中国で世代間の格差が深刻な社会問題になっている。『中国は覇権を握るのか』を書いた李虎男さんは「問題の種は『大媽部隊』と呼ばれる中高年女性だ。
文化大革命の影響でまともな教育を受けていない彼女たちがいま、若者たちを絶望させている」という――。(第2回)
※本稿は、李虎男『中国は覇権を握るのか』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■世界に進出する「おばちゃん集団」の正体
中国の目覚ましい経済発展の裏側で、社会の分断が深刻化している。特に注目すべきは、国際社会でたびたび話題となる「大媽(ダーマー)部隊」と呼ばれる中高年女性層の存在と、経済成長を底辺で支える「農民工(ノンミンゴン)」の悲劇だ。この二つの現象は、それぞれ異なる歴史的背景と社会経済的地位を持ちながら、現代中国社会が抱える構造的な矛盾と、世代間・階層間の深い溝を鮮明に浮き彫りにしている。
ニューヨークのブルックリン、パリのルーブル美術館前、モスクワの赤の広場――世界の著名な観光地で、中高年の中国人女性たちが大音量の音楽に合わせて集団で踊る光景が頻繁に目撃されるようになった。彼女たちは「大媽部隊」と呼ばれ、その統制の取れた動きは軍隊を彷彿とさせる。
「大媽」という言葉は本来「伯父の妻」を意味する親族関係の呼称だったが、現在では中高年女性を指す一般的な用語として定着している。ただし、この言葉には軽蔑的なニュアンスも含まれており、現代中国社会の複雑な世代間感情を反映している。
この現象が単なる文化的な風景を超えた社会問題として注目されたのは、彼女たちの驚異的な経済的影響力が明らかになってからである。
■日本の不動産の半分以上を爆買い
2018年、「大媽部隊」は国際金融市場を震撼させる出来事を引き起こした。わずか1週間で約300トンものゴールドを購入し、国際金市場の価格を一気に押し上げたのである。
この購買力の集中は個人投資家集団としては異例の規模で、国際的な金融関係者を驚愕させた。
さらに同年、多くの「大媽」が日本を訪れ、東京を含む日本各地の不動産を大量に購入・転売した。その取引の半分以上を「大媽部隊」が占めたといわれており、日本の不動産市場に実質的な影響を与えた。
「大媽」という言葉は英語では「dama」と表記され、オックスフォード英語辞典への登録候補となるほど世界的な用語になっている。
しかし、この国際的な経済力の誇示は同時に深刻な文化摩擦も生み出している。ニューヨークでは、スピーカーを持ち込み大音量で音楽を流しながら踊っていた「大媽部隊」が騒音問題となり、警察に摘発され法廷に出頭させられる事件が発生した。これは文化的習慣と現地社会のルールとの衝突を象徴する出来事として、グローバル化時代における文化的アイデンティティの表現と、異文化間理解の困難さを浮き彫りにした。
パリでも同様の問題が発生し、観光地における文化的表現の自由と現地住民の生活環境の保護との間で複雑な議論が繰り広げられている。
■中国の若者が「恥ずかしい」と嘆くワケ
「大媽部隊」の背景には、中国の改革開放政策による急激な経済成長がある。1980年代以降の経済発展により、中高年女性たちは若い頃に経験できなかった物質的豊かさを手にした。彼女たちの多くは文化大革命時代を経験し、個人の自由な表現が制限されていた時代を知る世代である。その反動として、現在の経済的余裕と海外旅行の自由を最大限に活用し、抑圧されていた自己表現欲求を解放している側面がある。

この現象は単なる個人的な趣味の延長を超えて、中国社会の内部矛盾と世代間格差が国境を越えて表出した現象として理解すべきである。
若い世代の中国人の多くは、「大媽部隊」の行動を恥ずかしく感じており、国際的なイメージの悪化を懸念している。一方で、当事者である中高年女性たちは、自分たちの文化的権利を主張し、西洋的な価値観への屈服を拒否する姿勢を示している。
国際社会における「大媽部隊」への反応は複雑である。一部では中国の経済力の象徴として警戒視される一方で、文化的多様性の表現として理解を示す声もある。しかし、現地社会との摩擦は避けられない現実となっており、文化的相互理解の促進が急務となっている。この問題は、経済のグローバル化が進む中で、文化的アイデンティティをどのように表現し、他文化との共存を図るかという普遍的な課題を提起している。
■踊り狂うおばちゃんが背負う「悲しき過去」
「大媽部隊」の存在は、中国の経済力が世界各地に及んでいることを示すと同時に、その影響力が時に現地社会との摩擦を生み出すことを物語っている。彼女たちの行動は、現代中国が直面するソフトパワーの課題、すなわち経済的影響力を文化的理解と調和させる困難さを象徴的に表している。
文化的多様性の尊重と社会的調和の両立という、グローバル化時代の根本的な課題の表れが「大媽部隊」の軋轢なのだ。
「大媽世代」に対するマスコミや若者からの厳しい批判を理解するには、彼女たちが経験した特殊な歴史的背景を知る必要がある。一般的に「大媽」は主に都市部に居住する60歳から70歳前後の女性を指し、その数は約8000万人と推測されている。

