■10~20代のメンタル危機が深刻化
東京都の会社員・保さん(仮名)の長男(当時17歳)は3年前、メンタルの病で入院した。統合失調症だった。
勉強にあまり集中できていない、安眠できていない、ひどく落ち込んで元気がない、など兆候はあったかもしれないが、保さんには気に留める余裕がなかった。コロナ禍が収まり、社会にようやく活気が戻って来た中、業務の立て直しに必死だった。
その時は、突然訪れた。
ドンッ
深夜、長男の部屋から、大きな叫び声と共に何かを壁にぶつけるような音がした。
2回、3回、4回、立て続けに聞えて来る。
妻と二人、ドアを開けると、長男が壁に自分の頭を叩きつけていた。額が裂け、顔面も服も血まみれだ。
「ダメだ、死ぬぞ」
慌てて抱きしめ、制止するが、止まらない。
妻が呼んだのだろう、救急車がやって来た。
入ってきたのは救急隊員ではなく数名の警察官だった。長男は暴れており、警察官によって制圧され、連れていかれた。頭部外傷の治療のため精神科のない病院に搬送されたが、治療後、外部から精神保健指定医が呼ばれて診察が行われ、緊急措置入院が必要と判断された。その後、指定医2名の診察を経て正式な措置入院となり、受け入れ可能な精神科病院へ転院した。
興奮や幻覚・妄想による危険行動を抑えるため、急性期の鎮静目的の注射が行われ、長男は約1週間にわたり身体拘束された。
その間はオムツを着けられ、排尿も排便もベッドの上で行うしかなかった。家に帰りたい、拘束を解いてほしいと何度訴えても届かず、再び注射で意識を落とされる。どれほど恐ろしく、どれほど屈辱的な時間だっただろう。
その後、息子は順調に回復し退院した。
(いやだ、怖いよ、パパ、助けて)
搬送されるとき、息子はそう叫んでいたのに、私はただ見ていることしかできなかった。その無力さが悔しく、申し訳なかった。
息子のために、もっとできることがあったのではないか――その思いは今も消えない。
※注:この事例は、患者家族への取材をもとに構成したもので、法制度や医療者の認識とは異なる可能性があります。
■精神疾患によって起こる最悪の結末
10代・20代の若者たちのメンタルヘルス危機が深刻化している。それは、精神疾患によって起こる最悪の結末=自殺者の数が増えていることからも顕著だ。
自殺対策白書(令和7年版)によると、日本の自殺者数が全体的に減少傾向にある中、小中高生の自殺者数は過去最高水準で推移し、15~29歳の自殺者数は2020年以降3000人を超えて高止まりを続けている。ちなみに、この年代の死因順位第1位は「自殺」で、G7各国の中で最も高い。
※自殺対策白書(令和7年版)
また日本精神科病院協会の調査では、少子化にもかかわらず、20歳未満の精神疾患総患者数は59.9万人(2020年)と増加が顕著で、1999年と比べ5倍以上増加している。
増加の背景には、コロナ禍の影響もあるようだ。
コロナ禍をまたいで実施された調査では、①コロナ禍中(2020年3月~2021年9月)に調査が実施された群は、コロナ禍前(2019年2月~2020年2月)に調査された群よりもメンタルヘルス指標(抑うつ症状と精神病様症状)の増悪が認められたこと、②この増悪は男子でより顕著で、抑うつ症状は初期の学校閉鎖期間後から2021年にかけて徐々に増悪したことが報告されている。
※東大病院「コロナ禍で思春期世代のメンタルヘルスが増悪 この影響は男子で顕著、支援策の充実が求められる」
■妊娠後期の感染が子供に影響する
コロナ禍のメンタルヘルスへの影響では、さらにショッキングなものもある。
精神科医の間では以前から、「妊娠中に母親が感染症にかかると、子どもが将来、精神・神経発達の障害を発症するリスクが最大7倍に高まる」という認識が共有されていたが、コロナにおいても、今年1月「妊娠中の母親が新型コロナ感染症にかかった場合、生まれてきた子どもが3歳までに神経発達に関する有害診断を受けるリスクが高くなり、特に、妊娠後期に感染を受けた時および生まれてきた子どもが男児であった場合、この傾向が最もはっきりしていた」との研究結果が公表されている。
※Obstetrics & Gynecology147(1):p 11-20, January 2026.
