浪人を経験したことがある人だけでなく、「模擬試験を受ける」「大学入試についての情報を得る」などで、お世話になった人も少なくない「予備校」。しかし、その成り立ちや性格について詳しく知る人は、実は少ないのではないでしょうか。
駿台予備学校、河合塾、代々木ゼミナールといった代表的な予備校だけでなく、現役生向けの「塾」と呼ばれるところ、また、昨今普及しているオンライン予備校なども含め、大学受験に向けた予備教育機関全般について、あらゆる角度から紐解いている同書。第二章「草創期の興亡」によると、その歴史は明治時代に遡るといいます。たとえば、夏目漱石は東京大学予備門に入学する前に、通っていた東京府第一中学を中退し、漢学を二松学舎、英語を成立学舎と二つの私塾で学んでいたそうです。当時、こうした受験予備教育の私塾はいくつもあり、これらを「予備校の原型」ととらえる考え方もあるようです。
第二次世界大戦後、新しい制度の大学受験情報やノウハウを求めて生徒が殺到し、さらに盛況となった予備校。やがて駿台、河合塾、代ゼミという三大予備校が誕生することとなりました。第三章「拡大期の群雄割拠」や第四章「爛熟期の寡占・淘汰・発展」では、各予備校がいかに独自の個性を打ち出し、生徒獲得のために熾烈な競争を繰り広げていたかが見てとれます。
「文部省が認可するような教育機関ではない」とのことから、予備校は長らく、脇役、日陰者といった存在でした。しかし、多くの受験生に学問の面、そして精神的な面で影響を与えてきたのも事実です。
予備校文化を語る上で必ずと言って耳にするのが「予備校のほうが高校よりもおもしろい」というフレーズ。1970年代以降は各予備校で名物講師が次々と誕生し、生徒たちから絶大な人気を博しました。
予備校は既成の秩序に基づいた教育機関ではないからこそ、自由な発信ができるという側面があり、著者は予備校文化のおもしろさについて「『束縛をはね除け』て生まれた『不気味なアナーキスム』を後押ししていること」(本書より)と記しています。
現在では少子化と現役志向の影響から浪人が減少しており、予備校は苦境に立たされています。しかし、「それでも予備校はなくならない」というのが著者の持論です。時代によって変化を遂げながらも、「たとえば、公教育には不得手な分野――学力を十分に身につけさせる考え方や、天賦の才をさらに伸ばす才能教育など――を予備校が担うなどで、その存在価値は十分に発揮されるだろう」(本書より)と述べます。
予備校の歴史や文化について、貴重な資料やデータとともに詳しく解説した一冊。浪人して予備校に通った経験がある人にとってはことさら、懐かしさとともに読むことができる内容となっています。
[文・鷺ノ宮やよい]