現在60歳だとすると1960年代に生まれ、毛沢東時代の社会主義体制下で幼少期を過ごし、1980年代の改革開放時代に社会人生活を営んだ世代である。
この世代の最も特徴的な側面は、その教育レベルの極端な低さだ。調査結果によると、男女あわせて大卒はわずか13.37%、高卒が18.77%に対し、中卒が41.9%、小学校卒業が25.96%を占めている。
この極端な教育格差は、文化大革命(1966~1976年)の直接的な影響である。文革時代、毛沢東は「教育機関で学ぶ知識よりも、農村や工場で働きながら実践的経験を積むことが重要である」と強調した。
この方針により、当時の学生たちは学業を放棄し、農村や山間部で農民とともに生活する「上山下郷(山へ行き、郷へ行く)」キャンペーンに強制的に参加させられた。約1600万人の都市部青年が農村に送られ、彼らの多くは基礎教育を完了することなく農村労働に従事することとなった。
■なぜ彼女たちは集団で暴走するのか
1977年に大学入試制度「高考(ガオカオ)」が復活したが、「大媽世代」はすでに小中高教育をまともに受けられなかったため、実際には大学教育を受ける機会は失われていた。
2018年の調査では、「大媽世代」の年齢層で大学教育を受けた比率はわずか3%に過ぎず、これは現在の若い世代の50%以上という大学進学率と比較した際に、極めて深刻な教育格差を示している。
この教育機会の剥奪は、単に知識量の差異にとどまらず、論理的思考能力、批判的分析能力、そして多様な価値観への理解力の形成に決定的な影響を与えた。
教育の空白は、現代中国社会における知識と価値観の断絶を生み出した。教育を通じて培われるべき批判的思考や独立した判断力が十分に発達しなかった結果、権威への妄従や集団主義的傾向が強く残存している。
これが現代の若い世代との価値観の衝突を生む根本的な原因となっている。
さらに重要なのは、この世代が形成期に経験した集団主義的価値観である。文革時代には個人の自由な思考や独立した判断は「ブルジョア的傾向」として厳しく批判され、集団への絶対的な服従と画一的な思考が要求された。
当時の都市部では職場ごとに四つの共同、すなわち「共同勤務、共同居住、共同生活、共同食事」が厳格に適用され、個人の生活のあらゆる側面において集団意識を徹底的に培うシステムが構築されていた。現在の広場舞も、この歴史的背景と無関係ではない。
■毛沢東が植え付けた「一生消えない恐怖」
文革時代には毛沢東への忠誠を表現する「忠字舞」が中国全土で集団的に踊られていた。紅衛兵が緑色の軍服に赤い星の帽子をかぶり、片手に赤い『毛沢東語録』を持って革命歌謡を歌いながら踊る集団舞だった。当時最も有名な歌謡『東方紅』の歌詞は「東が赤くて、太陽が昇る。中国には毛沢東が出現した。彼は人民のために幸せをもたらす。彼は人民の大救星(救世主)」というものだった。
この世代にとって集団からの排除は人生最大の恐怖であり、集団への所属と集団内での承認こそが自己実現の根本的な基盤となった。
60歳を過ぎた今でも、広場や公園で集団的に踊り、集団的に金を買い入れ、不動産投資を行う行動パターンは、文革時代に深く刻み込まれた集団主義的価値観の現代的な表現なのである。
こうした集団主義的行動様式は、個人の自由と多様性を重視する現代の価値観とは相容れない側面がある。しかし、先に挙げた歴史的背景を理解することなしに、現在の「大媽現象」を単純に批判することは適切ではない。彼女たちの行動は、特殊な時代環境が生み出した価値観と生活様式の産物であり、現代中国社会の複雑な層を理解するための重要な手がかりでもある。
■低学歴なのに巨万の富を築けたワケ
「大媽世代」と呼ばれる中高年女性層に対する若い世代からの批判が、深刻な社会問題として台頭しつつある。この対立の根底には、教育水準が比較的低いにもかかわらず、彼女たちが経済的に大きな成功を収めたという逆説的な状況がある。
若者たちは、自らが高等教育を受け、過酷な競争社会に身を置きながらも、生活の安定さえ得難い現実に直面しており、その一方で、時代の追い風を受けて資産を築いた「大媽世代」に対する強い反感と不信を抱いている。
この中高年女性層は、改革開放の時期に社会人となり、1990年代以降の急速な経済成長の恩恵を受けた世代である。特に社会主義体制下での住宅政策により、職場から無償で提供されたアパートを所有することが可能であった。
