「なぜ」なき議論 「北海道はなぜ必要か?」

 JR北海道が単独では維持困難とする「黄8線区」について、線路施設などを自治体が保有する上下分離方式の導入に向けて協議を進める方針を示しています。2026年3月末の留萌本線をもって、より経営の厳しい「赤色」「茶色」5線区が全て廃止となり、次のステップへ議論を進める構えです。

【え、これだけ!?】議題のローカル線が「すべて廃止」された場合の路線網(地図/画像)

 沿線自治体からはさっそく困惑の声が上がり、北海道の鈴木直道知事は「上下分離方式ありきではなく」「JRグループ全体での収入」を含めた経営全体の中で幅広く考えなくてはいけないなどと発言しています。

 もし資本関係のないJR他社に負担を求めたら、他人に無心するようなものですから論外として、筆者がそれ以上に懸念しているのは、「北海道はなぜ必要なのか?」「鉄道はなぜ必要なのか?」という議論がないまま、いきなり「誰が負担するのか?」という議論に終始している点です。

 もちろん、筆者に北海道が不要だという思いはありません。大事なのは「なぜ」です。日本国にとって北海道の価値とは何なのか。そして北海道の鉄道は何のために必要なのかが明確にならない限り、誰がどう負担するかという議論は迷走し続けます。

「北海道の役割」を一自治体の負担で議論するのか?

 北海道の「なぜ」を紐解く際、最新の国土形成計画においても「食料の供給、エネルギー・産業立地を持つ地」と位置付けられています。また、防衛省の「防衛白書」によると、北海道はその広大な土地と地政学的特性から、陸上自衛隊の最大規模の部隊が配置されるなど、国防の要衝としての役割を担っています。

 国はこの役割が果たせるようにインフラを維持しなければなりません。では、国はJR北海道に対し「北海道が食糧庫・産業立地・国防の要衝として機能するように鉄道を経営せよ」と命じているでしょうか。

 国鉄改革時のスキームは、不採算路線の維持を前提とした「経営安定基金」によって、独立採算と公共網の維持という相反する要請を民間企業に背負わせました。北海道という国土の役割が本州や九州とは根本的に異なるにもかかわらず、国は一律の枠組みを当てはめ続けているのです。

 そもそも「食糧庫」は誰のためにあるのか。それは北海道の住民だけでなく、東京など道外の消費地のためです。となると、北海道の鉄路の存廃は、東京の食糧供給の存廃にも直結します。国防の視点に立てば日本の存亡に関わります。これは、一自治体に負担をさせるかどうかという矮小な議論で済まされる話ではありません。

「インフラどう活用するの?」の議論がそもそも無い

 一方、北海道内だけで考えても議論が足りません。人口減少の深刻化を背景に日本の政策は今、大きな転換点にあります。

 2023年に閣議決定された国土形成計画では、小さな拠点と網(コンパクト・プラス・ネットワーク)の形成が明記されました。これは、かつての無秩序な拡大の時代から、既存の資産を効率的に管理する「成熟した国土の維持・管理」への転換です。

 鉄道と道路では、国土に与える影響が根本的に異なります。機能している鉄道は、駅を中心とした集積を作り出します。都市機能が集約されると、一人あたりの下水道、水道、道路といったインフラの維持管理費用が低い、効率的な国土構造になります。

 一方で、潤沢な道路財源に頼り、道路網を拡充し続ければ、居住や商業機能の分散(スプロール化)を招きます。この分散は集積を破壊し、インフラの総延長を増やし、自治体の財政を圧迫します。

 北海道をこのまま分散させ共倒れに導くのか、あるいは戦略的に鉄道を使い都市を集積させて将来的な行政費用を抑制するのか。北海道という国土をどう形作るか、そのためにインフラをどう活用するのかの議論が見当たりません。

だから鉄道を「定量評価」すべき

 そのためには、鉄道の役割を客観的に定量評価する指標が必要です。例えば、鉄道を社会資本として評価する基準として、英国財務省のグリーンブック(公的投資の評価基準)に準拠した評価指針TAG(Transport Analysis Guidance)があります。

北海道のローカル線問題「負担のなすりつけ合い」が永遠に? 「...の画像はこちら >>

石勝線の新夕張-夕張間は2019年、赤線区のなかで最初に廃止された(画像:PIXTA)

 TAGは道路・鉄道を同じ物差しで測る厳格な経済評価手法で、移動時間の短縮といった直接的な便益だけでなく、以下のような広域的な経済影響(WEI:Wider Economic Impacts)も算出します。

・集積の経済:鉄道による拠点間の接続が、企業の生産性向上を誘発する効果。
・不完全競争下の生産変化:輸送費用の低減が市場への接触を改善し、実質的な国内総生産(GDP)を押し上げる効果。

 経済だけでなく、鉄道社会的価値ツール(RSVT:Rail Social Value Tool)で鉄道がもたらす地域社会、雇用、環境、健康、サプライチェーンなど社会的な便益も測定しています。2024の年RSVTには529の指標があり、そのうち258の指標には貨幣換算価値が設定されています。

一企業の収支で考える段階は“とうに過ぎている”

 以下はTAGにおけるRSVTの指標の一例です。

・経済的・社会的回復力:大量輸送が可能な鉄道網が、災害や有事の際にサプライチェーンを維持し、国家の食料安全保障や防衛能力を支える「保険」としての価値。
・社会的包摂:自動車を利用できない層の移動権利を保障し、社会的格差を抑制することで、地域コミュニティを維持する価値。
・環境および幸福への寄与:道路交通からの転換による環境負荷低減や、人々の幸福度の向上。

 英国ではこれらの指標を用い、鉄道を維持する経済的・社会的な便益が、維持費用を上回るかどうかを客観的に判断しています。

 日本における交通政策の費用便益分析(B/C)は、こうした集積の経済や社会的価値の算入が限定的なため、存廃論議が情緒的になりがちです。

 食料安保、エネルギー、国防という北海道の役割を完遂するためには、一企業の収支を論じる段階はとうに過ぎています。視野を狭めず英国のように根拠を明確にし、北海道がどう役立つのか、鉄路を国土にどう役立てるのか、国家の生存を支えるインフラは何かと考えることが、北海道や鉄道の議論の出発点となるべきです。

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