朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第4週「1943-1945」

第16回〈11月22日(月)放送 作:藤本有紀、演出:安達もじり〉

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第16回 安子が出産 るいの名前のシーンに顕著な脚本家・藤本有紀の特色
写真提供/NHK

※本文にネタバレを含みます

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安子、出産する

サブタイトルは「1943-1945」。終戦までの2年を駆け足で重要ポイントをじっくり描く。今週戦争が終わるのだと思うと少しは気が楽である。
さらに、安子(上白石萌音)稔(松村北斗)の赤ちゃんが生まれることで戦争のしんどさが幾分緩和される。

【レビュー一覧】朝ドラ『カムカムエヴリバディ』のあらすじ・感想(レビュー)を毎話更新(第1回〜16回掲載中)

浴衣(寝間着)を着たふたりは向き合って別れを惜しみ、愛情を確認し合う(松村北斗は着物が似合う)。稔は出征を前に、「雉真稔」と名前が書かれた英語の辞書を安子に再び渡す。「行ったり来たり」と笑う安子。辞書が愛情の可視化になっている。

「安子が稔の子を身ごもっていると気がついたのは稔が出征してからふた月後(のち)のことでした」(ナレーション・城田優)。

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第16回 安子が出産 るいの名前のシーンに顕著な脚本家・藤本有紀の特色
写真提供/NHK

ある満月の夜、安子は出産する。ラジオでは天気予報もなくなり、定期的な大本営発表による戦況報告(この回がニュースで日付がわかる)や『エール』ですっかりおなじみになった「露営の歌」などの戦時歌謡が流れるのみ。さらに徴兵年齢が引き下げられ、勇(村上虹郎)も出征することになった。

女性たちも自らを鼓舞するように勇ましい歌を歌いながら通りを行進したり竹槍を作ったりしている殺伐とした状況下、赤ん坊の存在は唯一の甘いお菓子のようである。誰もがやさしい笑顔になる。お腹の中にいる時から笑顔をもたらし、生まれたらもうみんなの顔は緩みっぱなし。


視聴者的にも赤ちゃんの顔を見ていたら展開が早いなんて野暮なことは思えないであろう。赤ちゃんと並んで寝ている安子の顔の満ち足りた感。赤ちゃんの小さな指にそっと触れる指先まで、優しさしかない。

「男の子? おなごの子?」「おなごの子です」

安子と稔の子は女の子だった。名前は稔が決めていった。男でも女でも通用するような名前で「るい」と。

千吉(段田安則)は「珍奇な名前じゃのう」と首をかしげるが、安子にはピンと来ていた。そこに流れるルイ・アームストロングの「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」。稔との思い出の曲である。「るい」には「どこの国とも自由に行き来できる。どこの国の音楽でも自由に聞ける。僕らの子供にはそんな世界を生きてほしい。ひなたの道を歩いてほしい」という願いが込められている。


朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第16回 安子が出産 るいの名前のシーンに顕著な脚本家・藤本有紀の特色
写真提供/NHK

勇は野球の「塁」と勘違いするが、それもまたいい解釈である。「塁は攻撃側にも守備側にもいちばん大事なもんじゃ。みんなでるいを守るんじゃ」と勇は言う。「みんなでるいを守るんじゃ」はとてもいいセリフだった。勇の解釈だったら堂々と口にできるが、真実を口にすることは憚られる。禁じられた敵の国の人の名前だから。

安子は誰にも公言せず、その秘密を守る。そして毎晩、禁じられた英語でるいに「オン・ザ・サニーサイド・オブ・ザ・ストリート」を子守唄代わりに聞かせる。Can't you hear the Pitte -pat babe――「babe」とあることで、愛しい赤ちゃんに歌って聞かせるにはぴったりな感じがする。おそらくこの呼びかけ、当初稔は安子を想定していたと思うが、今やそれがるいに引き継がれている。



辞書に英語。安子と稔のふたりだけの秘密。
この誰にも言えない秘密があることで、安子と稔の関係は強固になる。命がけで護らないといけない秘密であるうえ、ふたりだけの限定感が得も言われぬ情緒を生み出している。「決して誰にも聞かれてはいけない子守唄を安子は毎夜るいに歌って聞かせました」というナレーションもその感情をさらに盛り上げる。

藤本有紀がいかに論理的にドラマを作っているかわかる箇所である。現在、渋谷のシアターコクーンで藤本が脚本を書き、松尾スズキが演出している『パ・ラパパンパン』で登場人物が「鷹の理論」を挙げるシーンがある。これは小説を書くうえで必要なもののことで、ミステリーを書こうとしている主人公(松たか子)に担当編集者(神木隆之介)がそれを意識させるのだ。

こういうエピソードを書く作家だけに、自身の脚本も確実に理論に基づいて構成しているだろうと感じる。一流の作家は各々自身の作劇論を持っているもので、『カムカム〜』の「英語」は、名脚本家・笠原和夫の「シナリオ骨法十箇条」でいうと、「オタカラ」――“なにものにも代え難く守るべき物”である。

よく練られた脚本であることはるいの名前のシーンに現れている。名前について、千吉は「珍奇な」と感想を述べ、極めて常識的な人間であることがわかる。勇は野球のことで頭がいっぱい。「ええじゃないですか、稔がつけた名前じゃからねえ」と美都里(YOU)は理屈ではない感情を大事にしている(だから後に「鬼畜米英」とラジオを感情的に叩くことになる)。
安子だけが真実を知っていて満ち足りた顔をしている。それぞれの状況が見事に表された脚本。一枚の絵の中に隠された様々な意味を発見する楽しみが藤本脚本にはある。

朝ドラ『カムカムエヴリバディ』第16回 安子が出産 るいの名前のシーンに顕著な脚本家・藤本有紀の特色
写真提供/NHK

また、「ふた月後」を「ふたつきご」でなく「ふたつきのち」、「毎晩(ばん)」ではなく「毎夜(よ)」と濁点をできるだけ使わないで耳にざらつきのない言葉を選んでいるところも気配りを感じる。隅々まで行き渡った職人の美学は「神は細部に宿る」という言葉にふさわしい。
(木俣冬)

『カムカムエヴリバディ』をさらに楽しむために♪


【前回の朝ドラ】『おかえりモネ』の全レビューを見る

番組情報

連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ

2021年11月1日(月)~

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

制作統括:堀之内礼二郎 櫻井賢
:藤本有紀
プロデューサー:葛西勇也 橋本果奈 齋藤明日香
演出:安達もじり 橋爪紳一朗 深川貴志 松岡一史
音楽:金子隆博
主演:上白石萌音 深津絵里 川栄李奈
語り:城田優
主題歌:AI「アルデバラン」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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