沖縄尚学の優勝で幕を閉じた第107回全国高校野球選手権大会。接戦が多く、大きな盛り上がりを見せたが、なかでもハイライトは準々決勝で県岐阜商が選抜王者の横浜(神奈川)を延長タイブレークの末に破った試合ではないだろうか。
この試合以外にも、「もしかしたら......」を期待させる戦いがあった。優勝した沖縄尚学を苦しめた鳴門(徳島)、横浜に挑んだ綾羽(滋賀)、津田学園(三重)の3校の戦いを振り返ってみたい。
【エース投入で流れをつかむ】
「いい形はつくれていたが、一本が出なかった。悔しいですね」
大会第9日の第2試合で沖縄尚学に迫った鳴門の指揮官・岡田将和監督はそう唇を噛んだ。
鳴門は1回戦でドラフト候補・赤埴幸輝を擁する天理(奈良)を撃破。エースで打線の中軸も担う橋本朋来が本塁打を放つなど、投打で活躍。その勢いのまま、沖縄尚学と対峙した。
先発投手に辻侑成を立てて、橋本との継投で凌ぎきる。そのなかで勝機を見出していくという算段だった。
「試合前のイメージとしては、2対1とか3対1とか......勝つならこういう展開かなと」
沖縄尚学の先発は、2年生エースの末吉良丞ではなく、右腕の新垣有絃(ゆいと)だった。甲子園では、こうした采配が少なくない。エースの登板を避けることで力の差が縮まることもある。
1回裏、鳴門は新垣の立ち上がりを攻め、1番・野田健心が中越えの二塁打で出塁。つづく三木響生(ひびき)が四球を選び、無死一、二塁となる。ここで3番・谷泰成が送りバントをきっちり決め、一死二、三塁。鳴門は早くも絶好のチャンスをつくった。
しかし、この好機に新垣がギアを上げ、4番・稲山壮真、5番・橋本を連続三振に仕留めた。鳴門は先制のチャンスを逃してしまった。
チャンスを逃した直後、反撃を受けることになった。2回表、一死から左前打を許すと、つづく7番・宜野座恵夢に左翼への適時二塁打を浴び、先制点を奪われた。
3回から岡田監督は決断を下し、エース・橋本をマウンドに送り出した。予定よりも早い継投だったが、これ以上点差を広げられるとば苦しくなると判断したのだ。
そして、この采配が見事に的中する。
打つほうでも再三チャンスをつくっており、試合の流れは鳴門に傾いているように見えた。
【カウント3ボールから強振】
一方、沖縄尚学も6回からエースの末吉を投入。それでも、鳴門に悲壮感はなかった。
「1回のチャンスで一本ほしかったですけど、その後は抑えられていたので、想定内の試合ではありました」
迎えた8回裏、鳴門はこの回先頭の3番・谷がヒットで出塁。岡田監督は4、5番に任せるだけと腹をくくった。4番の稲山はセンターフライに倒れたが、橋本への期待は高かった。岡田監督が振り返る。
「展開としては、橋本が打ってくれないと困ると思っていました。次につなぐというより、橋本が打って点を取る。長打が出てくれたら......と思って見ていました」
ここで末吉の制球が乱れ、ボールが3球続いた。四球の可能性も十分に考えられ、実際、沖縄尚学の比嘉公也監督は次打者に備え、ベンチから守備位置の確認を指示していた。
しかし、その時だった。
試合後、橋本はこの場面についてこう振り返った。
「次のバッターは左打者で、マウンドは(左腕の)末吉くんだったので、つなぐだけでは難しいと思ったんです。自分が打ってなんとかしようと思ったので、3ボールからでも打ちにいきました」
末吉のボールはややひっかけ気味だったが、バッターにとっては難しい球だった。次打者も凡退して、得点を奪うことはできなかった。すると直後の9回表、決定的な2点を奪われ、勝敗は決した。
「8回に得点が入れば、いい展開になると思っていました。先頭の谷が出塁してくれましたが、あとが続かなかったですね」
理想的な展開に持ち込んだが、あと一本が出ずに、鳴門は大きな星をつかみ損ねた。
【ひとつのミスを許してくれない】
「隙のない走塁。これが横浜なんやなと思いました」
同じ第会9日目の第3試合は、初出場の綾羽が選抜覇者の王者・横浜に挑んだ。