その後、中国の都市部で不動産価格が急激に高騰すると、彼女たちの資産価値も連動して跳ね上がり、再開発による立ち退き補償などによって巨額の利益を得ることになった。制度的恩恵と市場経済の転換が重なったことで生まれた、時代的な特権といえるだろう。
こうした資産を元手に、「大媽世代」は株式市場や不動産市場への投資にも積極的に参入し、さらなる富の蓄積を果たしていった。
彼女たちの投資活動はしばしば市場に影響を与え、とりわけ金市場では「中国の大媽」の動きが国際的に注目されるほどとなった。
彼女たちの存在は、もはや単なる家計の担い手ではなく、経済を左右する一大勢力であり、このような経済的影響力が若者の反発を一層強める結果を招いている。
■不公平すぎる現代の中国社会
一方、現在の若い世代は、住宅価格の高騰や教育費の増大、そして厳しい就職市場という三重苦の中にいる。高学歴でありながらも、住宅を持つことすら困難な状況に直面し、多くは「996」(朝9時から夜9時まで週6日働くという過酷な労働慣行)と呼ばれる過酷な労働環境で働いている。
こうした現実の中で、制度の恩恵によって資産を築いた「大媽世代」との経済的格差は、単なる世代間の違いを超えた、構造的な不公平として捉えられている。
さらに深刻なのは、そうした恩恵を受けた「大媽世代」が、依然として社会的発言力を持ち続けている点である。
彼女たちは広場ダンスや集団投資などを通じて社会に影響力を持ち、時に若い世代に対して保守的な価値観や行動規範を押しつけることもある。これに対し、自由や多様性を重んじる若者たちは強い違和感を覚え、SNSなどを通じて彼女たちを風刺・批判する動きが拡大している。
■高学歴の若者を絶望させる「残酷な逆転」
公共空間での騒音問題や市場の混乱を引き起こすような行動も、若者の目には「迷惑行為」と映っており、両者の価値観の乖離は深まる一方である。
こうした対立は、単なる世代間の意見の違いにとどまらず、教育と富の関係に対する根源的な疑問をもたらしている。若い世代は、長年にわたり教育に時間と資源を投資してきたにもかかわらず、社会的成功が得られないという現実に直面しており、それが大きな挫折感と制度への不信感を生んでいる。
一方で、「大媽世代」は教育機会に恵まれなかったにもかかわらず、時代の波に乗って資産を築いた。この矛盾が、世代間の感情的な断絶をさらに深刻なものにしている。
加えて、経済格差が固定化されつつある現状も問題を深めている。不動産価格の上昇により、すでに住宅を所有している世代とそうでない世代の格差は広がり続けている。
若者にとって住宅購入はほとんど不可能に近くなっており、それが結婚や出産といった将来設計にまで影を落としている。親からの経済的支援なしには生活の基盤すら築けない現実が、家族関係に新たな緊張をもたらしている。
■世代間格差の是正なしに未来はない
このような世代間対立は、中国社会の持続的な発展にとって重大な障害となる可能性がある。若者の不満は消費行動や労働意欲にも影響を与え、社会全体の活力を低下させかねない。また、価値観の断絶は社会的統合を困難にし、分断の深刻化を招く。
これを克服するためには、住宅政策の見直しや、教育の成果が正当に報われるような制度改革が急務である。さらに、世代間の対話を促進し、互いの立場や経験に対する理解を深める努力も必要だ。
世代間の断絶を超え、共に社会の未来を築くためには、経済格差の是正だけでなく、価値観の多様性を受け入れる文化的な寛容さも求められている。急速な社会変化の中で生まれたこの断絶をどう乗り越えるかが、今後の中国社会の成熟度を問う試金石となるだろう。

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李 虎男(り・こうなん)

前延辺大学科学技術学院教授

1993年、中国・延辺大学朝鮮言語文学科を卒業後に来日。上智大学大学院文学研究科、中央大学大学院法学研究科を経て、2005年に中央大学より法学博士号を取得。韓国・西江大学、慶南大学極東問題研究所客員研究員を歴任し、延辺大学科学技術学院教授、創価大学法学部客員教授を務めた。主な著作に『韓国歴代政権の統一政策変遷史』(共訳、2011年)『朝鮮民族の歴史』(共著、2016年)、などがある。

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(前延辺大学科学技術学院教授 李 虎男)
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