
名作ゲームを連続ドラマ化『返校』
ドラマ版『返校』の原作は、2017年に発売された台湾の赤燭遊戯(Red Candle Games)製作のゲームである。2Dの横スクロールというインディーゲームらしい作りながら、その内容の奥深さ、政治的要素の取り扱いのうまさ、深い余韻が心に残る名作だ。これを下敷きに連続ドラマ化したものが台湾公共テレビで放送され、ほぼ同時にNetflixでも配信されている。【関連記事】80年末からオウム・酒鬼薔薇の世紀末まで 日本のダークな犯罪史を俯瞰する不動産ホラー『呪怨』最新作
インディーゲーム発で描かれる、白色テロ時代の台湾で起こったある悲劇とは
ゲームの舞台は1960年代の台湾のとある学校。不穏な白黒のグラフィックで描かれた学校で、男子学生のウェイ・チョンティンが目を覚ますところから始まる。台風が近づいているらしく、全校生徒は帰宅し黒板には「台風警報」と書かれているだけ。なんとか帰宅しようと学校の中を歩き始めたウェイは、講堂の壇上で椅子に座って眠る女子生徒のファン・レイシン(通称レイ)と出会う。台風が通り過ぎるまで学校で過ごすことにした二人だが、校長室に電話をかけに行こうとしたウェイはなぜかそのまま命を落とす。一人取り残されたレイは、謎の悪霊が蠢く学校の中を探索することになる。
という筋立ての、学校を舞台にしたホラーゲームである。しかし、この作品において非常に重要なのが「白色テロ時代の台湾を舞台にしている」という点だ。1945年の日本の敗戦を受け、台湾には蒋介石率いる中国国民党政府と軍が進駐。台湾の統治を進めた。

しかし国民党政府の汚職は凄まじく、もともと台湾に住んでいた本省人の不満は、1947年2月28日に大規模な抗議デモとして爆発する。これに対して国民党側は武力で対抗し、徹底的に弾圧。以降、台湾全土に戒厳令を敷き武力と恐怖による統治を進め、1987年まで解除しなかった。
この40年間の時代を、白色テロ(もともとは為政者や権力者が行う自国の反対勢力への暴力行為を指す単語)時代と呼ぶ。
実はレイにはこの白色テロ時代に学生への思想教育として行われた禁書に関する忌まわしい過去があり、それがゲームが進むにつれて明らかになる。60年代当時の台湾がどのような状況にあったのかを知っているとより恐ろしいという、かなり政治的なホラーゲームなのだ。
前置きが長くなったが、Netflixでのドラマ版『返校』もこの政治的要素をうまくフックアップしている。
ゲームの30年後に舞台を移して描かれる、ドラマ版『返校』
ゲーム版と異なり、ドラマ版の舞台は1999年の台湾。主人公は転入生の少女、リウ・ユンシアンだ。持病を抱えたユンシアンは田舎町へ母親と共に引っ越し、まるで軍隊のような厳しい校則で知られる翠華中学へと入学することに。教師は生徒に対して厳しく接し、学校には軍人の共感が常駐、成績や素行のよくない生徒は首から「幽霊」と書いた札をぶら下げなくてはいけないという軍隊のような環境に、ユンシアンは激しく戸惑う。
翠華中学には、立入禁止となっている涵翠楼という建物があった。長らく生徒も教師も入っていないためボロボロな涵翠楼には、60年代にある女子生徒が飛び降り自殺をはかったという噂がある。
規則を破ってその中に入ったユンシアンは、クラスで嫌われ「幽霊」の札を押し付けられていた女子生徒が建物から飛び降りるのを目にしてしまう。さらに涵翠楼に入ったことが発覚し、自分が「幽霊」の札を持たされてしまうユンシアン。
転校からわずか数日で追い詰められたユンシアンは、涵翠楼で行われた降霊術の影響で女子生徒の幽霊「ファン・レイシン」と出会い、会話ができるようになる。

この出会いから始まる2人の女子生徒の物語が、ドラマ版『返校』の主題となる。ゲーム版『返校』はレイの秘密に迫る内容だったが、時代が大きく下ったドラマ版ではレイは幽霊として姿を現す。
その一方で、ゲーム版に盛り込まれていた思春期の少女が暮らす家庭の不和や、各部に散りばめられた道教信仰の要素、過酷な規則で生活や思想をしばりつけようとする学校、主人公が惹かれる男性教師、白い鹿のペンダントなどの要素はしっかり拾われている。全体的に非常に丁寧な作りだ。
ユンシアンの周囲は息苦しい。母親は過干渉なわりに自分のことしか考えておらず、優しかった父親は母親と不仲になり不在。2話で登場した新任教師のシェン・ホワの優しさに惹かれたユンシアンは、彼に詩を書くよう勧められる。
詩作が趣味だったレイの作品をそのまま提出することで高い評価を得たユンシアンは、シェン先生と親しく接するようになる。しかしシェン先生はシェン先生である問題を抱えていたため、ユンシアンは4話をかけてどこにも逃げ場のない状況に追い込まれていく。

思春期らしい悩みと身勝手な大人たちに振り回されていくユンシアンが気の毒になるが、そこにレイが食い込んでいく様が生々しい。実はレイもまたユンシアンと同じように不和を抱えた家庭で育ち、そしてどうやら同じように年上の教師に惹かれていたのだ。同じ悩みを抱えたレイに対して、ユンシアンは共感し同化し、過去にレイの影響で女子生徒が死んでいたことが判明しても、完全に縁を切ることができない。
しかし、なぜレイは自ら死を選んだのか(まあ、そのへんについてはゲーム版をやっていると大体わかるんですけども)、そしてこのドラマにおいてレイの目的は一体なんなのか。ユンシアンはこの先どうなってしまうのか……。なんせゲーム版から30年以上を経た時代の話なので、ゲームをプレイしていても展開が読めない。
ドラマ版は12月12日時点では、まだ前半4話が配信されたのみ。後半戦は今後2週間かけて2話ずつ公開されることになる。さらに台湾ですでに公開されている映画版『返校』に関しても、来年7月の日本公開が予定されている。『返校』は、台湾ではインディーゲームを超えた社会現象になっているのだ。
というわけで、これに乗るなら今である。手始めにドラマ版を見ても、ゲーム(今はPS4でもswitchでもプレイできる)をやってもOK。どこから入っても白色テロ時代の台湾の重苦しさと、とある少女の悲劇を味わえるという寸法なので、このタイミングでぜひとも味わっていただきたい。
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作品情報
Netflix Nシリーズ『返校』
2020年 / 1シーズン
監督:スー・イースアン、チョアン・シャンアン、リウ・イー
出演:リー・リンウェイ、ハン・ニン、ホアン・コアンチー、ジャック・ヤオ、シア・トンハン、デヴィッド・チャオ、ルオ・グアンシー、ウー・クンダー、セレナ・ファン、キャロル・チョン、チャン・ハン、ツァイ・ルイシュエ、リン・チーチエン
<ストーリー>
台湾発人気ホラーゲームがドラマ化。
◎配信ページ:https://www.netflix.com/title/81329144
しげる
ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。
@gerusea