無論、コロナ禍に胎児だったすべての子どもに障害が起きるわけではない。また起きたとしても、10年以上も先の話なのだが、将来的に「思春期の若者たちの間で精神疾患患者が爆発的に増えるかもしれない」「リスクが高い集団が存在する」という事実は私たちの社会に対して、今からでもさっそく、できる限りの対策を講じるべきであると示唆している。
■必要なのは「安心して充電できる居場所」
精神疾患の発症は、思春期年代から始まる。
発症や再発の原因は、病気になりやすいかどうかの「脆弱性(ぜいじゃくせい)(もろさ)」と、発症の引き金となる「ストレス」の組み合せからなる「ストレス・脆弱性モデル」が有力だ。
そのため治療は、ストレスの原因から物理的・心理的に距離を置き、心と体を十分に休ませる環境を確保し、心身を回復させるためのエネルギーを蓄える「充電」が第一歩となる。
「精神科の治療は、まずその場の環境でできることを工夫してやっていくところから始めます。生活が不規則になっている場合には、『早起きは無理でも、せめて午前中に起きようね』とか。
不登校を訴えて来院する患者さんは多いのですが、不登校自体は病気ではないと、保護者に理解していただくことも必要です。学校へ行けることが治療のゴールではありません。
私は親御さんには話せないことも話してもらえるような関係を築きながら、その子に合った、安心して充電できる居場所を一緒に探すようにしています」と、児童精神科医の林田麻衣子氏は言う。
■精神科に不安を抱く保護者も…
子どもたちにとって、家庭と学校は車の両輪のようなもの。治療には、両輪の一方である家庭内での環境も重要だ。
「お子さんにとって、家庭が安心できる居場所であることは何よりも大切です。そのために重要なのは保護者のメンタルヘルス。親御さんが安定するとお子さんも自然と良くなることがあるので、児童精神科では保護者の心の健康にも目を向けて、治療をお勧めするケースもあります」(林田氏)
また一般的に、精神科には薬物療法のイメージがあり、処方される薬に対して強い不安を抱いている保護者は少なからずいる。(一方でカウンセリングのイメージもあるが)
「一度飲み始めたら生涯飲みつづけなくてはならないのでは」
「薬漬けにされて、かえって悪化してしまう気がする」
「結局、薬で症状を抑え込むだけなんじゃないか(病気を治すのではなく)」
などだ。
■「薬はあくまで補助輪的な位置づけです」
「薬物療法に重きを置いている先生方もいますが、そういう医師ばかりではありません。私は、薬はあくまで補助輪的な位置づけです。当院の場合、この頃元気がないなとか、不眠気味とか、イライラしているなといった、病気になる前の段階で保護者に付き添われて受診する患者さんが多いので、安心して充電できる居場所を見つけてあげるだけで回復することも少なくありません。
冒頭の症例のような、生命に関わる事態では、拘束はやむをえないのだろうか。
「精神保健福祉法では厳密に対象となる患者に関する事項が定められており、身体拘束は以下の状態に該当する人等に対して精神保健指定医が慎重に判断した上で行うこととなっています。
主として次のような場合に該当すると認められる患者であり、身体的拘束以外によい代替方法がない場合において行われるものとする。
ア 自殺企図又は自傷行為が著しく切迫している場合
イ 多動又は不穏が顕著である場合
ウ ア又はイのほか精神障害のために、そのまま放置すれば患者の生命にまで危険が及ぶおそれがある場合
冒頭のようなケースを防ぐには、発症する前に、兆候を把握して、ストレスコントロールするのが有効です。発症の引き金になるストレスと距離を置き、ストレスに負けないよう休養させてエネルギーを充電してあげるといった対策です。
ただし、すでに統合失調症を発症している場合には、環境調整だけでは効果はありません。世界だけでなく日本でも、座敷牢、私宅監置など、薬が無いが故に生じていた不幸もあります」(林田)
■ストレスを客観的に早期把握するには
精神疾患を発症する前に兆候を早期に把握し、適切なケアにつなげることの重要性は以前から言われており、文部科学省や自治体、NPOなどが無料で使える「学生向けストレスチェック」のシートを作成して教育現場に提供している。チェックするだけでは終わらせず、その先のフォロー体制についても、実効性のある提言が多角的になされている。
オンラインを活用する新しい取り組みも進んでいる。
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)が開発した「KOKOROBO」は、スマホやタブレットから
