定期航空便のない小笠原地域は、本土では想像できないような交通格差がいまだ解消されていません。これまでの航空路開設に向けた経緯を振り返りつつ、「オスプレイ」技術が応用された民間ティルトローター機導入の可能性を探ります。

同じ東京都なれど…あまりに遠い小笠原諸島への交通の現状

 2020年7月31日(金)、東京都庁で「小笠原航空路協議会」が開催され、その席で東京都から、イタリアのレオナルドが開発を進めている垂直離着陸が可能なティルトローター機「AW609」の導入を検討する案が提示されました。

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小笠原航空路開設協議会で東京都から導入検討案が提示されたAW609(画像:レオナルド)。

 小笠原航空路協議会は、東京都、国土交通省、小笠原村が、小笠原諸島に航空路を開設するための手順や実施体制、手法を検討するために、2008(平成20)年に設立されました。

 小笠原村は父島、母島など30あまりの島々から構成されていますが、空港は設置されておらず、本土と小笠原村を結ぶ交通手段はおおむね6日に1便(ピーク時は3日に1便)就航している定期船「おがさわら丸」しかありません。

 筆者(竹内修:軍事ジャーナリスト)は以前、小笠原村在住の方から、小笠原村の受験生が東京の大学を受験する場合、「おがさわら丸」の就航スケジュールと受験日によっては2週間近く、本土へ滞在しなければならないと聞いて驚いたことがあります。

 小笠原村に空港がないことによって生じている問題は、これだけではありません。小笠原村には父島と母島に1か所ずつ診療所がありますが、医師の不足などから村内での出産が不可能になっています。

 また、大がかりな手術をする施設も無いため、診療所で対応できない救急患者が発生した場合は、昼間は海上自衛隊のUS-2、US-1Aの両飛行艇が直接、飛来し、夜間は海上自衛隊のUH-60J救難ヘリコプターで硫黄島航空基地まで輸送した後、US-2またはUS-1Aに引き継ぐ形で内地の基幹病院へ搬送して治療を行なっています。

 なおこの病院収容までに、平均して9時間20分(2019年度)を要しています。

何度も検討されてきた小笠原地域への空港建設構想

 こうした事情から、小笠原村では1968(昭和43)年に日本へ返還されて以来、何度も空港建設構想が浮上しています。

 1995(平成7)年2月に東京都は、無人島の兄島へ空港を建設する方針を定めましたが、1996(平成8)年1月に環境庁(当時)が希少植物の保全を理由に、同案へ反対する意向を表明しました。このため東京都は、空港建設予定地を父島の時雨山周辺へ変更しましたが、調査の結果、時雨山周辺にも貴重な動植物の生息が確認されたことから、同案も撤回されています。

 その後、小笠原航空路協議会では、父島の洲崎地区に空港を設置する案、父島と硫黄島をヘリコプター便で結んで、硫黄島から都心までジェット機で結ぶ案、水上航空機を就航させる案、聟(むこ)島に空港を開設する案が検討されましたが、硫黄島活用案は火山活動の影響など、水上航空機案は船舶の航路との兼ね合いなど、聟島空港開設案は計画用地が自然公園法の特別保護地域に指定されたことから除外され、現在は洲崎地区に空港を設置する案を軸に、検討が進められています。

小笠原の交通格差解消へ切り札? 都が「オスプレイ」技術応用の民用機提示 どうなる?

ATRが開発を進めているATR42-600Sのイメージ画像(画像:ATR)。

 2018年7月に開催された第7回小笠原航空路協議会では、洲崎地区に滑走路長1000m以下の空港を開設し、フランスとイタリアの合弁企業ATRが開発を進めているターボプロップ旅客機「ATR42-600S」を就航させる案が浮上しています。ATR42-600Sは天草エアラインなどで就航しているATR42-600のSTOL(短距離離着陸)型で、ATRは800mの滑走で離着陸が可能になると述べています。

 つまり、ATR42-600Sという条件を満たす旅客機が登場したにもかかわらず、7月末に東京都はAW609案を提示したというわけです。その理由のひとつは、空港建設にかかる時間にあると見られています。

速くて長く飛べて滑走路要らず…ティルトローター機で答えは出たか?

 2018年6月30日付の日本経済新聞は、環境破壊を抑える形で洲崎地区に空港を建設した場合、工期は20年から25年かかると報じており、この報道が事実であれば、小笠原村には受け入れにくいと筆者は思います。また、仮に空港を開設してATR42-600Sを就航させたとしても、過密の一途をたどる羽田空港の発着枠を確保できるのかという問題もあります。

 AW609の乗客数(最大9名)は、ATR42-600S(最大48名)に比べて少なく、観光を含めた小笠原の産業振興という面においてはATR42-600Sに及びませんが、巡航速度と航続距離ではそれほど大きな差がありません。また、増加燃料タンクを搭載することで、航続距離を2000kmにまで延伸する計画も発表されています。

 AW609は垂直離着陸が可能なため、洲崎地区に空港を開設する場合でも長い滑走路を必要とせず、東京都が運営する江東区新木場の東京ヘリポートからの運航も可能であると見られています。AW609には現時点で唯一のティルトローター機であるV-22「オスプレイ」の技術が応用されていますが、軍用機であるV-22とは異なり機内が与圧されているため、急患輸送にも適しています。

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レオナルドが開発を進めているNGCTRのイメージCG(画像:レオナルド)。

 レオナルドは、EU(ヨーロッパ連合)が策定した環境政策「クリーンスカイ2」の枠組みに基づき、20席から25席クラスの次世代ティルトローター機を目的とした技術実証機「NGCTR」(Next Generation Civil Tiltrotor)の開発も進めています。将来NGCTRをベースとする大型ティルトローター機が実用化された際には、小笠原路線に導入して、産業振興を拡大していくという方策も考えられます。

 AW609に関しては、民間航空機として運航するために必要な型式証明の取得が遅れており、またどのような運航形態にするのかといった問題も少なくありませんが、環境破壊を最小限に抑え、かつ早期に小笠原村の交通格差を解消するための、有効な手段のひとつであると筆者は思います。

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