なぜ参政党は、2025年参院選で躍進できたのか。参政党をウォッチし続けてきたライターの黒猫ドラネコさんは「陰謀論支持者だけでなく、保守層まで取り込んだ女性議員の存在が背景にあった」という。
著書『参政党と大陰謀論時代』(文春新書)から、“躍進前夜”を紹介する――。
■“保守の新興勢力”としての存在感
25年夏頃から「もしかしたら参政党が伸びるのではないか」といった雰囲気はあった。それまで春の集客の寂しさなどの体たらくを観察してきただけに、私にとってその盛り上がりは不思議なことだった。急にどうしたんだ……と。
SNS上では「選挙に行こう」と若者に促すようなメッセージとセットで、参政党の過去の演説などが頻繁に流れるようになっていた。それはYouTubeやInstagramやTikTokなどのショート動画で、同時多発的に起こっていた。
6月には兵庫県尼崎市議選で参政党の女性候補がトップ当選を果たしたという投稿がやけに大きく拡散されていた。その他の地方選でも連戦連勝を重ねたとの景気の良い話で党員が沸いていた。その勢いで迎えた東京都議選ではいずれも新人の4人中3人が当選。参政党は初めて、都議会にも議席を持つことになったのだ。続く参院選への機運は高まっていた。
おりしも、いよいよ自公政権にNOを突きつける選挙だという空気感で、それまで参院選に向けて最も勢いがあったはずの国民民主党が山尾志桜里、須藤元気の擁立を巡って党内外からの反発を食らいまくって騒動になっていた。

国民民主もダメなのか、どこにも投票できるところがない。そんなムードの中で颯爽と、地方選も都議選も勝ちまくってきた参政党に脚光が当たるようになっていた。それは保守の新興勢力を求めていた有権者にぴったりとハマるものだったに違いない。
■外国人問題への対処=参政党というイメージ
SNS上では連日、吉川が「選択的夫婦別姓への反対」などを訴える国会質問のショート動画などがバズっていて、ハキハキと話す吉川の容姿の良さも相まって「この議員は誰」と話題になっていた。
その動画をめぐっては、吉川の後ろで他党の議員が笑ったり首をかしげたりしようもんなら「コイツの態度はなんだ」とクローズアップされ炎上させられるような、これまでの参政党員とは明らかに違った攻撃的なファン層が増えていた印象だった。
そして25年参院選直前、日本維新の会を離れた梅村みずほが参政党に加入した。これにより、党所属の国会議員は5人になり、メディアが定める党首討論番組などの出演の基準を満たすことになった。
ネット空間での強さだけでなく、既存メディアへの露出も果たした参政党は、「日本人ファースト」のキャッチフレーズを前面に押し出して参院選に臨んだ。党内でいくつか出た標語の候補の中で「日本人ファースト」は、神谷にはあまりピンとこないものだったそうだ。
しかし、差別的なニュアンスを含んでいるという意見や「ファースト」は英語だろというツッコミも巻き起こりながら、色んな意味で大きな話題になった。
悪名は無名に勝るとはよく言ったもので、他党のキャッチフレーズは覚えられなくても参政党のそれだけは全国に拡がっていくのだった。
このフレーズが図らずも、折からの埼玉県南部の「クルド人問題」や、観光客を含む外国人の素行の悪さがネット社会で大きくクローズアップされがちだった昨今にあって、参政党だけが対処してくれるという印象を抱かせた。
ネット上での大きな声は、そのまま地続きに実社会へと流れていき、「参政党」を多くの人が検索するようになっていった。
■「左翼に鉄槌を下す」という期待
参政党の中での「日本人ファースト」の意味は「反グローバリズム」である。
神谷が編者の『参政党Q&Aブック』の中で、「参政党のメンバーが言う『あの勢力』とは何でしょうか」の設問への答えは「ユダヤ系の国際金融資本を中心とする複数の組織の総称です。彼らは欧米社会を実質的に支配して数百年前から日本を標的にしています」となっている。
掲げる「反グローバリズム」はこの考えが源流で、そこから「日本人ファースト」へと繋がっていく。「実体のない支配層」への嫌悪で成り立っている。
要するに「世界を一つにしようとしている闇の勢力と団結して戦うぞ」みたいなことだが、一般の方々にはうまい具合に、そんな陰謀論めいた意味があることまでは届かなかったようだ。
SNS上の拡散力の高さの裏には、のちに「ロシア製bot」と呼ばれる海外からの不正な介入があったことが取り沙汰されている。そうした不自然な情報拡散はそのまま、いわゆる「ネトウヨ」たちを必要以上に引きつける結果になった。
「差別をやめろ」と抗議の声を強める「左翼的な勢力」にも鉄槌を下してくれるのではないかという期待を、参政党は抱かせた。そこでは陰謀論めいた言説は二の次だった。
参院選を巡る全てのことがうまく回った。
初めて参政党への追い風が、いや神風が吹いたと言っても決して大げさではなかった。
■「政府に足りないのは財源ではなく愛情」
7月3日の公示日。銀座三越前でさや候補の演説があった。都議選後の注目もあって、ものすごい数の報道陣が集まっていた。チラシを配る党スタッフの上着に「八紘一宇」などと書かれており、おそらく参政党取材に慣れていないカメラマンや記者たちから「こういう人たちなの……」と驚きの声が漏れていた。
演説の応援には、さやの経済政策の師匠にあたる経済評論家の三橋貴明、そして田母神が訪れていて、重厚感のある布陣になっていた。さやの「政府に足りないのは財源ではなく愛情なのではないでしょうか!」の言葉は、多くの報道陣がずっこけながら聴いたに違いない。
続く神谷の演説では、さやへの投票呼びかけもそこそこに「男女共同参画は間違っていた」「高齢女性は子どもが産めない」との言葉が発せられた。現地の私にも聞こえてはいたが「また言ってるよ」くらいに思ったせいか、深刻には考えていなかった。
演説後に銀座三越横の狭い歩道で、メディアによる神谷の囲み取材があった。最初のうちは愛想よく応じていた神谷だったが、すぐに表情がこわばった。それは、記者から「先ほどの高齢女性というのは何歳ぐらいを指しているのか」と質問が飛んだ時だ。

