長時間デスクワークを続けるとパフォーマンスは落ちがちだ。どのタイミングで休息をとるべきか。
筑波大学の松井崇准教授は「脳の性能は疲れを実感する1時間前くらいから落ち始めているため、疲れを感じた時点で手遅れだ。それより前に指先に疲れの兆候が出ることがある」という――。
■なぜ桜木花道は最後の最後でパスミスしたか
脳疲労とは何か? というお話をするとき、私は大好きな名作バスケットボール漫画『SLAM DUNK』のあるシーンを例に挙げます。
インターハイ予選決勝リーグで強豪・海南大附属高校と対戦する主人公・桜木花道が所属する湘北バスケ部。その試合の最終盤、1ゴールを競り合う緊迫した場面でリバウンドを制した花道は、逆転の望みを託してキャプテンの赤木剛憲(ゴリ)にパスを出すのですが……。
ボールを受け取ったのは、ゴリと似た体格の海南のセンター高砂一馬。試合の残り時間は19秒。この痛恨のパスミスによって、湘北は2点差で敗れてしまうのでした。
なぜ、花道は高砂にパスを出してしまったのか。実はこの場面、脳の疲労による認知機能の低下が関係しています。つまり、脳疲労が招いたミスで湘北は負けた……と、私は解釈しています。
■体は疲れていないのに判断力が低下する
現代の私たちの多くは、バスケの試合のような激しい運動をする機会はほとんどありません。
でも、花道がしたような重要な判断ミスをしてしまうことがあります。その原因の1つとなっているのが、体は疲れていないのに、判断力が低下している脳疲労と呼ばれる状態。私たちは知らず知らずのうちに、脳を酷使し、疲れさせてしまう環境のなかで働き、生活しているのです。
たとえば、こちらの問いかけに対して瞬時に答えを返してくれる生成AIとのやりとり、1つのメッセージに対応している間にも聞こえるLINEの通知音、ランチもモニタの前で済ませる繁忙期のデスクワーク、テレビでYouTubeを見ながらスマホでXをチェックする夜のひと時……。
AIとITで効率的に仕事が進むようになり、どこでも好きなエンタメを楽しみ、多くの人と気軽にコミュニケーションを取れるようになった一方で、私たちの脳には高い負荷がかかっているのです。(※)1
■長時間デスクワークする現代人の深刻な問題
そもそも疲労には大きく分けて「生理的疲労」と「病理的疲労」があります。前者は休息によって回復する一過的なもので、後者は慢性疲労症候群のように長期間続く病的な疲労です。私たちが着目し、研究しているのは生理的疲労、そのなかでも「脳で起きる疲労」です。
詳しくは下の図にまとまっていますが、たとえば、スポーツの後や引っ越し作業など、体を動かしたことからくる疲れは「肉体疲労」に分類されます。肉体疲労は筋肉に起因する「筋疲労」ももちろんありますが、筋肉を動かす脳が疲労する場合もあり、これを「中枢疲労」と呼びます。一方、「脳疲労」は、判断力や集中力が低下する「認知疲労」と、脳内の過度な乳酸上昇と関係する「中枢疲労」が重なり合ったもの。この10年で研究が大きく進んでいる分野です。
(※)2-5
脳疲労の特徴は「ああ、疲れたな……」という「疲労感」を伴いにくく、本人が疲れていることになかなか気づかないことです。運動・スポーツや肉体労働などによる肉体疲労時には、本人は疲労感を覚えます。疲労には過活動から人間の心身を守る働きがあるのです。ところが、脳疲労ではこの警告システムが働かず、気付かぬうちに判断力が低下する。これはパソコンやスマホに向かって長時間働く多くの現代人にとって重要な問題です。
■実際の疲れと疲れの自覚は1時間ズレていた
脳疲労の疲労感のなさについて、私たち研究チームはeスポーツ選手に3時間続けてバーチャルサッカーゲームをプレーしてもらう実験を行いました。(※)6
座ったままで肉体的な疲労度は低いものの、瞬時の判断をくり返すために認知的な負荷は大きいのがeスポーツ。そこで、プレー中の選手たちに定期的に「どれくらい疲れを感じるか」を聞き、同時に画面上に表示される矢印の向きを判断するフランカー課題と呼ばれる認知テストを行いました。
結果、2時間経過した時点で選手本人が感じている疲労感の値はほとんど上昇しなかったのです。ところが、判断速度は明らかに落ちていた。脳疲労では疲れを自覚しにくいので、自分の認知や判断の機能が低下していることを感じ取る力も落ちていくと考えられます。疲れているのにその実感がなく「大丈夫、大丈夫」と言いながら、ミスが増えていく。
日常生活に当てはめて考えると、これはなかなか危険な状態ですよね。
■「疲れたな」と感じたときにはすでに手遅れ
つまり、「疲れた」と感じてから、休む。では遅いのが、脳疲労。本人が自覚したタイミングでは、すでに集中は途切れがちで、判断力は鈍り、情報の処理に問題が生じている……。脳の性能が落ちている状態なのです。
たとえば、私も夜遅くまで論文を書くことがあります。すると、調子よく書いていたつもりの文章が翌朝読み直すと、誤字だらけだったり、文脈がつながっていなかったり……。個人的な体感としては、「疲れた」と実感した1時間前くらいから脳の性能は落ち始めているんだと思います。
では、そうなる前に脳疲労をセルフチェックすることはできないのか。eスポーツの研究では、脳の活動状態を間接的に示す「瞳孔の大きさ」を測定しています。脳が活性化すると瞳孔は開き、疲労すると縮んでくる。(※)6-7
ただ、この瞳孔径を計測するのは専用の設備が必要で、一般的には難しい。
そこで、もう1つ脳疲労のサインとして使えそうなのが体表面温度の低下です。疲れを感じる前に手のひらや鼻、口の周りの温度が2℃ほど下がってきます。(※)8
■脳疲労のサインを見逃すな!
キーボードやマウス、スマホなどを操る指先に「冷え」を感じたら、それは脳疲労(認知疲労)が始まっているサインといえるでしょう。
脳疲労は、「疲れた」とはっきり自覚する前に、「実行機能(集中力の維持や、情報の適切な処理を司る脳の司令塔機能)」の低下として現れることがあります。以下のような兆候に一つでも気づいたら、脳のパフォーマンスを回復させるために、一度作業を止めて休憩を取りましょう。
□ 指先の温度低下(生理的サイン):室温は変わらないのに、指先に「冷え」を感じる

