大阪大学教授が語る「将来世代視点」が事業戦略にもたらす影響の画像はこちら >>


気候変動や少子高齢化、労働力不足、インフラの維持管理など、さまざまな課題に直面している現代社会。近年は政府だけでなく自治体や企業も、「SDGs」や「サステナビリティ(持続可能性)」というキーワードをもとに課題解決に動き出している。



そのなかで注目され始めているのが「フューチャー・デザイン」。将来世代に持続可能な社会を引き継ぐための仕組み・システムのデザインと実践を指すもので、実際にそのフレームワークを政策立案、事業開発に取り入れている自治体や企業が出てきているそう。

「フューチャー・デザイン」とはいかにして実践され、社会にどのような変化をもたらすのだろうか。「フューチャー・デザイン」の研究・実践を進めている大阪大学大学院工学研究科の原圭史郎教授に聞いた。

社会課題解決のキーワードは「将来世代」

「『フューチャー・デザイン』における将来世代とは、“まだ見ぬ将来世代”のことを指します。現世代のことはもちろん、これから生まれてくる世代の利益も考慮した持続可能な意思決定を行うための仕組みをデザインし、実践していくことと定義しています」(原教授・以下同)

「フューチャー・デザイン」の研究構想が始まったのは2012年頃。そもそも、なぜ将来世代の利益を考慮することが社会課題解決のカギとなるのだろうか。

「社会課題の多くは、世代をまたいで長期的に取り組んでいかなければいけないものだからです。残念ながら現代はあらゆる面で、いまを生きる人にとってはメリットが多い一方、将来世代に負担や課題を残してしまうトレードオフの関係にある諸課題を抱えており、世代間の利害対立が起こる構造があるといえます。このことに対処するためには、現世代だけでなく将来世代にとってもプラスになる意思決定を実践する必要があると考えています」

現代においても、気候変動によって異常気象が増えていたり、道路や水道などのインフラの整備が急がれたりするなど、既に負担がかかってきている。この状況を踏まえると、将来世代にさらなる負担が圧し掛かることは容易に想像できるだろう。

現状トレードオフの関係になってしまっている課題の背景には、「人間の特性」と「社会の仕組み」があると考えられているそう。

「人間は近視眼的に考えてしまう部分や、将来世代の負担や自分にとって都合の悪い将来予測を過小評価してしまう楽観バイアスなどの性質があるといわれています。

例えば、気候変動の将来予測データやシナリオを示されたとしても、『実際はそこまでの被害は出ないんじゃないか』『自分には悪影響がないのではないか』と考えてしまうのです。社会の仕組みも、将来世代の選好や利益を考慮する構造にはなっておらず、現代を生きる人々のためのものになっています。『近視眼的に考えてしまう人間の性質』と『将来世代の利益を考慮できない社会の仕組み』が相互に関連し合っているため、長期的に取り組むべき社会課題に対応できないのだと考えられます」

例えば、企業の事業開発において、2つのアイデアが出されたとする。アイデアAは、環境負荷を低減できるもののコストがかかる。アイデアBは、環境負荷の低減はあまり見込めないがコストは低い。近視眼的に考えてしまう性質で判断すると、多くのケースで現状のコストを最小化できるアイデアBが選ばれやすいという。

「アイデアBが選ばれた場合、もし“まだ見ぬ将来世代”が現代にタイムスリップしてくることができたら、『もうちょっと将来のことを考えて頑張ってくれよ』と言うはずです。この将来世代の視点を取り入れて考えていくと、アイデアAのほうがいいという判断になるかもしれません。これこそが『フューチャー・デザイン』の考え方のベースにあります」

「フューチャー・デザイン」と「バックキャスティング」の違い

「フューチャー・デザイン」の考え方で政策や事業を考え、実践していくには、将来世代の視点を取得して、現代の意思決定を考察することが重要になるとのこと。

ここでポイントとなるのが、理想となる将来像を設定してから、逆算して計画を立てる「バックキャスティング」とは異なるという点だ。

「『バックキャスティング』は、いまを生きる人の視点で未来をゴールに設定している時点で、将来世代が求めるゴールとは異なるかもしれません。なぜかというと、そのゴールは現在の延長で想像した理想の未来であり、人の性質である近視眼性や楽観バイアスが背後で働く可能性もあるからです。『こんな未来にしたいから、いまはこれをする』という現世代の視点ではなく、『2050年“現在”はこんな時代だから、過去の人にこういうことをしてほしかった』という将来世代の視点で考えることが重要だと捉えています」

