本を開くと、昭和の気配が漂ってくる。決して心地良くはないその空気と、じっとりするような熱気に引きずりこまれていく。
昭和54年に起きた三菱銀行立てこもり事件をモデルにした小説である。当時物心がついてまもない年齢だった私は、この事件のことを全く覚えていない。大人になってから知ったが、あまりの残酷さに嫌悪感を抱かずにいられなかった。大事件であるにもかかわらず記憶の片隅にも残っていないのは、周囲の大人たちが報道に触れさせないようにしたのかもしれないとも思う。小説で描かれるのは、犯行そのものの非道さではない。犯人の男の30年の生涯、その母親と元恋人の女性との関係、そして、事件の本質に迫ろうとする新聞記者たちの姿だ。
若手の社会部記者・海原将志は、北海道から大阪に転勤してきてすぐに、この立てこもり事件の現場を取材した。犯人の花川清史とは同じ年齢で、戦後ベビーブームの生まれだ。花川は少年時代にも強盗殺人を犯しており、立てこもり事件では30人の人質を苦しめ、4人の命を理不尽に奪い「オレは精神異常やない。道徳と善悪をわきまえんだけや」という言葉を残して射殺されたという。かつては漁師町で神童と言われていた自分と同じように、大人数の中に埋もれることを恐れ、何者かにならねばという焦りを持っていたのではないか。
少年時代に犯した罪を悔い改めることなく、人の命と尊厳を奪う罪を事件を起こした男、人質を盾に立てこもりを続ける息子を説得する前に、なぜか美容院で髪をセットしたという母親、自分をひどい目に合わせた男の母親を、密かに慕い続けている女。どの人物の行動も理解不能で、嫌悪感すら抱かせるものだ。だが、それぞれの壮絶な過去や、時代と環境に押し付けられた痛みが少しずつ明らかになっていき、不可解で気味が悪いだけに思えた彼らの別の姿が見えてくる。
彼らの味わってきた悔しさと寂しさ、苛立ちと諦め、焦りと精一杯の見栄は、過去の遺物ではないのだ。今を生きる私たちの中にも、存在するものではないか。そんなことを、読み終わった後もずっと考えている。
(高頭佐和子)