井上との東京ドーム決戦に挑む中谷(C)Getty Images

ベガスの予想オッズは「7/3」 中谷にチャンスはあるのか?

 いよいよ間近に迫った“日本人スーパーファイト”は名実ともに日本ボクシング史上最大の戦いであるのは間違いない。“モンスター”こと世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(大橋)に、“ビッグバン”という愛称を名乗るようになった中谷潤人(MT)が挑む。

【動画】響く打撃音 中谷潤人とエルナンデスが見せた壮絶な乱打戦をチェック

 戦績はともに32戦全勝―――。

どちらもすでに複数階級を制覇しており、米老舗誌『The Ring Magazine』のパウンド・フォー・パウンド(PFP)ランキングでもトップ10に入るエリートボクサー同士の激突となった。欧米でも『DAZN』で生配信される戦いは、世界中のボクシングマニアの興味を刺激するはずだ。

 もっとも、ラスベガスの予想オッズを参照すると、約77%-23%の割合で井上が「優位」と大差がついている。一般的に中谷は、33歳になった井上のキャリアでも最大の難敵とみなされており、いわゆる7/3は開きすぎだと憤慨するファンもいるのだろう。

 とはいえ、実際に関係者に展開と結果の予想を尋ねると、やはりほとんどが“モンスター優位”と考えているのは事実だ。他ならぬ筆者も基本的には同意見である。「サイズ、長さ、若さで上回る中谷が勝っても驚かない」と前置きした上で、総合力では井上に一日の長があると見ていることを否定しない。

 引き出しの多さ、スピード、フットワーク、大舞台の経験で上回る井上が、前半を比較的慎重に戦い、後半にヤマを作りにかかる流れが有力か。サイズに恵まれた中谷はイン&アウト両方で戦える多才さが売りだが、階級を上げるにつれ、洗練されていたボクシング・スタイルが全体に大きくなっているのが気になるところ。よりコンパクトなパンチが打てる百戦錬磨の“モンスター”が、どの距離の攻防でも少しずつ上をいくのではないか。

 過去2戦は判定勝利を収めた井上だが、3連続の判定勝負を嫌って、少々強引に攻めすぎない限り、時に被弾しながらも、116-112くらいのスコアで明白な判定勝利を飾るというのが個人的な予想である。

 とは言っても、前述通り、中谷にチャンスがないとは思わない。

では、28歳の“ビッグバン”が番狂わせを起こすためにはいったい何が必要なのか。何よりも大事なのは、利き腕ではない方の手で放たれるパンチを有効化することだと考えている。

中谷潤人が“番狂わせ”を起こすには何が必要か? “モンスター”井上尚弥との決戦で求められる「2つのハードル」【現地発】

前戦のヘルナンデス戦で、序盤に仕留め切れず、苦戦を強いられた中谷(C)Getty Images

多くの修羅場を潜り抜けた井上に“適応”を許さないことは可能なのか

 身長、リーチに恵まれる中谷だが、サウスポースタンスからの右ジャブが得意という印象はない。外から突き刺すパンチというより、強烈な左を打ち込む前の距離測定用のようなイメージだ。

 だからこそ、“モンスター”を撃破するためには、右のジャブの質を上げる必要がある。元世界スーパーライト級王者であり、現在は米スポーツ専門局『ESPN』などで解説者を務めるクリス・アルジェリも、米ポッドキャスト番組『Inside Boxing Live』で、そう指摘していた。

「ナカタニはサウスポーの構えをしっかり生かし、リードハンドを多彩に使い分けないといけない。ジャブとフットワークが勝利への鍵であり、道筋になる。目くらましのようなジャブ、硬いジャブ、突き刺すようなジャブ、パワージャブと、いろんな種類を織り交ぜる必要がある。前手で相手の意識をそらし、視界にちらつかせて瞬きを誘い、その隙に大きな左を打ち込む。イノウエにとって見えない一撃、特に左を当てることが重要で、それはジャブから生まれるはずだ」

 ルイス・ネリ(メキシコ)、ラモン・カルデナス(米国)の左でダウンを喫したことで、左の強打への対応こそが井上にとって最大の不安材料と認識された感がある。今戦でも一般的に中谷が左を当てられるかどうか焦点と見られているが、そう考えているのは井上も同じであろう。間違いなく対策は講じてくる。

そうやって警戒された中でも“サンデーパンチ”を当てるために、右の精度に注意を高めるべきに違いない。

 そして、もう1つのポイントは、中谷がパンチを当てた時の効果である。井上にクリーンヒットする機会があったとして、スーパーバンタム級で戦ってきた相手に深いダメージを与えられるかどうか。多くの修羅場を潜り抜けながら、試合中のアジャストメント能力を証明してきた井上に、適応を許さないことは可能なのか。

 昨年5月にラスベガスで実現したカルデナス戦での井上は2回に不覚のダウンを喫したが、そこから巻き返して8回KO勝ちを飾った。その試合後、中谷を指導する名物トレーナーのルディ・ヘルナンデス氏がこう述べていたのが思い出される。

「ジュントには、『イノウエからダウンを奪うことがあったら、そのまま起きてこないようにしなければいけない』と伝えたよ。立ち上がってきたら、怒りを持って攻めてきて、さらに危険な相手になるだろうから。イノウエも人間であり、パンチを浴び、ダウンをすることもある。ただ、ダウン後の強さを見て、余計にナーバスになったくらいだ(笑)」

中谷潤人が“番狂わせ”を起こすには何が必要か? “モンスター”井上尚弥との決戦で求められる「2つのハードル」【現地発】

スーパーバンタム級での2戦目で「世界最強」と言われる井上とのメガマッチを迎える中谷(C)Lemino/SECOND CAREER/NAOKI FUKUDA

序盤数ラウンドの両者の動きから趨勢は見えてくる

“ルディさん”という呼称で日本でも知られた存在になったヘルナンデス氏は冗談めかしていたが、パンチの効果は本当に分岐点になりかねない。右ジャブを巧みに使い、左をヒットするのが第1関門。そこで井上をKOできないまでも、戦力を少なからず損なわせるというハードルをクリアできれば、中谷の勝利はついに見えてくる。

 昨年12月にサウジアラビアで行われた前戦。スーパーバンタム級で初めてのリングに立った中谷はセバスチャン・ヘルナンデス(メキシコ)に判定勝ちを飾った。序盤はほぼ一方的に打ちまくったものの、ストップに持ち込めず、後半は打たれ強いメキシカンの猛反撃を許したのはご存じの通り。ただ、ヘルナンデスが単に異常なほどのタフガイだったかもしれず、この1戦だけで中谷の“スーパーバンタム級でのパワー”を推し量るのは難しい。おそらくは井上戦のどこかで、その答えが見えてくるのかもしれない。

 ジャブの使い方にしろ、新階級でのパワーにしろ、まだ証明されていないものを「現役最強」の選手との戦いで示さなければいけないのだから大変な作業である。よって、井上優位の声が多いのは理解できる。

 とはいえ、中谷は、これまで誰もなしえなかった“モンスター撃破”を可能にするツールを持った数少ないボクサーではある。繰り返しになるが、“ビッグバン”のジャブの使い方は特に重要な意味を持つ。そのクオリティ、向上の度合いは試合開始のゴングから早い段階でわかるだけに、おそらくは序盤数ラウンドの両者の動きからその後の趨勢が見えてくるのではないだろうか。

[取材・文:杉浦大介]

編集部おすすめ