□ 言語出力の停滞(処理スピード):メールや資料作成で、適切な言葉がパッと浮かばない、または変換ミスや誤字が増える

□ ワーキングメモリの過負荷(正確性):普段なら間違えないような計算ミスや、単純なコピペ作業でのエラーが出る

□ 抑制機能の低下(注意の逸脱):作業の合間に、無意識にスマホを手に取ったり、ニュースサイトを眺めたりしてしまう

□ 認知の柔軟性の低下(切り替え困難):仕事の優先順位が整理できなくなったり、些細な修正に固執して時間が過ぎたりする

□ 主観と実態の乖離(予測のズレ):「まだ集中できている」と思っているのに、30分経っても想定したほど進捗していない
■スマホ片手にソファで横寝は最悪の休憩法
脳疲労に対する休憩でやってはいけないことがあります。スマホでSNSやYouTubeを見ることです。疲れたから、ちょっとソファに横になってスマホでも……は最悪。川のせせらぎや森のざわめきみたいな動画ならまだしも、エンタメ的なコンテンツに触れてしまうと、休んでいるようで脳は全然休んでいません。逆に疲れてしまい、その後の認知パフォーマンスはさらに低下します。(※)1,9
だとすると、どんな休み方が脳疲労の回復に効果的なのか。それは「体を動かすこと」です。
階段を「タタタタタッ」と上り下りしたり、外を散歩したり、体を軽く動かしてあげたほうが、脳疲労は回復することがわかっています。

出典

(※)1.Jacquet, T., Lepers, R., Pageaux, B., & Poulin-Charronnat, B. (2023). Acute smartphone use impairs vigilance and inhibition capacities. Scientific reports, 13(1), 23046.

(※)2.Matsui, T., Soya, S., Okamoto, M., Ichitani, Y., Kawanaka, K., & Soya, H. (2011). Brain glycogen decreases during prolonged exercise. The Journal of physiology, 589(Pt 13), 3383–3393.

(※)3.Matsui, T., Ishikawa, T., Ito, H., Okamoto, M., Inoue, K., Lee, M. C., Fujikawa, T., Ichitani, Y., Kawanaka, K., & Soya, H. (2012). Brain glycogen supercompensation following exhaustive exercise. The Journal of physiology, 590(3), 607–616.

(※)4.Matsui, T., Omuro, H., Liu, Y. F., Soya, M., Shima, T., McEwen, B. S., & Soya, H. (2017). Astrocytic glycogen-derived lactate fuels the brain during exhaustive exercise to maintain endurance capacity. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 114(24), 6358–6363.

(※)5.Matsui, T., & Soya, H. (2025). The Dual Role of Lactate in the Exercising Brain: Fueling Energy and Signaling Fatigue. Advances in neurobiology, 44, 207–216.

(※)6.Matsui, T., Takahashi, S., Ochi, G., Yoshitake, S., Funabashi, D., Matsuoka, H., Kagesawa, J., Dobashi, S., Yoshimoto, H., Sakairi, Y., & Takagi, H. (2024). Cognitive decline with pupil constriction independent of subjective fatigue during prolonged esports across player expertise levels. Computers in Human Behavior, 156, 108219.

(※)7.松井 崇・吉武 誠司・高橋 史穏・松岡 弘樹.(2022).認知疲労検知方法、認知疲労検知装置、認知疲労検知システム及びプログラム(特願2022-178233,2022年11月7日国立大学法人筑波大学による特許出願)

(※)8.松井 崇・高橋 史穏.(2025).推定方法、および推定装置(特願2025-128753,2025年7月31日国立大学法人筑波大学による特許出願)

(※)9.DiFrancisco-Donoghue J, Jenny SE, Douris PC, Ahmad S, Yuen K, Hassan T, et al. Breaking up prolonged sitting with a 6 min walk improves executive function in women and men esports players: a randomised trial. BMJ Open Sport & Exercise Medicine. 2021;7:e001118.

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松井 崇(まつい・たかし)

筑波大学体育系 准教授・博士(体育科学)

1984年生まれ。つくば→京都→東京で幼少期を過ごす。元日本代表候補の父の影響で5才から柔道を嗜む。柔道五段。神奈川県桐蔭学園高校でインターハイ準優勝(2002)、筑波大学でマカオ国際大会優勝(2005)など。運動生化学とスポーツ神経生物学を専門とし、脳のエネルギー源である「脳グリコーゲン」と中枢疲労の関係を研究。近年はeスポーツを通じて、現代人の「脳疲労」のメカニズム解明に取り組んでいる脳疲労研究の第一人者。運動、武道、eスポーツにおけるハイパフォーマンスの神髄を解明し、誰もが夢と絆とともに、健康で幸せに活きることを支援する健幸スポーツライフの創成に取り組む。

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(筑波大学体育系 准教授・博士(体育科学) 松井 崇 構成=佐口賢作)

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