『おちょやん』第9週「絶対笑かしたる」
第45回〈2月5日 (金) 放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

「俺な、辞めてほしないねん」
どうなる新生劇団。座長の一平(成田凌)は、天海一座から一緒に仕事をしてきた女形の要二郎(大川良太郎)を不要な人材とする。今度の劇団は女性役を女性に演じてもらうことで、従来の演劇とは違う、新しいことをやろうと思っているのだ。【前話レビュー】女形の要二郎を劇団から切った一平(成田凌)の真意 女性役は女性が演じるべきか
それなら、要二郎には男の役をやってほしいと率直に言えばいいと思うが、なぜか一平は喧嘩越しで、要二郎を傷つけ、怒らせ、挙げ句、事情を聞いて憤慨した女形仲間たちから暴力を振るわれる。
要二郎にも殴られて「やったらできるやないか。これやったらできるやろ、男の役かて」と手応えを感じる一平。ドMか。だがこうして、女形の役割を守って普段からたおやかにふるまっていた要二郎の中から男性性が開放された。一平はわざと要二郎を怒らせていたのである。
ここで、「暴力的な部分=男性」と思ってしまうとジェンダー的にまずいが、そうではない。女形の型芝居ではないものをやるための素地が生まれたということである。誰もが理解できるように、そこは笑いなんかを交えながら、もうすこし噛み砕いて描いてほしいが、手短に済ませている。演劇をやっている人たちのドラマとはいえ、演劇史を描くドラマではないからだ。
この時代の演劇について説明しだしたら、高城百合子(井川遥)のように女優が出る芝居もすでに存在し、人気を博しているその流れから演劇史的に語らなくてはならなくなる。そんなことしていたら、演劇史の大河ドラマの時間になってしまう。
女形と女優の問題は、一平のモデル・渋谷天外(ドラマで守衛さんを演じていた方は三代目で、こちらは二代目)の著書『わが喜劇』では“(前略)現代の新派、あるいは歌舞伎の関係者さえ、内心、ひそかに真剣に取り組んでいるはずの問題なのだ。/それを、こんな形で処理してしまったのは、やはり私の若気の至りというべきであろう(後略)”と書いてあるだけあって、簡単ではないのである。
著書によれば、モデルの天外が志賀廼家淡海一座にいたとき、女優を起用するべきと提言したところ、女形をやっているゲイの俳優たちの怒りを買い、結果、彼らは辞めてしまい、なしくずしに女優に切り替えられたという、いささか乱暴な出来事があったそうだ。
ドラマはモデルの若気の至りをもうすこし人情のあるものに書き換えている。のちに、要二郎が男の服装で颯爽と戻ってくるところには、心が踊った。

鶴亀家庭劇、誕生
要二郎に殴られ血まみれになって倒れた一平を見ながら、「殴られたかったんやないかな」と理解する千代(杉咲花)と「さっぱりわかれへん」と呆れるみつえ(東野絢香)によって、一平の複雑な心模様を理解する人と理解しない人、どっちもありにしている。一平の素直じゃない性格はわかるが、まったく「心も顔も歪んどる」「どあほ」(by 千代)である。だが、彼のこの重傷が事態を好転させることになろうとは……そこがドラマの面白さ。
千代は諦めずに千之助(星田英利)を説得しに行くと、天晴(渋谷天笑)と徳利(大塚宣幸)が来て、笑いの芸で説得を試みていた。彼らが繰り出す芸は千代よりは格段に成熟した芸(握り寿司とか)であるが、やっぱり千之助は苦い顔を崩さない。
ついに千代たちは、くすぐるという単純な手に出る。それでも笑わない千之助の鉄の心がついに解放したのは、一平だった。真摯に手をついて戻ってきてほしいと頼んだ一平の顔が、要二郎にボコボコに殴られて歪んでいた顔を見て、千之助がゲラゲラ笑い出した。
千之助は一平の向こうに亡くなった天海(茂山宗彦)を見ている。この人も素直じゃなくて意地っ張りなので、本当は一平の力になりたいけれど、なんだかそれができない。落とし所を見つけられず困っていたとき、一平の顔が歪んでいたので笑ったのだろう。さすが名喜劇役者。タイミングをわかっている。
千代のコケコッコーにも、地震のとき天海と一緒にやった鳥のはばたきに似たものを感じつつ、芸として洗練されていないから認めなかったのだと思われる。
千之助が戻ってきて、新生劇団始動。劇団名は「鶴亀家庭劇」と命名された。家族が楽しむ芝居を作ること、家庭の味を知らない一平にとって、家庭のような劇団という意味合いだ。これは、史実で昭和3年に誕生した「松竹家庭劇」をもじったもの。「松竹家庭劇」は従来の喜劇に、ややホームドラマのような味を加えたものをやる方針でできたが、「家庭」という言葉が当時まだ出始めで、浸透していなくて、千代のように「イエニワゲキ」と読まれたりしたとか(参考文献『わが喜劇』)
これで順調に旗揚げ公演ができるかと思ったら、千之助がまた物申しはじめて……まだまだ落ち着かない。

時間配分の問題
要二郎が男の扮装で戻ってきたクライマックスや、8週で、千代が京都を去っていくとき、カフェー・キネマの人たちが「よーいスタート」と撮影開始のポーズをとって見送るところなど、週末にはキメシーンが用意されている『おちょやん』。それだけ見ると、なんかいいものを見た気持ちになるのだが、ちょっと待って。月から木までを振りにしないでほしい。そこにもカタルシスが欲しいのだ。朝ドラは毎日15分×5日間、半年間放送される。制作はマラソンのようなものと聞くが、15分に一回ダッシュしながら、半年走り続けないといけないというなかなか難しいものともいえるだろう。一週間単位で、週末にクライマックスがあればいいという、週イチの連ドラや2時間スペシャルドラマのような起承転結で考えて作ったものを見ると、月から木までがだれる。
ドラマの脚本家は、週イチ連ドラか2時間ものに慣れている方々が多いので、どうしてもそのパターンになる。とりわけ『おちょやん』は、連ドラのクライマックスに大きなカタルシスが待っている――それこそ『半沢直樹』のような描き方を成功パターンとして身体に馴染ませているように感じる。終わりよければすべてよし というものの、朝ドラに限ってはそれだけでは難しい。『おちょやん』がすこしばかり世間の注目度が低いとすれば、そこにも原因が潜んでいるように感じている。
脇役が連ドラ1話完結の脇役のような使い方になっていることも気になる。朝ドラでは脇役ももっと物語に関わってくることが喜ばれるからだ。
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami