相手を挑発するようなこともせず、ただただ見合った井上と中谷(C)Lemino/SECOND CAREER/NAOKI FUKUDA

 5月1日に行われた公式計量で世界スーパーバンタム級4団体統一王者である井上尚弥(大橋)が見せた表情は、ともすれば、意外だった。

 約1000人を超える熱心なファンが集った後楽園ホール。

日本ボクシングの歴史を紡いできた舞台の中心に立った“モンスター”は、リミットちょうどとなる55.3キロで計量をクリア。そして、フェイスオフでWBA&WBC&WBOスーパーバンタム級1位の中谷潤人(M・T)と向かい合うと、ボルテージが上がるファンの声援に呼応するかのようにニヤリと笑った。そして、自ら先んじて手を差し出してガッチリと握手を交わした。そのリラックスした顔は、緊張感から険しい表情を浮かべる陣営を含めた関係者のそれとは一線を画すものがあった。

【動画】繰り出されるボディショット!井上尚弥の“音”に着目

 無論、自身が「絶対に負けられない」と位置付ける中谷に対して気が緩んでいるわけではない。今年3月に開かれた会見後の囲み取材でも「触れさせずに打っていく、そんな戦い方も、接近戦も、距離を取る戦い方も、全てを想定して準備します」と意気込んでいた姿を思えば、より彼の気が引き締まっているのは想像に難くない。

 では、井上の心を高ぶらせたものはなんだったのか。もちろん、異様な熱気となった会場の雰囲気もあるだろうし、運命のライバルと評される中谷と対峙したことで生じた武者震いにも似た興奮も影響していただろう。

 しかし、おそらくそれ以上に怪物の笑みに繋がる要因となったのは、ここまで“ドラマ”を紡いできた充実感にあるのではないだろうか。

 思えば、かねてから期待されてきた中谷戦の機運を一気に高めたのは、他でもない井上だった。ちょうど1年前の昨春に日本国内の年間表彰式で「1年後の東京ドームで盛り上げよう」と呼びかけて以来、ファイターとしてだけでなく、興行のメイクするプロモーターのような視点でもアプローチを続けていた。

 だからこそ、「世代交代」や「負けるのではないか」と好き放題に予想する世間の声にも敏感に反応。

時に「舐められてんじゃないかという気持ちにもなります。まぁやってきたことは違う」と強く切り出し、自分で「運命的」と位置付けた試合の価値を高めてきた。

 自分が“演出”もしたドラマがようやく完結の時を迎える。しかも、「減量を苦に感じないほどの自分自身の試合に対する楽しみ、そういう気持ちが強かった。減量すら楽しめた」と言うのだから、中谷を前に笑みがこぼれるのも無理はない。それだけモンスターは、「過去イチ」の状況を作り上げたわけである。

 計量会見後、手狭な階段の踊り場で急きょ実施された囲み取材。自身を覆うように取り囲む大勢の記者陣に、「THE DAY やがて伝説と呼ばれる日」という興行名について問われ、井上はこう語った。

「その伝説は、井上尚弥だったと言わせるような日にしたいですね」

 いかなる結果になろうとも「伝説」は生まれる。充実の時を過ごす井上が、どう最強の挑戦者と拳を交わすかに興味を抱かずにはいられない。

[取材/文:羽澄凜太郎]

編集部おすすめ