6月11日に開幕する北中米W杯の審判団に選出された荒木友輔主審、三原純副審が13日、都内で報道陣の取材に応じ、W杯に向けた意気込みを語った。

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 自身初のW杯に臨む三原副審は「大変光栄な機会を頂戴し、うれしく思います。

大会の成功に少しでも協力できれば」と力を込めた。

 そのキャリアは極めて異色だ。小中学校時代は野球に興じ、高校では帰宅部。高校時代に98年フランスW杯をテレビ観戦し、野球少年はサッカーというスポーツに魅了された。

 しかし、選手を目指すには遅すぎた。「遊びでボールを蹴ったりはしましたが、全然違う方向に飛んでしまうので、ストレスがたまる一方でした(笑)」。転機は大学時代、サッカーサークルの紅白戦で審判を務めたことだった。

 「なぜファウルなのか、なぜイエローカードなのかがわからなくて、1500円で競技規則を買いました。笛を吹いてみると楽しかったんです。これだったら自分もサッカーに携われると思いました」

 選手としてのプレー経験がないことは、時に不利に働く側面があるかもしれない。しかし競技規則にのっとった最善の選択をするという点に、サッカー経験の有無は関係ない。主審をサポートし、ピッチ全体の俯瞰(ふかん)が求められる副審という立場ならなおさらだ。

「『こういうルールだからこうするべき』とすぐに導き出せるように、言葉で伝えることを意識してやってきました」と胸を張る。

 本業は島根・松江市の職員。Jリーグのピッチに立つ傍ら、平日はスポーツ振興課の職員として、地域のスポーツ振興に汗を流す日々を送る。「主催しているマラソン大会に向けた準備だったり、当日の運営スタッフとしての仕事だったり、スポーツをキッカケに松江に来て滞在していただける方を増やすような取り組みを行っています」。海外派遣がある際には平日でも日本を離れることがあるため「職場の理解もあって、活動が続けられています」と感謝を口にする。

 44歳という年齢から、今大会が最初で最後のW杯になることを自覚している。

 「年齢的に次の4年後はチャンスがないだろうと思っています。(主審の)荒木をしっかりと支えることを目標に取り組んでいき、しっかり次の世代に引き継いでいくことを意識してやっていきたいです」

 異色のキャリアを経てたどりついたW杯の夢舞台で懸命にフラッグを振り、試合運営をサポートする。(岡島 智哉)

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