⚫︎ 最近の不安感
⚫︎ イライラ
⚫︎ 睡眠の状態
⚫︎ 身体の違和感
などを入力していくと、心の状態を示す図とコメント、そして“おすすめの対処法”が返ってくる。無料で使えて、もし中等度以上の不調が疑われれば、オンラインで臨床心理士などに相談できる仕組みも整っている。
現在公開されているのは高校生以上向けの「成人版」だが、中学生版や小学生版も開発が進んでおり、地域の医療機関と連携し、必要に応じて医師につなぐ体制も整えられている。
「ただし、これらのストレスチェックは、質問票による“主観的評価”に依存しているため、本人が気づかないストレス、気づいていても言語化できないストレス、他者には知られたくないストレスは、どうしても見逃されてしまうという問題があります」
そう解説するのは、精神疾患発症のメカズニム解明や、副作用の少ない抗精神病薬の開発に取り組んでいる大西新博士だ。
本人の主観に頼らず、客観的に、本人が感じているストレスを可視化するチェックが必要なのだ。
■単なる「仮病」と思ってはいけない
国立成育医療研究センターは、2025年8月、全国の10歳~15歳の小児を対象とした大規模調査を解析し、身体症状がどのくらいの「頻度」や「数」で現れる場合に抑うつ症状と関連するのかを調べた結果を次のように公表した。
● 頭痛、腹痛、背部痛、めまいといった複数の身体症状を月に1回以上訴える子どもは、抑うつ症状を持つリスクが顕著に高い。症状が4つある場合のリスクは、症状がない子どもの16.4倍に達する。
● 抑うつ症状のある子どものうち約86%が、何らかの身体症状を月に1回以上経験していた。これは、身体の不調が心の健康状態を反映している可能性を示唆する。
● 以上から、子どもの訴える身体症状の「数」や「頻度」に注目することが、見過ごされやすい抑うつ症状の早期発見に役立ち、家庭や学校、プライマリケアの現場で活用できる簡便なスクリーニング方法になる可能性を示された。
つまり「体の痛みは、心の不調のサイン」。昔なら、仮病を疑われるような訴えにも、実はちゃんとした意味があることが裏付けられたわけだ。
■「五月病」を軽視しないで
ただ、頭痛、腹痛等々の痛みも、やはり主観的で、外からはなかなかわからない。
これらの問題点を克服し、心身に害をなすストレス(ストレスには自身を発奮させ、困難を乗り越えるのに役立つ、良質のストレスもある)を測定し、適切なケアにつなげるために大西博士が開発したのが「バイオピリン検査」だ。バイオピリンは、体内でストレス反応が過剰に働いたときに増える活性酸素によって生成される物質で、簡便な尿検査で測ることができる。
「この検査によって、悪玉ストレスの蓄積度、精神疾患の発症リスクの高まり、医療介入すべきタイミングを“見える化”できます。基礎研究では、精神疾患の発症予防には、悪玉ストレスが一定の濃度に達した段階で、睡眠改善などの介入をするのが有効であることが示唆されています」(大西氏)
転ばぬ先の杖ならぬ、心が壊れる前の快眠、のようなことがあるのかもしれない。
例年、5月の大型連休明けは、「五月病」を発症する若者が増える。心の軽い不調が精神疾患発症に発展しないよう、私たち大人は、主観的であろうが客観的であろうが、若者たちの心の痛みをしっかりと察知し、手を差し伸べるようにしたい。
林田 麻衣子(はやしだ・まいこ)
児童精神科医、医学博士、運動公園前はやしだクリニック(島根県松江市)理事長
大西 新(おおにし・あらた)
医学博士、イズモバイオサイエンス CEO&CTO
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木原 洋美(きはら・ひろみ)
医療ジャーナリスト/コピーライター
コピーライターとして、ファッション、流通、環境保全から医療まで、幅広い分野のPRに関わった後、医療に軸足を移す。ダイヤモンド社、講談社、プレジデント社などの雑誌やWEBサイトに記事を執筆。近年は医療系のホームページ、動画の企画・制作も手掛けている。著書に『「がん」が生活習慣病になる日 遺伝子から線虫まで 早期発見時代はもう始まっている』(ダイヤモンド社)などがある。
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(医療ジャーナリスト/コピーライター 木原 洋美)

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