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1945年8月16日、完成とともに消滅した「日本分割占領計画」の衝撃を忘れてはいけない

いまから74年前のきょう、昭和天皇がラジオ放送を通じて日本国民に終戦を伝えた翌日の1945年8月16日、アメリカでは、日米開戦当初より日本占領計画を検討してきたJWPC(統合戦争計画委員会)が「日本および日本領土の最終的占領」と題する計画案を完成させた。
NHK特集「日本の戦後」のほぼすべての回に登場する元首相・吉田茂(国立国会図書館)

日本分割計画はなぜ実行されなかったのか?


この計画案では、第二次世界大戦で日本と交戦したアメリカのほかイギリス、ソ連、中国の連合国が、日本を分割して管理するという案が示されていた。具体的にはソ連が北海道・東北地方、アメリカが関東・信越・東海・北陸・近畿地方、中国が四国地方、イギリスが中国・九州地方をそれぞれ管理下に置き、さらに東京は上記の4ヵ国が、大阪地区はアメリカ・中国が共同統治するものとされた。

同じく8月16日には、ソ連首相のスターリンが、アメリカ大統領トルーマンに書簡を送り、日本の北海道の北半分の分割占領を要求する。だが、トルーマンはこれに対し、「北海道、本州、四国、九州から成る日本列島の日本軍隊の降伏は、すべてマッカーサー将軍に対して行なうよう私の意図ですでに手配が進められている」と返答し、スターリンの要求をはねのけた。要求書簡を受け取ってから48時間後のことであった。この瞬間、JWPCの計画も意味を失い、トルーマンの手に渡るまでもなく、事実上、廃案となって消滅する(玉井勇夫ほか『NHK「日本の戦後」取材記 上 日本分割』学習研究社)。
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