中国のAI産業が急成長している。日本にはどんな影響があるのか。
防衛大学校共同研究員の伊藤隆太さんは「米国は中国への半導体の輸出規制を強化したが、実際には中国AIの国産化を促してしまった。習近平がこの技術を情報戦に組み込めば、日本はミサイル攻撃を受けなくても1週間以内に“支配”されるおそれがある」という――。
■ミサイルより先に来る「見えない侵略」
台湾有事と聞くと、多くの人はまずミサイル、艦艇、戦闘機を思い浮かべる。だが、米中対立の主戦場はすでに海や空だけではなく、人工知能(AI)、そして情報空間へ広がっている。
その広がりを支えるのが、AIを訓練・運用する計算能力であり、米国が中国への先端半導体規制を強めてきた理由もそこにある。では、米国の半導体規制は本当に中国AIを止めているのだろうか。むしろ、その規制が中国製チップと中国製AIモデルの結びつきを強め、中国政府の安全保障戦略と接続されることで、日本にとってより厄介な“AI侵略戦争”の時代を早めているのではないか。
このリスクが日本に直結するのは、AIが有事の「前段階」を変える技術だからである。国産チップで動く生成AIが情報戦に組み込まれれば、偽の首相会見、偽の避難情報、偽の企業発表、偽の銀行不安が同時に流れ、行政、メディア、金融、物流、通信、自治体は、物理的な攻撃を受けていなくても事実確認だけで動きが鈍る。
ここでいう「侵略」や「支配」は、日本列島の軍事占領ではない。情報空間と意思決定の環境を、短時間だけでも相手に握られるという意味である。
従来の情報工作には、人員、言語能力、標的理解の限界があった。
生成AIはその制約を崩す。日本語の癖、地域事情、企業文化、政治家の発言傾向を学び、文章、音声、画像を大量に作り分けられるからだ。
見落としてはならないのは、中国AIが米国AIを超えるかどうかだけではない。米国による半導体規制で中国のAI開発が止まっていると日本が思い込み、危機の初動を揺さぶられることである。ここでいう「最強AI」は万能の魔法ではなく、社会の判断を揺さぶりうる最先端級AIを指す。
■“中国産の最強AI”が開発されたらどうなるか
そもそも、現時点でAIによるサイバー攻撃のレベルはどこまで上がっているのだろうか。
直近で大きな話題を集めたのが、米アンソロピック(Anthropic)の「Claude Mythos Preview」だ。同社は2026年4月7日、Claude Mythos Previewを新しい汎用言語モデルとして発表し、コンピューター安全保障の作業で際立った能力を示したとして、Project Glasswingを立ち上げた
では、そのMythos Previewはどの水準のサイバー能力を持つのか。Anthropicがプレビュー公開と同時に発表したフロンティアレッドチームの技術解説によれば、同社は、Mythos Previewが、主要な基本ソフト(OS)や主要ウェブブラウザの実コードを対象に、利用者が指示した場合、ゼロデイ脆弱性(開発者すら把握していない未知の欠陥)の発見と悪用まで行えることを確認したと説明している。加えて同社は、責任ある開示のために人間の専門家による検証を進めている高・重大度の脆弱性を数千件規模で特定したとしている。
象徴的なのが、MozillaのFirefoxに対する実験である。
前世代のClaude Opus 4.6が数百回の試行で2件しか動作する攻撃コードを書けなかった同じ脆弱性群に対し、Mythos Previewは181件の動作する攻撃コードを自律生成した。Mozilla自身も、Firefox 150のリリースでMythos Previewが発見した脆弱性271件を一括修正したと公表している
さらに、セキュリティ重視で知られるOpenBSDで27年間気づかれていなかった致命的なバグや、動画処理ライブラリFFmpegに16年前から潜んでいた脆弱性まで掘り起こした。英国AIセキュリティ研究所(AISI)の独立評価でも、Mythos Previewは、脆弱な企業ネットワークを想定した32段階の攻撃シミュレーションを、10回中3回、最初から最後まで完遂した最初のAIモデルとされた。ただし同研究所は、この評価環境には実際の防御側や検知ツールがなく、十分に防御された実システムを攻撃できるとまでは言えないとも明記している。
Anthropic自身、こうした攻撃側の能力に鑑みてMythos Previewを現時点では一般公開しないと発表している。
■日本を麻痺させる“AI侵略戦争”
では、仮に中国がClaude Mythos Previewと同等のAIモデルを開発し、日本が対抗できる手段を持っていなかった場合、どのような事態が起きるだろうか。
中国が高度な生成AI、大規模言語モデル(LLM)、画像生成、音声生成、自動翻訳、データ分析、サイバー分野の分析能力を統合した場合、日本で起きうるのは、目に見える侵攻より先に来る認知の混乱である。
政治家、官僚、企業幹部、記者、研究者の発言を偽装した投稿、実在メディアに似せた偽ニュース、自治体発表に似た偽の緊急情報、金融機関や大手メーカーをめぐる偽情報が同時に出回りうる。
内閣官房も、生成AIやディープフェイクにより偽画像・偽動画を容易に作成でき、人の目では真偽を見極めにくい情報にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)等で触れる機会が増えていると注意を促している
AIは相手の反応を観察し、怒り、不安、不信を広げやすい言葉や映像を選び直す。自由な報道、自由な投稿、政府への健全な疑いは民主主義の強みだが、危機時には混乱の経路にもなる。

