バレーボール ▽大同生命SVリーグ男子 チャンピオンシップ決勝 最終第3戦 大阪ブルテオン 3―0 サントリー(17日、横浜アリーナ)

 チャンピオンシップ(CS)決勝が横浜アリーナで第3戦が行われ、レギュラーシーズン(RS)1位のサントリーは、2位の大阪Bに0―3で敗れて通算1勝2敗となり、2連覇を逃した。今季限りで退団が決まっているサントリーの高橋藍(24)はチーム3位の7得点で引っ張ったが、有終Vを逃して悔し涙。

大阪Bが初優勝し、主将の西田有志(26)がMVPに輝いた。

 藍主将は何度もユニホームで悔し涙をぬぐっても、止まらなかった。0―2の第3セット(S)。最後は大阪B・西田に強烈なサーブを打ち込まれた。超満員1万2189人の歓喜と悲鳴に包まれた中での終戦。サントリーの一員としてのラストマッチで“有終の美”を飾れなかった。試合後、対照的なうれし涙の西田と抱き合って健闘をたたえ合い、「最後チームを勝たせたかった。自分の力不足だし、未熟だと思った。悔しい思いだけが残った」と責任を負った。

 エースとして、大一番で1点が取り切れなかった。16日に1勝1敗とされた後、流れを引き戻すために重要だったこの日の第1S。18―20の競り合いでスパイクを決められず、22―23ではサーブをミス。

このセットを落とし、そのまま大阪Bの勢いにのまれた。「チームが勝つ方向に導けなかった。勝負どころで点数を取れる選手になっていけないといけない」と唇をかんだ。

 24年にイタリア1部セリエAのモンツァで準優勝後、国内リーグに初参戦した。ロシア代表で12年ロンドン五輪金のD・ムセルスキーら世界屈指の技術を持つチームメートと2季を過ごし、粘り強い守備が特徴のSVリーグで、今季はセッター・関田誠大とライトからのスパイクを「武器」にするまで磨き、攻撃の幅を広げた。日本で楽しみにしていたラーメンも断ち、体脂肪率は13%から9%台まで落とし、体のキレをつけた。アタック決定率はRSで日本人1位。課題の攻撃面で成長を示した。

 今季はプロでは初めて主将の重責も担った。「負けた後も(気持ちが)下がらない」と、今季加入した小川智大がいうように、主将からはポジティブな声かけが目立った。海外で培った敗因に焦点を当てるより「次、どう勝つか」を考えるマインドをチームに残し、29連勝を含む40勝(4敗)でRS初制覇につなげた。

 オリビエ・キャット監督が「シンボル」と評す。

コート外でもリーグの“顔”として尽力。入団時に「バレーボールを夢のあるスポーツにしたい」と掲げ、自分の時間をできる限り、バレーボールの国内での発展に使い、メディア出演や自身のSNSなどで発信。チームメートの兄・塁(26)との共演でもファンを喜ばせた。主将を中心に選手の活躍が人気につながり、ホーム22試合では2季連続で観客数は10万人を超え、今季は12万926人が来場。1万2189人の観客が集ったこの日の決勝も、チケットは完売だった。

 サントリー退団後も「唯一無二のプレーヤーになる」という夢へ突き進む。「常にトップ選手になり、チームを勝たせる選手になる」と誓った。この後は日本代表として28年ロサンゼルス五輪への戦いも始まる。9月のアジア選手権(福岡)を制すと、最短で出場が決まる。悔し涙を無駄にはしない。

 ◆高橋 藍(たかはし・らん)2001年9月2日、京都市生まれ。24歳。

バレーは小学2年から。京都・東山高3年時の19年度全日本高校選手権(春高バレー)を制覇。日本代表初選出は20年2月。同4月に日体大進学。2年時の21年11月に伊1部セリエAのパドバと契約し、23―24年季はモンツァでプレーオフ準V。24―25年季に日本のサントリー入りし、2季目の今季は主将。五輪は21年東京、24年パリ大会で7位。家族は両親、兄、妹、愛犬「ヨグ」。188センチ、83キロのアウトサイドヒッター。

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