めちゃくちゃ怖くて容赦ないテロリストが、もしも自分の職場に突っ込んできたら……? 『ホテル・ムンバイ』は、そんな中学生の妄想みたいな状況に実際に放り込まれた、誇り高いホテルマンたちと普通の人たちの映画である。情け容赦がない映画なのですごく怖くて疲れるが、これがほぼ実話だというんだから凄まじい。

歴史上最も重い「お客様は神様です」 テロリストに襲われたホテルの戦い「ホテル・ムンバイ」

超高級ホテルがテロの標的に! 客と従業員の運命は……


『ホテル・ムンバイ』の題材となったのは、2008年11月26日から29日にかけて発生した、ムンバイ同時多発テロである。インド随一の都市であるムンバイで、駅やレストラン、病院などを標的として発生したテロ事件だ。その標的の一つとなったのが、インドを代表する高級ホテル「タージマハル・ホテル」である。

映画は冒頭、大きな荷物を抱えた若者たちが、ゴムボートでムンバイに上陸するところから始まる。彼らはタクシーに分乗し、駅や市街地の中心など、人の集まる場所に散っていく。

一方、タージマハル・ホテルで働くウエイターのアルジュンは、職場へと急いでいた。道中で仕事道具の革靴を落っことしたことを怒られたりしつつ、ホテルはその日も客を迎える用意を進める。インド人の妻ザーラと幼い息子、ベビーシッターのサリーを連れたアメリカ人デヴィッドや、ロシア人の富豪ワシリーなど、ホテルには宿泊客たちが集まり始める。

しかしその一方、ムンバイ市内ではボートで上陸したテロリストたちが無差別に市民を攻撃。テロから逃げてきた人々が、逃げ場所を求めてホテルに殺到する。タージマハル・ホテルの従業員たちはひとまずホテルを避難場所として提供するが、しかしそこに自動火器と拳銃、爆弾で武装したテロリストが乱入。ホテル内で客や従業員を虐殺し始める。宿泊客と自分たちの身を守るため、アルジュンら従業員は決死の行動を取るが……。


とにかく、半端なく怖い映画である。「宿泊客1000人、従業員500人の巨大高級ホテルにテロリストが!」「近所に対テロ部隊が常駐しておらず、助けが来るのに丸1日かかる!」という状況はまるでアクション映画のようだが、この映画は実話を元にしている。なので、都合よく武器を手に入れたセガールがテロリストをバンバンやっつけたりはしない。現場にいるのは全員普通の人たちである。「マクレーンがいない『ダイ・ハード』」とでもいうような、御都合主義抜きのシビアな状況だ。

おまけに、テロリストたちの目的は金や政治的要求ではない。彼らの目的は殺しまくってから自分たちも死ぬことであり、捕虜や人質を取ろうという意識がない。しかも、インド最高級のホテルに泊まっている金持ちの外国人は、彼らからすれば最高のターゲットだ。なんせ、テロリストから見ればホテルの宿泊客と従業員は「自分たちを搾取して苦しい生活を押し付けている、心底憎い異教徒たちとその犬」なのである。殺すことにたいして、最初から全く躊躇がない。

というわけで、テロリストたちは巨大なホテル内をAKを抱えてうろつき回り、隠れている客や従業員を見つけたら問答無用で撃ち殺す。しかもこの映画、音響が絶妙に怖い。
AKの発砲音は室内で撃った時の「くぐもっているけどものすごく響く」という雰囲気を再現しており、ちょっと聞いただけでもビクッとなる恐ろしさだ。まさに地獄のかくれんぼ、絶対にこんなところにはいたくねえな……と、しみじみ思わされる怖さである。

ホテルマンたちの三波春夫的スピリットに泣け!


というように、「とにかく状況がのっぴきならず、テロリストがめちゃくちゃ怖い」というのを全力で表現する『ホテル・ムンバイ』だが、テロリストが怖いというだけの映画ではない。圧倒的に不利な状況の中、己を奮い立たせてなんとか状況を打開しようとする「普通の人」たちの戦いを描いた作品である。

幼い子供の父親であるデヴィッドは、離れ離れになってしまった子供を助けるために捨て身の行動に出るし、現場に駆けつけた警察官たちはなけなしの装備だけで不利と知りながらホテル内の状況を探りに突入する。その中でもグッとくるのが、全力で客を助けようと奮闘するホテルの従業員たちの姿である。

ウエイターのアルジュンは自らも危険なのに、精神的に限界になりつつある宿泊客たちを必死になってなだめようとするし、ほかの従業員たちも客を助けるために自ら進んでホテルに残ることを選択する。その中でも、従業員たちのリーダー格である料理長のオベロイは凄まじい。ホテルの構造を知り尽くしたオベロイはテロリストの裏をかき、数多くの宿泊客を全力で守ろうとする。

彼ら従業員を支えているのは、インド最高のホテルでサービスを提供しているという自負であり、自分たちの仕事に対する誇りだ。そんな彼らが劇中何度か口にするのが、「Guest is god」というセリフである。「お客様は神様です」と、自分たちも限界なホテルマンたちが口々に言うのである。
三波春夫先生と同じスピリットが、まさかテロリストに襲われたインドの高級ホテルで発揮されるとは……! 

近年ではモンスターカスタマーの常套句、日本のサービス業の悪しき伝統としてネットでも揶揄されがちな「お客様は神様」のセリフ。だが『ホテル・ムンバイ』では、テロリストに銃を突きつけられている状況で最後の勇気と誇りの拠り所として、ホテルマンたちが自らを奮い立たせるために口にする。こんなに気高い「お客様は神様です」は、なかなか聞けるものではない。アンタたち、すげーよ……!

ここまで壮絶な状況でも客を神様扱いしてくれるホテルとは、一体どんなところなのか。見終わった後には「一回タージマハル・ホテルに泊まってみたいな……」と思ってしまうこと請け合いである。自分の職場にテロリストが突っ込んでくることはなかなかないだろうし、そもそも絶対にテロリストは職場に来て欲しくないけれど、しかし仕事に関してはタージマハル・ホテルの人々の1/100ほどでもやる気と誇りを持って臨みたい……。めちゃくちゃ怖い映画だけど、そんな前向きな気分にもなれる一本である。
(しげる)

【作品データ】
「ホテル・ムンバイ」公式サイト
監督 バート・レイトン
出演 デヴ・パテル アーミー・ハマー ナザニン・ボニアディ ティルダ・コブハム・ハーヴェイ アヌパム・カー ジェイソン・アイザックス ほか
9月27日より全国ロードショー

STORY
2008年にインドのムンバイで発生した同時多発テロ。事件に巻き込まれ、テロリストの襲撃を受けた高級ホテルでの、生き残りをかけた従業員と客の奮闘を描く
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