これはサイバー攻撃の具体的手順の問題ではない。社会が「何を信じて動くか」を奪われる問題である。仮に台湾有事の直前にこれが起これば、日本政府は自衛隊、在日米軍、避難、金融安定、エネルギー確保、世論対応を同時に処理しなければならない。最大の標的は、サーバーだけではない。政府、企業、メディア、国民の間にある信頼そのものだ。
■「日本の支配」は1週間で完了する
中国はどのくらいの時間で日本を「支配」できるのか――。
ここでいう支配とは領土占領ではなく、政府・自治体・企業・メディアの判断機能が相手のペースに引きずり込まれる状態を指す。生成AIによる偽情報の同時拡散と重要インフラへのサイバー攻撃を組み合わせれば、その状態まで1週間もかからない。過去の重要インフラ攻撃の時間軸を、AIによる偽情報拡散と重ねると、想定される展開はこうなる。
0~数時間:AI生成の偽首相会見動画と偽の弾道ミサイル発射速報がSNSで同時拡散。声紋・映像とも本人と区別困難。
3~6時間:偽の地方銀行破綻情報が広がり、ATMとコールセンターに問い合わせが殺到。
本物のシステム障害との切り分けが困難に。2023年3月の米シリコンバレー銀行(SVB)破綻では、SNSで信用不安が拡散した結果、わずか1日で約420億ドル(約5.5兆円)の預金が流出し、米下院議員から「SNSによる初の取り付け騒ぎ」と評された。さらに2024年7月のインドでは、銀行向け技術プロバイダーC-Edge Technologiesへのランサムウェア攻撃で、約300の小規模銀行のATM・UPI決済が一時停止している
12~36時間:偽の自治体避難指示と「水道汚染」情報が複数県で拡散。2021年2月のフロリダ州オールドスマー浄水場のサイバー攻撃事例では、攻撃から実害発生まで24~36時間あったとされる
2~3日:港湾・電力など重要インフラへの実サイバー攻撃が混在し、本物の障害と偽情報の判別が困難に。2023年7月の名古屋港統一ターミナルシステム(NUTS)障害ではコンテナ搬入・搬出作業が約3日間停止した(国土交通省港湾局「港湾分野における情報セキュリティ確保に係る安全ガイドライン(第3版)事案事例集」、日経クロステック)。
5~7日:同事例集が示すように、トヨタ自動車は輸出向け自動車部品梱包工場4カ所のラインを7日間停止した。物流・製造・世論への波及が定着し、政府の意思決定は事実確認に追われ、正常な政治的な判断が下せなくなる。