私は「あっ」と息を飲んだ。参政党の話に慣れすぎていた自分に気付いたのだ。神谷同様に「やべえことを言った」という感覚が完全に欠如していた。これは率直に怖いと思った。そして、後からよく考えてみれば「男女共同参画は間違っていた」というのも、とんでもない暴言である。
参政党がこうした旧態依然の家庭観や家族観を強調してきたことは、一般的には「なんだこいつら」のはずだが、私はすっかり「参政党なんだからこれぐらいのことは言うだろ」と受け入れてしまっていたのだ。感覚が麻痺していた。
■「自公よりマシ」「左翼嫌いの希望」
躍進の気配があった参政党の選挙にあって、公示日のこうした「失言」は報道を過熱させた。参政党の名前が連日のように新聞やワイドショーを騒がせることになり、それまで知らなかった層にもその名が届くようになった。まともな人は冷ややかだっただろうが、思想が近い人がどんどん参政党を知るようになっていた。
そういう人たちがこぞって見るYouTubeやTikTokのショート動画などでは、神谷や吉川らが怒鳴っているような「熱い」演説が、うまく切り取られてさらに拡がるようになった。参政党の実態は度外視して、既得権益や古い政治と戦うようなイメージに酔う人が増え始めていたのだった。

当然「日本人ファースト」という差別を煽るような演説に、抗議をする人たちもいた。その抗議者を口汚く罵る参政党支持者らしき若者の動画が拡散されていたが、私はそれを見て驚いた。
のちにその若者は参政党支持者ではなく、「左翼嫌い」的な人だったと分かったのだが、そのような対立の動画をきっかけのようにして、参政党の演説の場所では抗議者と支持者の小競り合いが多発することになっていった。
以前までは、例えば黒川らが襲撃していた頃などは、参政党の味方をしていたのは穏やかな中高年ばかりだった。党スタッフが必死で耐えて黙々と鎮圧していた中で、聴衆の方からそれに加勢して黒川らに強い言葉を浴びせる人がいても「やめろやめろ、相手にするな」「同レベルになるぞ」などと周囲が必ず諫めていた(その結果、黒川らはやりたい放題になったわけだが)。
それが25年の参院選から、参政党の支持者層は以前までと明らかに変わった。
支持者ばかりの平穏な中で反ワクチンを叫ぶような雰囲気がなくなって、党の理念などにはあまりこだわらず、「反ワクとか分からないけど自公よりはマシ」といった考えで支持に回る人が増えていた。参政党がじわじわと「左翼嫌い」の方々にとっての希望になっていったことが分かった。
■大阪の商店街で大人気の議員も合流
参政党にとって救世主となったのが、維新の会を離党した梅村だった。
前述のように梅村が加入したおかげで党所属国会議員が5人になり、参政党はメディアの要件を満たして党首討論などに呼ばれるようになった。このことから、党員の間で彼女は「7つ目のドラゴンボール」と言われていたのだとか(5人目だっつってんだろ)。
梅村は参院選には比例で立ち、大阪では同選挙区の候補者の宮出ちさと(のちに当選)を連れて街宣を続けていたが、その選挙運動の様子を見ていた大阪の記者から私の所に「これは手強いと思います」と連絡が入った。

