新潮新書)、『ルポ死刑』『韓国・国家情報院』(ともに幻冬舎新書)などがある。

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(共同通信社 編集委員兼論説委員 佐藤 大介)
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