『のうぜい!同人作家のための確定申告ナビ』を刊行してデビューしたまことじさんと、同じ版元から6月に、アニメ業界で制作進行として働いた経験を元にしたエッセイマンガ『anime95.2』上梓した春原ロビンソンさんに対談してもらいました。 

春原ロビンソン(以下、春原) 印税いくら入ったんですか?
まことじ(以下、まこ) 最初の話題がそこかよ!
――まあまあ(笑)。
お2人の担当である編集Kさんにも立ち会っていただきます。
編集K(以下K) よろしくお願いします。

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――お2人には、投稿サイト・ニコニコ動画(以下ニコ動)で同時期に作品の投稿を始めたという共通点もあるんですよね。
春原 というか僕は、まことじ君の動画を観て「絵はこの程度でいいんだ」と思ったのが投稿のきっかけです。たしかにおもしろいんだけど、俺のほうがおもしろいやって。
まこ ひどいな(笑)。最初のころは普通に「作品おもしろいです」とか言っていたくせに。
――ニコ動の作者同士、けっこう交流があるものなんですね。
春原 友だちがいなかったんですよね、お互いに上京組だったもので。ほら、会社の人とはあまり仲良くしたくないじゃないですか。だからネットで友達を探そうと。
まこ 私も友達いなかったんで。

春原 そうそう。会社の人とは、金を稼ぐためのうわべだけのつきあいだからね。
まこ 心の壁を作ってましたね。
――春原さんは元アニメ制作会社社員、そしてまことじさんは国家公務員、税務署員です。そのお2人が親しくなられた経緯をもう少しお聞きしたいんですが。
春原 最初に会ったのは、2008年冬のコミケです。松下ゆうさんの合同誌(複数作家が寄稿する同人誌)に2人とも描かせてもらったんです。
――実際にはコミケの前から交流がありましたよね。ニコ動に合作を上げたりして。
まこ うちのサイトに春原さんがコメントをくれて、動画の合作をしたのが最初ですね。(2人の合作動画「春休みへんたい東方物語18」)春原さんが最初に見た私の作品は、たしか「へんたい東方」だったと聞いています。その2週目で、たぶんチルノがサムネのやつです。
へんたい東方

※説明しよう! ニコ動で絶大な人気を誇っているジャンルの1つに、同人ゲーム〈東方Project〉(以下東方)がある。東方とは、同人クリエイター・ZUN氏(通称、神主)がほぼ1人で作り続けているシューティングを主体としたゲームで、自機やボスキャラがみな可愛い女の子である点に特色がある。ニコ動では、そのキャラの豊富さに目をつけた同人作家たちがさかんに二次創作を発表し続けているのである。そのうちの一つに、〈東方手書き劇場〉というジャンルがある。「へんたい東方」はそこに属する作品なのだ!ちなみに「へんたい東方」には〈1週目〉から〈3週目〉まで3つのシーズンが存在する。

――お2人とは昔から漫画志望だったんですか?
春原 高校のときは漫画家志望だったんだけど、集英社の人に「そろそろ真剣に将来のことを考えないと駄目だよ」と言われて、無理だなと見切りをつけたんです。
――あ、持ちこみをしていた。
春原 それで3D映像の専門学校に入ったんですけど、自分が3D酔いすることが判った。学校に入ってから(笑)。それで課題は友達にやらせていたんですけど、それだと技術は自分の中に蓄積されないんですよ。
――当然ですね(笑)。
春原 で、友達に映像を作らせてその進行を管理するのはすでにやっていたんで、これは制作進行が向いているのかな、と。

――まことじさんは、そういう漫画家志望とかは……。
まこ なかったです。私、資格を10個ぐらい持っているんです。とにかく就職をしたくて、商業高校を選んだんです。その学校の方針で「資格をとっていれば就職できるよ」と言われたんで、いっぱいとりました。就職の時期になって「公務員がいちばん安定している」と聞いて試験を受けたら合格したんで、税務署に入ったんです。忙しくて絵はまったく書いていなかったですね。
――そのまま一生公務員で働く予定だったわけでしょう? どこを間違えると漫画家になってしまうんですか。やはりニコ動ですか?
まこ ニコ動を観始めたきっかけは全然覚えていないんです。2008年のゴールデンウィークに実家に帰ったときに、暇つぶしのつもりで投稿したんですよ。それが最初です。
――それが〈へんたい〉シリーズの一作目、『らき☆すた』を使った「へんたいかがみさん」ですね。
そして「へんたい東方」の第一作を発表したのが、その年の7月でした。なぜ『らき☆すた』から東方へ行こうと思ったんですか?
まこ 単純に、そのとき関心があったものを選んだんです。東方を始めたのは、その年の4月ぐらいです。
――7月くらいまでにどのくらい作品をやられていたんですか?
まこ 「東方紅魔郷」から「東方永夜抄」までぐらいかな?
――あー、だから永夜組までのキャラしか登場しないんですね。

※再び説明しよう。東方には、ZUN氏が大学時代に制作したPC98版(通称旧作)が存在するが、現在流通していて遊べるものはWin版の作品(通称新作)のみだ。2002年に発表された「東方紅魔郷」が新作の第1弾である。主人公が博麗神社の巫女・博麗霊夢と普通の魔法使い・霧雨魔理沙である点は共通しているが、「へんたい東方」には原作にはない二次設定が多数ある。どこがどう違うのかは各自調査だ!