つまり1週間とは、日本列島が物理的に制圧されるまでの時間ではなく、社会が「何を信じて動くか」を奪われるまでの目安である。これが、AI時代の「支配」の現実的な意味だ。
■「中国が追いつくまで半年から1年」の警告
この仮想シナリオはただの空想ではない。
米専門媒体GovInfo Securityは2026年5月6日、Anthropicのダリオ・アモデイ最高経営責任者(CEO)がニューヨークでの金融サービス向けイベントで、中国のモデルはMythosからおよそ6~12カ月遅れていると述べ、脆弱性修正の時間はその程度だとの趣旨を語ったと報じた
この発言を予言として受け止める必要はない。AI企業トップの発言には、自社技術の重要性を強調する文脈もある。だが、能力差が年単位ではなく月単位で縮むという認識は重い。半導体規制があっても、モデル設計、データ、推論技術、国産チップ最適化が進めば、能力の拡散は止まらない可能性がある。
日本の危機管理は、中国が米国を完全に追い越したら考える、では遅い。追い越してはいないが、十分に社会を混乱させられる段階を想定すべきである。日本語で説得力のある偽情報を作り、反応を分析し、混乱を増幅するには、最先端から少し遅れたAIでも脅威になりうる。
■米中で激化する“AI開発戦争”
米国を中心とした各国でAI開発が進むなかで、中国は民間企業だけでなく、国家の総力を挙げてAI開発に取り組んできた経緯がある。
中国の国務院は2017年7月、「次世代人工知能発展計画」(新一代人工智能発展規画)を発布し、2030年までに「世界の主要なAIイノベーションセンター」として理論・技術・応用のすべてで世界トップに立つという国家戦略を打ち出した。
2022年10月の第20回中国共産党大会で採択された報告書には、人工知能(AI)を含む戦略的新興産業を育成し、デジタル経済を加速させる方針に加え、「情報化・智能化された戦争」の特徴や無人・智能化作戦能力の発展への言及がある。これに象徴されるように、AIは民生のみならず軍事力の中核に据えられ、「軍民融合」路線の柱となっている。