また、「バックキャスティング」の思考だけで長期の目標や計画を立てると、社会変革のための動機付けが生まれにくい可能性があるという。



「ゴールを設定して、『10年後までにこの事業を実現する』『20年後までにこの社会目標を達成する』という計画を立てられたとしても、その実現にさまざまな努力や変革が伴う場合は“絵に描いた餅”になる可能性があります。設定した未来社会のゴールにたどり着くための変革の動機付けが付与される必要があります」

例えば、元日に1年の目標を立てたものの、なかなか計画通りに進まないという経験がある人は多いだろう。これは、人間の近視眼的な性質が働いてしまうからだと考えられる。

「社会課題に対する長期的な目標を立て、実践していくと、『新たな機材を導入したほうが環境負荷が低減する』『別の組織とすぐ手を組んだほうが将来的に事業が回りやすくなり、社会貢献にもつながる』といった分岐点が出てくるものです。ただし、いまを生きる現在の視点で思考すると将来のことを自分事化しづらいので、社会変革のインセンティブが付与されづらく、『コストがかかるから現状維持にしよう』という判断になりやすいと考えられます」

未来にタイムスリップして現代を振り返る仕組み

「フューチャー・デザイン」分野で特に研究や実践が進むアプローチが「仮想将来世代(将来省)」と呼ばれる仕組みを取り入れること。

「『仮想将来世代』とは、“まだ見ぬ将来世代”の視点で現在の意思決定を考察する仕組みです。2050年や2100年に生きている世代の視点に立ち、その時点からいま我々が行っている意思決定やアクションの考察・評価を行っていきます。将来世代の視点を取得する有効な手段は、2050年まで生きた未来の自分を想像するのではなく、現在の年齢のまま2050年の世界にタイムスリップした状態を想像し、2050年を『現在』として思考、考察していくという方法です」

数十年後の自分ではなく現在の自分の年齢のまま、未来にタイムスリップすることで、将来世代の視点に立ちやすくなるというわけだ。

「仮想将来世代」という仕組みを使って考察することで、いま現在起こっていることの長期的な影響やサステナビリティの重要性を考えやすくなるとのこと。

「例えば、2050年を生きる将来世代として過去を振り返ると、25年前には大阪・関西万博があり、その後にどのようなレガシーが残ったかということを回顧的に考えていくことになります。『仮想将来世代』の視点で過去の歴史展開を想像していく過程で、現代の意思決定やアクションが、その後いい方向に働いたと考えるケースもあれば、悪い方向に働いたと考えるケースもあり得ます。重要なのは単なる予測ではなく、『過去の世代がそのアクションを取ってくれたから、いま自分たちは快適に過ごせている』『そのアクションを取らなかったことで、いまは負担が増加している』という将来世代の視点や思考を得ることです。

このように考えていくことで近視眼的な思考が制御され、持続可能性をより具体的に考えるようになるということがわかってきています」

将来世代の視点に立つことで、現代におけるコストなどの制約に縛られずに、本質的に大事なことや長期的に見るとリスクになり得ることに気付けるようになるという。

「以前行った実践(社会実験)では、参加者が現世代の視点で考えるグループと『仮想将来世代』の視点で考えるグループに分かれて、同じテーマについて考えてもらいました。そうすると『仮想将来世代』のグループは未来社会の描き方が具体的で、提案する施策も長期的に見て意義のあるものが出てくる傾向がありました。その後、2つのグループから出てきた施策をプレゼンし合ってもらうと、現世代グループの参加者から『仮想将来世代のグループから出てきた施策を取り入れよう』という意見が出てきます。両グループが交渉、合意形成することで、将来のことを考えた施策が採用される可能性が高まるようです。『仮想将来世代』の方法を取り入れることによって、社会課題を持続可能性の観点から多角的に捉えられるようになるのだと考えられます」

研究を続けるなかで、近視眼的な思考とは異なる人間の特性が見えてきているそう。

「『フューチャー・デザイン』の研究からは、人間は将来世代の利益を考慮して意思決定ができるという性質も持っていることがわかってきています。先述した現代の『将来世代の利益を考慮できない社会の仕組み』のもとでは、この性質が生まれにくいのですが、『フューチャー・デザイン』では、人が本来持っている将来世代に共感できる性質を発揮できるような仕組みをデザインし、実践します。『仮想将来世代』は、その有効な仕組みのひとつであり、人が将来世代に共感を生み出し、長期的観点から意思決定や判断をすることが可能になると考えています」

世界全体が動き出している社会課題解決のためのアクション。そのカギとなり得るのが、「フューチャー・デザイン」だ。後編では、具体的な事例をもとに、自治体や企業が取り入れていく効果について伺う。

(取材・文/有竹亮介)

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