横浜の先発マウンドには、エース格の織田翔希ではなく池田聖摩だった。池田も140キロ台中盤のストレートを投げる好投手だが、横浜の奥村頼人、織田の二枚看板でなかったことは、綾羽にとってチャンスだった。
そのとおり、1回裏、綾羽は先頭の北川陽聖が内野安打で出塁し、すかさず盗塁に成功。つづく2番・磯谷哉斗が中前へ弾き返し、無死一、三塁の好機をつくる。一死後、4番・山本迅一郎がライトへ犠牲フライを放ち、先制点をもぎ取った。バントではなく、強行策で得点を挙げたところに、綾羽の姿勢が見てとれた。
千代純平監督は話す。
「今日は『チャンスで2点を取りにいくぞ』という話をしていました。複数点を狙う野球のほうが、勝機が近づくのかなということです」
しかし、そこから池田が落ち着きを取り戻し、2回、3回をノーヒットに抑えると、役割を終えるかのように、織田にマウンドを譲った。
綾羽はその織田から4回裏、二死から藤井羚優(れいや)が内野安打で出塁。しかし、ここでも盗塁を試みるも失敗に終わると、試合の流れは静かに横浜のほうへと向かった。
5回表、先頭打者に四球を与えると、そこから犠打などで走者を進められると、9番の織田にタイムリーを浴び同点。試合が振り出しに戻ると、6回表の横浜の攻撃で、綾羽に致命的なミスが出る。
この時マウンドには、背番号1のエース・藤田陸空が上がっていた。
さらに8回表にも、二死満塁からセカンドゴロを後逸。2点を失い、試合は決まった。千代監督が悔いる。
「ウチとしては『ミスはOKだよ』『気にしなくていいよ』という野球をしてきたんですけど、横浜相手のミスはやはり大きかった。チーム全体が下を向いてしまいました」
幸先よく先制しながらミスで崩れた。ただ、そこには横浜のソツのない攻めがあったことを忘れてはならない。ミスに乗じて、確実に得点をあげてくる横浜。そこに強さを感じたというのは、綾羽の捕手・山本だ。
「横浜は選抜で優勝していて、僕らは初出場。失うものはないと思いきってプレーしていました。でも、ちょっとのミスをランナーが見逃さずに生還したり、ほんとに隙がないなと感じました。エラーがなかったら、後半は粘り強くいけたんじゃないかと......でも、やはり走塁の隙のなさはさすがだなと思いました」
【万全な状態で迎えた横浜戦】
その横浜と3回戦で対戦した津田学園も打倒・王者に挑んだ。
2回戦を対戦校の出場辞退によって不戦勝となった津田学園は、万全な状態で横浜戦を迎えた。エース・桑山晄太朗は1回戦の叡明(埼玉)戦で延長12回を完投。138球を投げたが、疲労は完全に抜けていた。
だが、津田学園にとって誤算だったのは、横浜の先発・織田が完璧すぎたこと。その織田のピッチングに呼応するように、打線もつながった。
3回表の横浜の攻撃。9番の織田がヒットで出塁すると1番の奥村凌大がきっちり犠打で送ると、つづく為永皓がレフトへタイムリー。さらにこの打球を田中寛人が後逸すると、為永は迷いなく一気にホームまで還ってきた。これもまた、隙のない走塁だった。
その後も6回に1点、8回に2点を奪われ、0対5となす術なくやられてしまった。津田学園にとっては3点ビハインドの7回裏にチャンスをつかんだが、相手の好守に阻まれ無得点に終わったのが痛かった。
佐川竜朗監督は言う。
「正直驚いたのは、長打が多いはずのチームが、それを捨ててボールをしっかり見極め、引きつけてセンターから逆方向を意識していたことです。バッティングカウントで強振することはあっても、追い込まれるとコンパクトなスイングになって、単打を浴びました。
5点取られましたけど、外野の頭を越す打球はひとつもなかったんじゃないですか。そこはピッチャーによって切り替えられる強さというか、全国トップレベルだと思いました。バッティングひとつとっても、強弱をつけられるんだというのは感じました」
甲子園優勝経験のある強豪校に挑んだ鳴門、綾羽、津田学園だったが、"金星"をあげることはできなかった。それでも甲子園という舞台で、強豪校相手に堂々した戦いぶりは大いなる可能性を感じさせてくれた。