これに対し米国は、中国への関税と輸出管理、投資規制を重ね合わせた包囲網で応じてきた。
第1次トランプ政権が2018年に通商法301条に基づき中国産品に追加関税を発動したのを皮切りに、2019年5月には商務省産業安全保障局(BIS)が華為技術(ファーウェイ)を「エンティティ・リスト」に掲載した。
さらにバイデン大統領は2023年8月、半導体・量子情報技術・AIの3分野で米国から中国への対外投資を制限する大統領令にも署名している。AIをめぐる覇権争いは、純粋な技術競争ではなく、経済制裁の応酬を伴う国家間競争として展開されてきたのである。
■経済制裁の“意外な副作用”
なかでも米国が最も力を込めて締め上げてきたのが、AIの土台となる先端半導体である。
大規模言語モデル(LLM)や軍事用の自律システムを動かすには膨大な計算能力が必要であり、その心臓部が画像処理半導体(GPU)などの先端チップだからだ。中国のAIを止めるには、その「燃料」であるチップへのアクセスを止めるのが最も効くという理屈である。
米商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月、中国による高度な計算チップ、スーパーコンピューター、先端半導体製造能力の取得を制限する規制を導入している
2023年10月にも、人工知能(AI)の軍事利用に必要な高性能チップや製造装置へのアクセスをさらに制限する措置を公表している。狙いは、中国の軍事近代化、監視能力、スーパーコンピューター利用を抑えることだった。
高性能GPUを絞れば、最先端モデルの訓練は難しくなる。この発想は合理的である。だが、相手が諦めるとは限らない。輸入できないなら国産でやるという号令が、技術者、企業、地方政府、投資家を一つの方向に動かすことがある。
■規制によって急成長した「中国AI産業」
半導体規制は中国AIを遅らせる一方で、中国AIの自立を促す副作用が出始めている。
その逆説を示す象徴が、DeepSeekと華為技術(Huawei)である。2026年4月24日のロイター記事によれば、中国のDeepSeekは、Huaweiのチップ技術に適応した新たなAIモデル「V4」のプレビュー版を発表した。
同記事は、DeepSeekが過去にNvidia製チップに依存していたことと対照的に、Huaweiとの連携が中国AI産業の自立を示す動きだと報じている。
ただし、過大評価してはいけない。同じロイター記事は、DeepSeek V4が長いテキスト処理に強みを持つ一方、画像や動画など複数種類の入力・出力には対応しない制約にも触れている。万能AIの完成ではない。それでも重要なのは、米国製GPUを前提にしないモデル開発と、中国製チップへの最適化が同時に進み始めた点である。
さらに4月29日のロイター記事は、DeepSeek V4の発表後、HuaweiのAscend 950 AIチップへの需要が急増し、字節跳動(ByteDance)、騰訊(Tencent)、阿里巴巴(Alibaba)などが新規注文を巡ってHuaweiに接触したと伝えた
単なる新製品発表ではない。中国製チップ、中国製AIモデル、中国クラウドの利用者が、一つの産業圏へ集まり始めている。
■経済制裁は「国産化の支援」にもなる
経済制裁や技術規制は、短期的には相手の開発速度を落とす。先端GPUが入りにくくなれば、訓練コストは上がり、研究の試行回数も減る。これは事実である。だが長期的には、別の力学が働く。輸入が難しくなれば、政府は国産化に補助金を注ぎ、企業は代替技術に投資し、研究者は手元のチップで最大性能を出す方法を磨く。
米商務省は2025年3月にも、中国の高性能計算、先端AI、スーパーコンピューター、高性能AIチップ関連の能力取得を制限するため、国家安全保障や外交政策上の懸念があるとして指定した企業や団体のリストである「エンティティーリスト」への追加を発表した。米国にとって規制は必要な安全保障手段である。だが、中国側から見れば、米国依存から離れる政治的・産業的な理由がさらに強まる。
国家安全保障で問われるのは「世界最高性能か」だけではない。国内で調達でき、政府、軍、国有企業、民間プラットフォームに組み込めるAIなら、米国製の最先端モデルに届かなくても十分危険になりうる。規制されているのだから中国AIは遅れているはずだ、という安心こそ危うい。
■日本が捨てるべき思い込み
日本に必要なのは、中国AIを過小評価しないことだ。日本語データ空間の防衛を国家安全保障の課題として扱い、政府、自治体、企業、メディアが偽情報対応訓練を行う必要がある。重要インフラのサイバー防衛も、AIによる大量の偽情報、問い合わせ、なりすまし、異常検知の負荷を前提に見直すべきだ。
具体的には、政府発表の真正性を国民がすぐ確認できる仕組みを整える。金融、電力、通信、交通、医療、自治体は、偽情報とサイバー障害が同時に起きる訓練を行う。企業幹部や研究者を狙うなりすまし教育を経営層に広げ、メディアは危機時に「未確認」と「確認済み」を明確に分ける編集体制を準備する。
内閣官房は、外国による偽情報を含む影響工作が各国の世論や意思決定に影響を及ぼすため展開されていると説明する。また、サイバー対処能力強化法と同整備法が2025年5月16日に成立し、5月23日に公布されたとも説明している。この流れを、生成AI時代の危機管理に接続しなければならない。
AIセーフティ・インスティテュート(AISI)は、安全・安心で信頼できるAIの実現に向け、AIの安全性に関する評価手法や基準を検討・推進する機関である。日本は同盟国と協力しつつ、日本語の偽情報、企業秘密の流出、自治体の混乱に自力で対応する能力を持たなければならない。
本当に恐ろしいのは、中国AIが明日にも米国製AIを超えることではない。日本が「半導体規制があるから中国AIは止まっている」と思い込み、備えを怠ることだ。
規制は必要である。しかし、規制は相手の進化を止める魔法ではない。むしろ国産化を加速させることさえある。台湾有事より先に、日本の情報空間と意思決定を揺さぶる“AI侵略戦争”は始まるかもしれない。日本が守るべきものは、領土だけではない。社会が事実を共有し、冷静に決める力である。

----------

伊藤 隆太(いとう・りゅうた)

防衛大学校 共同研究員/戦略コンサルタント

防衛大学校共同研究員、NovaPillar Advisory LLC戦略コンサルタント、博士(法学)。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科後期博士課程修了。慶應義塾大学・広島大学助教、日本国際問題研究所研究員等を経て今に至る。Co-Chairs of the IPSA Research Committees (RC12)、APSA Committee of Best International Security Article等を歴任。単著論文はInternational Affairs誌に‘Hybrid Balancing as Classical Realist Statecraft’ (2022)、‘Hubris Balancing’ (2023)、International Relations誌に‘A Neoclassical Realist Model of Overconfidence and the Japan–Soviet Neutrality Pact in 1941’ (2023)、‘Outrage Balancing’ (2026)、単著研究書は『進化政治学と国際政治理論』(芙蓉書房出版、2020)、『進化政治学と戦争』(芙蓉書房出版、2021)、『進化政治学と平和』(芙蓉書房出版、2022)、編著研究書に『インド太平洋をめぐる国際関係』(芙蓉書房出版、2024)等がある。

----------

(防衛大学校 共同研究員/戦略コンサルタント 伊藤 隆太)
編集部おすすめ