梅村の地元関西での有権者からのウケは途轍もないものがあるのだとか。商店街で握手をして回れば必ず大阪のおばちゃんに囲まれ、親しげな笑顔の輪ができていたそうだ。
そんな梅村は、それまで「アンチは無視しろ」だった参政党の不文律を全てぶち壊した。参院選の「ラストサンデー」となった7月13日、練馬駅前のバスロータリーを占拠して梅村に加えて、松田学、さや、こちらも参院選の候補者だった山中泉が演説に立った。参政党に「差別反対」と抗議する方々が数名いたことに対し、梅村が「拍手しましょう!」などと言って聴衆を煽ったのだ。
その場では参政党支持が圧倒的多数だったため、胸くそ悪いイジメの構図のようだった。
勝ち気な性格もあるのだろうか、その後も梅村だけが抗議者を指さしては聴衆煽りをするのが恒例のようになっていた。
黒川の妨害が全盛だった頃からは考えられない。おとなしそうなおじいちゃんおばあちゃんたちが支えてきた参政党の平穏はもう戻ってこないのかもしれない。
■“聖地・芝公園”の1万人集会
参政党は選挙期間中も舌禍を起こし続けた。神奈川選挙区候補者の初鹿野裕樹が、抗議勢力に対して「ああいうのは非国民」と発言。
東京選挙区ではさやがネット番組で「核武装が一番安上がり」と発した。さやはさらに、支援者のホストクラブが投票済証明書で初回無料引換券がもらえるとしたキャンペーンにも感謝のコメントまでしてしまっていた。
しかし、悪名は無名に勝るをそのままに、この参院選は参政党の知名度が上がり続ける結果になった。情勢調査ではもはや、参政党の躍進は間違いないと出ていた。
25年参院選のマイク納めは22年と同じ、芝公園だった。
開始前には3年前と同規模の1万人ほどが集まっていたと思う。前回と全く違ったのは、デマや差別に抗議をする方々が押し掛けていたことだ。参政党をおちょくるような多彩なセンスあるプラカードが掲げられていた。
そして、それに匹敵する多数の報道陣がいた。そこらじゅうで何組ものテレビ局クルーがヘラヘラしながら、「あなたはなぜ参政党を支持しているんですか?」といったインタビューを撮っていた。頼むから肯定的な報じ方をしないでほしいと思った。
■元ラグビー日本代表が演説
演説開始前、演台に臨む最前列に姿を見せたのは藤江成光。一般の人なら「誰やねんアイツ」となる反ワクチン配信者に向けて、まるでヒーロー来場を歓迎するかのような大拍手が起き、「藤江さーん! ありがとー!」と声が上がっていた。ここはそういう場所なのだ。
22年のマイク納めでは神谷が、「日本を舐めるな」の名言を放った。今日はどんな言葉が飛び出すのか。それだけを期待していたが、演説開始後から抗議のパワーがすごすぎて、それどころではなかった。公園入り口付近に設置されたスピーチのための舞台が、抗議のプラカードや旗でほとんど見えなかったのだ。
私は公園の中ほどから、参政党支持者らしきおば様2人と並んで見ていた。「あれじゃ見えないよねえ」などと声をかけられたので、「見えませんねえ。せっかく神谷さんの雄姿を見に来たのに……」と嘘をついた。私は潜入時には時々こういう戯れをやって自分を鼓舞することにしている。完璧に参政党支持者に擬態するのだ。本当はつらいけど、もう慣れている。
公園内ではそこら中で小競り合いが起きた。党スタッフが「アンチを相手にしないで」といった内容の注意喚起の紙を持ってアナウンスをしていた。抗議のプラカードを掲げて練り歩く人について回るスタッフがいた。ニヤニヤしながら「どうしてこんなこと(抗議)するの?」と絡む参政党支持者。
それを向けられた抗議者が「うるせえ。相手にしないでって注意書きが読めないのか。てめえはメロンパンでも食ってろ」と、つまり参政党的に「てめえは死ね」と同義の言葉をぶつけたりしていた。収拾がつかない状態になっていた。
比例候補者の演説では元ラグビー日本代表の後藤翔太がトップバッターだった。熱っぽく「私が政治に参加する意味は……」と言ったわずかな隙間に、抗議者たちが大声で「ありません! 意味はありません!」とツッコミを飛ばし、あまりのタイミングの良さに思わず聴衆もクスッとしてしまっていた。そんな激戦が延々と繰り広げられた。
■波紋を広げた「お母さんにしてください」
