■ASEANに非ロシア産燃料輸入を要請
イラン発のエネルギーショックを受けて、中東産原油への依存度が高い東南アジアの各国は厳しい状況に陥っている。米国のドナルド・トランプ大統領がロシア産原油に対する制裁を緩和したこともあり、例えば東南アジア諸国連合(ASEAN)の事実上の盟主とも言えるインドネシアは、ロシア産の石油やガスの輸入を増やそうとしている。

実際、インドネシアのプラボウォ・スビアント大統領は4月13日にロシアの首都モスクワを訪問し、ウラジーミル・プーチン大統領に対してトップセールスをかけた。そしてインドネシアは、ロシアから石油と液化石油ガス(LPG)を調達することに成功した。石油やガスの輸入に奔走するスビアント大統領の姿は為政者として当然である。
こうした動きに横槍を入れるのが欧州連合(EU)だ。4月27日、ブルネイの首都バンダルスリブガワンで、25回目となるASEANとEUの閣僚会合が開催された。その際、EUのカヤ・カラス外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長が、会合後の記者会見で、ロシア産の石油やガスを輸入しないようASEANに呼び掛けたのだ。
カラス上級代表は、ASEAN諸国がロシア産の石油やガスを輸入すればロシアの歳入の増加につながり、延いてはウクライナとの戦争の資金になると主張し、ASEAN諸国に対してロシアからの輸入を止めるべきだと述べた。そうであるからこそEUは、ASEAN諸国が非ロシア産の石油やガスを輸入することを奨励するというのである。
カラス上級代表が閣僚会合の場でこうした発言をしたかは定かではないが、ASEAN諸国にはまず響かない話である。ASEAN諸国は中立を外交の確たる指針としている。ロシアがEUにとって望ましくない相手だろうとASEANには関係がないことだ。それに、EUがASEANに非ロシア産の石油やガスを融通してくれるわけではない。

■石炭火力の全廃を強制しようとした過去
ここで、時計の針を戻してみたい。2021年10月31日から11月12日にかけて、スコットランド最大の都市グラスゴーで第26回目となる国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)が開催された。その場で、主催国イギリスのボリス・ジョンソン元首相は、新興国に対して、2040年までに石炭火力発電を全廃するように提案した。
そもそも石炭火力発電の全廃は、EUが声高に主張していたことだ。脱炭素化の推進もさることながら、それをテコに国際社会で政治的な影響力を行使しようという思惑がEUにはあったと考えられる。とはいえ、石炭火力発電への依存度が高い新興国は一斉に反発。結局のところ、石炭火力発電の存続に含みを持たせる表現で決着となった。
石炭もまた重要なエネルギー源であるし、かつASEAN諸国にとっては自給できる化石燃料である。火力発電の設備を効率化・近代化すれば、温暖化を考えるうえでの懸念材料である温室効果ガス(GHGs)の排出も、かなり削減することができる。にもかかわらず、EUはASEANを含めた新興国に対し、その全廃を一方的に求めようとした。
EUの外交姿勢に問題点を挙げるとすれば、相手側の事情をあまり与しない点にある。一貫して、EUの理想や理念、あるいは“規範”を相手に受け入れさせようとする傾向が強い。
しかし、EU自身はそう考えているのかもしれないが、EUがグローバルに普遍的な価値観を提供しているわけではない。世界各国の価値観は真に多様である。
エネルギーショックに際して優先されるべきは、エネルギーの安定供給に努めることだ。中立外交を基本とするASEAN諸国は、ロシアを含めたあらゆる国から石油やガスを調達できる。代わりに石油やガスを融通してくれるわけでもないのに、自らと対立するロシアからエネルギーを調達しないでほしいというEUの要請に説得力などない。
■ロシア産エネルギーを輸入し続けるEU
そもそもEU自体が、ロシアから引き続き石油やガスを輸入している。例えば2025年第4四半期(Q4)時点で、液化天然ガス(LNG)の輸入量のうちの15%がロシア産だし、パイプライン経由の天然ガスの輸入量のうちの18%がロシア産だ。ウクライナ侵攻前の2021年よりはだいぶ減ったが、それでもまだ一定の割合を占めている(図表1)。
代わりに増やした非ロシア産の石油やガスは、米国や中東、中央アジアなどからやってきている。それでも、完全にロシア産の石油やガスを代替するには至らない。一大需要家でもあるEUがロシアと関係を遮断していなければ、イラン発のエネルギーショックが生じても石油やガスのグローバルな需給はここまで引き締まらなかったろう。
繰り返しとなるが、EUは自らの政治的な理由でロシアとの関係を絶った。
そして、脱ロシア化の旗の下に、非ロシア産の石油やガスへのシフトを進めてきた。エネルギーショックの渦中ゆえに延期するかと予想された短期契約分のロシア産LNGの禁輸措置にも踏み切った。EUが自らの意志でそれを断行したことはEUの勝手と言える。
だからといって、中立的な立場であるASEAN諸国に対して非ロシア産の石油やガスへのシフトをEUが奨励することは、筋違いもいいところだ。むしろロシア産の石油やガスをASEAN諸国が引き受けなければ、非ロシア産の石油やガスに需要が集中し、価格の上昇に弾みがつく。さらに石炭も使うなとなれば、ASEAN諸国は怒り心頭だ。
米中に挟まれたEUは、自らの国際社会での影響力を高めるために、規制の輸出という手段に打って出た。しかし、その強い政治性に基づく要求は、かえってEUの求心性を低下させてきた。この悪循環は、ウルズラ・フォンデアライエン委員長が就任した2019年以降に強まっている。脱炭素化の働きかけがその最たる例と言えるだろう。
■政治性が求心力の低下を招く悪循環
ドナルド・トランプ大統領の下、傍若無人さを強めている米国の求心力は世界的に低下している。相対的に習近平国家主席が率いる中国の求心力が高まったとして、中国は中国で信用ならざる面がある。
ASEANもまた米中の狭間に置かれているが、EUが実利を重んじるASEANに適う存在ならば、パートナーとして第三の選択肢になる。
EUもまた、ASEANを含めたアジア太平洋地域への接近を試みている。しかしEUは、ASEANが重視する実利性を持ち得ていない。あくまで“規範”をASEAN側に受け入れさせようとするなら、その外交は失敗するだろう。まだEUと袂を分かった英国の方が、歴史的な経緯からASEANが何を求めているか理解しているのではないか。
この事実は、通貨ユーロが米ドルや人民元に代わる国際性を持てない所以にもなる。ドル不安に伴うドル離れの流れを受けて、確かにユーロの為替レートは強含みである。その意味では“受け皿”になっているが、貿易決済のための通貨としての価値を新興国、とくにASEANの中で高めているかというと、必ずしもそうではない事実がある。
結局、貿易決済で用いる通貨であるからこそ、ASEANは否応なしに米ドルであり人民元を欲している。特に貿易関係が強くないEUの通貨ユーロにASEANが信頼を寄せるためには、EUはASEANを惜しみなくサポートすべきなのに、そうした姿勢は全く見せない。カネは出さずクチばかり出すのがEUの外交の悪しき特徴とも言える。
(寄稿はあくまで個人的見解であり、所属組織とは無関係です)

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土田 陽介(つちだ・ようすけ)

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員

1981年生まれ。
2005年一橋大学経済学部、06年同大学院経済学研究科修了。浜銀総合研究所を経て、12年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。現在、調査部にて欧州経済の分析を担当。

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(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 調査部 主任研究員 土田 陽介)
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