――春原さんがまことじさんの存在に気づいたきっかけは?
春原 何度も動画のランキングに上がったんで見てみようと思ったんです。それで、さっきも言いましたけど「こんな絵でいいんだ」と思った(笑)。
――でも春原さんの投稿作品もかなりシンプルでしたよね。サムネなんて、文字しかない。

春原ロビンソンの第一作「よく分かる世界の物語」
春原 文字で書いてあればわかりやすいじゃないですか。誰が作者なのか、わかりやすくしたかったんで。
――そうやって関心を惹いたら内容で勝負だと……。
春原 いや、内容で勝負するような内容じゃなかったですけど(笑)。どういうふうにしたら見てもらえるか最初に考えたんですよ。当時のニコ動は、新着ランキングがわかりやすい位置にあったんです。朝会社に行く前にそれをチェックしている人はかなりいるかなと思って、毎朝同じ時間に、同じようなサムネで動画を上げてみたんですよ。1週間毎日上げて全部ランキングに載ったんで「やったー」と思いましたね。何人かは見てくれるようになるかと思ってやってみたんだけど、予想以上だった。みんなおかしいんじゃないかと思いました。こんな動画を観て。
まこ うわあ(笑)。

――お聞きしていると、かなり戦略的ですね。
春原 ニコ動で300人ぐらい動画を見てくれる人を作って、そのあとはブログとかに移行しようと思っていたんです。
――誘導のための下地作りだったわけですね。
まこ 僕はただ、趣味として自分が上げたいものをただ上げていた感じですね。
――そして2008年に合同誌を出した後、春原さんは会社を辞められています。その時期は……。
春原 2009年の3月です。とりあえずアルバイトをしようかと思ったんですけど、景気が悪くて仕事がないんですよ。それでお金がなくなって、あーあ、みたいな感じでしたね。1週間に100円しか使えないという生活をしていました。
――飼育小屋のウサギだって、もっと生活費はかかってますよ! でも同人活動がきっかけで出版社との縁ができるわけですよね。その辺の道筋はどうやってできたんですか?
春原 最初はゲームのノベライズを書いたんです。2008年の『勇者30超速短編集』が最初です。
――それまで小説を書いたことは?
春原 まったく無かったです。アニメの脚本を書いていた、みたいなことをいって仕事をもらったんですけど、実はたいして書いたことはなかったんです(笑)。
――初小説の感想はいかがでした。
春原 読んでおもしろいのかどうか、全然判りませんでした。だってゲラを見たら、ギャグだと思って僕がぼけた後にKさんが説明を書き足していたんですよ。ショックでした。俺のぼけは説明が必要なのかー、と思って。
K アニメの仕事をされていたことは知っていましたし、動画を観て「絶対おもしろいだろう」と確信が持てたんで、「経験がなくても私がフォローしますから」と言ってお願いしたんです。とりあえず、うまいこと言って後はなんとかしようと。
春原 そこは騙しあいですね(笑)。ノベライズを2、3本やって、今度は小説じゃなくてマンガをやりたいな、と。本を出したあとに印税がどかっとくる生活がしてみたかったんですよ。
――まことじさんの『のうぜい!』は、冒頭にKさんにくどかれてマンガを描くことになった経緯が書かれています(現在ニコ動にてその部分が絶賛公開中)。マンガを描かないかと誘われたまことじさんが、税務署員だから商業出版に手を出せば仕事を辞めざるを得なくて、考えた末に決断をするという。ニコ動にアップ中のPR漫画
まこ ほぼ実話です。
K 2010年1月にお会いしたとき、「マンガでわかる○○」みたいな企画をやってみたいということはお話ししていたんです。具体的に企画をふったのは6月です。もちろん、このご時勢に辞めてくれとは言えないですし、その時点ではまことじさんも絶対に嫌だとおっしゃっていました。
――そのあと、描きたい意欲が膨らんできたまことじさんは自分で悩んだ結果、勤めを辞める決断をする。6月に話を受けて、どのぐらいで決められたんですか。
まこ わりと早かったですね。7月には辞めようと決めていました。長時間くよくよ悩むのが好きじゃないんです。公務員と漫画家、今後の人生を考えたらどっちが楽しいだろうと。
春原 (ぼそっと)公務員じゃねえ?
まこ それはわからないですけど(笑)。実際に辞めたのは7月末です。
――よくすぱっと辞められましたね。不安じゃなかったですか?
まこ しばらくは生きていけるぐらいの貯金はありましたから。
――うーん。それでも普通は辞められないものなんですけどね。

つづく。後半ではお2人にデビュー作について語ってもらいます。(杉江松恋)
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