ウォッチャーとしては名言に期待していた神谷代表のスピーチだが、これが酷かった。抗議者をいじったりして「アンチが支持を拡大させてくれた」とヘラヘラするばかりだった。「スーパーサイヤ人になってやり返す」といった幼稚なワードはあったが、そのほか特に印象に残らなかった。
つまりそんなに面白くなかったということだろう。聴衆の数を見て「2万人来ているようだ」などと宣っていたが、公園の面積からはどう考えても盛りすぎだった。
そんな期待外れの代表のスピーチとは違い、世界の選挙史に刻まれるべき凄まじい名台詞を残したのが、東京選挙区のさやだ。さあ来たよ、皆さん。
万雷の「さや」コールに涙を浮かべ、自分を鼓舞するように何度も両手でガッツポーズを繰り出し、最後のお願いを発した。
「明日、必ず……勝利を手にして……、わたしを皆さんの……皆さんの、お母さんにしてくださーい! 日本人のために働く、お母さんにしてください!」
■「お母さん」発言の真意
その叫びを聞いた時、私は「⁉」となって、横に座るおば様たちと顔を向きあわせた。「今、お母さんにしてって言いましたね……」「言ったね……」みたいな短い言葉を交わし、首をかしげながらの「んん~? なんだそれ……」という笑顔が拡がった。
支持者の多くも「お母……さん……?」「お、おお……! おおおお!(拍手)」と、ちょっと間を作りながら困惑していた。もちろん抗議者からは爆笑と「きもーい!」との嘲笑が沸き起こっていた。
公園内にいるというウォッチャーや記者の方々に片っ端から「お母さんにしてくださいw」とXでDMを送ったところ、みんな爆笑したり「なんでこんなやべえこと言う奴が支持されるんだ」と悲しんだりしていた。
彼女は「当選=母になる」と思っていたのだろうか。なぜ唐突に「お母さんにして」と叫んだのか。その答えは、抗議者のプラカードにあったと推察できる。まあ読者の皆さん、少し落ち着いて私の話を聞いてくださいよ。
あの瞬間、さやは抗議者が掲げていた「『お母さん』に全てを押しつけるな」のプラカードが目に入ったのではないか。それはちょうどステージの正面にあった。
■結婚公表でファンはがっかり
参政党は、この選挙の第一声で神谷が「男女共同参画は間違っていた」と発したように、今の時代に合っていない古い家庭観を持ち続けている。女性は早くから子どもを産んで母親として常に家に居て子育てに集中することが素晴らしいと思い込んでいるのだ。さやも、そうした参政党的な家庭観を大事にして、日本をよくしたいということを以前から述べていた。
だから演説の締めにさしかかった頃、抗議プラカードの「お母さん」のワードに、「これだ!」と思ったのではないだろうか。それまでの演説者もアンチ煽りをしまくっていたから、自分も邪魔なコイツらに何かチクリと言ってやりたい……と。
お前ら左翼やアンチは参政党が理想にしている「お母さん」が嫌なんだろう、じゃあこの選挙に勝って私が母親になってやるよ。そのように考えたのではないか。そうでなくては、あの話の流れから唐突に「お母さん」のワードが出た説明がつかない。
と、まあどんな変な勘ぐりをしても、そしてどう嘆いても結果は出てしまった。
ご存じの通り、25年夏のこの参院選で参政党は躍進を遂げた。さやは東京選挙区で2位の66万票以上を得て当選。つまり以後6年間は都民の皆さんのお母さんとなって……いや、お母さんいじりはもういいや。飽きた。
さやが選挙後には本名が塩入清香であることと、著名な音楽家と結婚していることを公表すると、おじさんファンがみんなガッカリしたとかいうアホな報道も出ていた。この顛末も含めて何もかもレベルが低くて絶望しかない。

----------

黒猫ドラネコ(くろねこどらねこ)

Webライター、漫画原作者

九州出身の40代。ネット上のデマや怪しい案件を観察するのが趣味で、スピリチュアルビジネス、偽医学・疑似科学、反ワクチン、陰謀論などを分析した記事を各メディアに寄稿。登録者2万7000人を超えるメルマガ形式のニュースレターでは潜入ルポなどを定期配信している。

ニュースレター:「トンデモ観察記

----------

(Webライター、漫画原作者 黒猫ドラネコ)
編集部おすすめ