
真司からの「別れよう」の真意
真司は尚のことを小説にしていいか尋ねた。
真司 読んだ人が尚ちゃんと俺のことだってわかってもいい?
尚 それはどうかな……。
真司 じゃあ、全然違うタイプの女性にしようかな。例えば、その人はメチャメチャ料理が上手で、毛深くて、濡れた雑巾を放置したような体臭がして。
尚 イヤだー(笑)!
尚は小説化を了承し、真司は書いた。書きかけの小説の出だしを読む尚。
「彼女はあの頃からいつも急いでいた。まるで何かに追われるように。いつもいつも走っていた」
1話で真司が読み上げたナレーションそのままの文章である。この一文を読み、尚は固まった。
「走りたくない。もう、ここで止まってたい」(尚)
書きたいことが浮かばなかったのに、尚に出会って創作欲が湧き上がった真司。その文章は尚を不安にさせるものだった。
元患者の畑野(高橋ひとみ)に病気を知られてしまった尚。
「北澤尚医師は、アルツハイマー病でありながら、診察を行っていた」
「医師免許を剥奪すべき!」
遂には、厚生労働省の医師免許審議室から呼び出しがかかり、尚と院長で母の薫(草刈民代)は出向くことに。そこには、尚の主治医で元婚約者の井原侑市(松岡昌宏)も来ていた。侑市は、現在の尚は診察を続けても支障のない症状ということ、さらに、MCI(アルツハイマーの前段階)と診断されてから尚は診療をやめたことを説明した。侑市の尽力によって、医師免許審議室は「この案件は審議対象ではない」の判断を下した。
一方の真司が行ったのは、口コミサイトにクリニックの良い評判を書き込むという健気なフォローだ。
「KITAレディースクリニックでいただいたお薬を飲んだら、濡れたまま放置した雑巾みたいな体臭がなくなりました。素晴らしいクリニックだと思います」
尚は自身の診断書を添えた手紙を患者宛に送付することにした。その作業を手伝う真司。診断書には、侑市のこんな一言が添えられていた。
「北澤尚さんについて主治医である私にお聞きになりたいことがあれば下記のアドレスにメールをください。必ずお返事いたします」
真司が訪ねた際、侑市は守秘義務を理由に頑なに口を閉じていたはずだ。
「何回読んでるの? 今回、井原先生には本当にお世話になったのよ。……あっ、真司もありがとね、濡れ雑巾の書き込み」(尚)
医師という立場から、尚が直面する問題の根本的な部分を解決した侑市。真司ができたのは、口コミサイトに好意的な評判を書き込むことだけ。尚に収入面で追いつかず、無理をした真司は体調を崩したばかり。作業をしているうちに、自分ができることの限界を真司は思い知る。
「やっぱりあの先生は、尚ちゃんにとっていなきゃならない人なんだな。尚ちゃんは心の中で、俺より井原先生を頼りにしてるよ」
「この前、俺のこと“侑市さん”って呼んだよ」
「そもそも、俺とのことだって病気のせいで恋に落ちたと思い込んでるだけじゃないの?」
「尚ちゃんの中で、病気と恋がごっちゃになってるんだよ」
真司の言葉を額面通りには受け取れない。尚のために、自分には及ばない領域で力になれる侑市。自分と一緒だと、尚はやかんのお湯を沸かし過ぎたり、お風呂のお湯を出しっぱなしにしたり、不安なことだらけだ。尚は俺で良いのだろうか? 診断書を見れば、侑市がまだ尚に想いがあることはわかる。自分より侑市と一緒にいたほうが尚のためじゃないのか。
「尚ちゃん、別れよう」
かつて、自分が病におかされていることを知って尚は別れを切り出した。今度は真司が尚を思い、別れを切り出している。
大恋愛なのに、二人の思いはすれ違う。でも、「濡れたまま放置した雑巾みたいな体臭がなくなりました」の書き込みを見た時の尚の表情は、侑市の前で見せない顔だった。好きと嫌いは自分では選べない。
侑市の大恋愛
尚との結婚を取りやめてからお見合いを繰り返す侑市。今回の相手・梓澤レイ(桜井ユキ)は、尚を思い出させる行動を取る女性だ。いきなり健康診断のデータを持ってきたり、無駄な時間を嫌い結婚を前提の交際を申し込んだり。
なのに、侑市は尚への思いが増すばかり。結婚までに体の相性を確かめるタイプのはずが、レイとはキスだけで遠慮した。携帯で、尚のことは「尚」と、レイはフルネームで「梓澤レイ」と登録している侑市。心の距離感が表れている。
真司と出会い、「理性を超えた本能が私に命じるんです」と侑市に告げたかつての尚。好きと嫌いは自分じゃ選べない。それは侑市だって同じだ。合理的なはずの侑市は、尚と真司が暮らすアパートの前で一時間立ちすくんでいた。侑市にとっては、尚が大恋愛だった。
「先生には感謝しています。本当に本当に感謝しています。でも、私が愛しているのは間宮真司なんです」
ハイスペックで、こんなに尽くしてくれる侑市の告白を迷いなく断る尚。尚にとっても大恋愛なのだ。即座に、真司のアパートへ引き返す尚。侑市に告白され、真司への大恋愛を再認識した。
尚には病気を受け入れてくれる男が2人いる。多くのものを持っているのに全てが失われていく尚。そして、唯一であるはずの尚を自ら失おうとしている真司。どちらにとっても大恋愛なのに、人間らし過ぎて切ない。
(寺西ジャジューカ)
金曜ドラマ『大恋愛〜僕を忘れる君と』
脚本:大石静
音楽:河野伸
主題歌:back number「オールドファッション」
プロデューサー:宮崎真佐子、佐藤敦司
演出:金子文紀、岡本伸吾、棚澤孝義
製作:ドリマックス・テレビジョン、TBS
※各話、放送後にParaviにて配信中