※本稿は、大矢俊雄『教養としての為替』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■データで見る円高・円安と日本経済の関係
これまで、しばしば「円高の時期には日本経済は停滞する」と言われてきました。
その理由としては、円高になると、日本の主要産業である自動車産業などの輸出に不利に働くこと、などが挙げられてきました。実際、円安になると日本の株価が上がる傾向にあることも確かです。
ここでは、円高の経済への影響をデータで検証してみたいと思います。
用いるのは、ドル円レートと、内閣府が公表している「景気後退期」を示したグラフです(図表1、グレーの部分が景気後退期)。
グラフが上に行くほど円安で、下に行くほど円高になります。
これを見ると、景気後退は、必ずしも円高が進行した場合だけに起きているわけではありません。特に、1997~99年と2001~2002年など、円安がピークの時にも生じていたことが分かります。
また、「景気後退期」には、バブルの崩壊(1991~93年)やアジア通貨危機(1997~99年)、リーマンショック(2007~2008年)等、円のレートの強弱が引き起こしたとは考えられないものも多く起こっています。
為替レートの変動と景気後退の関係で、どちらがどちらを引き起こしたのかの分析は簡単ではありません。
その結果として、急激な為替の変動が経済にさらに深刻な影響をもたらす可能性がある、ということは言えるかもしれません。
■バブル崩壊後95年に史上最高値の79円75銭
このように為替の世界では、「常識」と言われてきたことがあります。
たとえば、先ほど紹介した「円高が進行すると日本経済は停滞する」というのは、その1つですが、それでは「日本経済が良い時は円高になる」という「常識」はどうでしょう?
ここからは、この伝統的な「常識」が、本当にデータで裏付けられるものかどうかを、見ていきたいと思います。
たとえば、円が史上最高値を付けた1995年、日本経済はどういう状況だったでしょう?
バブル崩壊が顕著になった1991~93年に景気後退期の中で円高が進行し、95年に入っても円高が進み1月に「阪神・淡路大震災」が発生した後、4月に史上最高値(当時)の1ドル=79円75銭を付けました。
これをどのように解釈すれば良いでしょう?
最初に言いたいことは、為替の取引を行う人たちの動機はさまざまであり、日本経済の状況はその動機の1つに過ぎない、ということです。
日本の景気後退期とドル円レートの間に明確な相関は見られないということは、先ほど示した図表1の通りです。
「為替は相対的なもの」であり、ドル円レートで言えば米国と日本の各々の状況の影響を受けます。
したがって、ここでは日本経済のみを見るのではなく、米国経済の様子もチェックする必要があります。
■日本経済悪化→円買い=円高になる理由
さらに、もう1つ認識しておくべきなのは、「経済が良くない故に円買いが生ずる」という事象が起こりうることです。
その一例としてよく引き合いに出されるのは、バブルが崩壊した1990年代の前半、バブル期に海外資産に投資した日本企業の経営が悪化して、海外資産を売却して円に戻す動きが増加した、という指摘です。
この動きは、一般的に「レパトリ(repatriation)」と言います。
では、1995年の円高に、バブル崩壊後の「レパトリ」が本当に寄与したのでしょうか?
ここでは、それを検証してみましょう。
図表2は、1991年から1997年までの「投資収支」とその内訳の推移を示したグラフです。
棒グラフのⒶの部分が日本から海外への投資(対外直接投資)の金額で、棒グラフのⒷの部分が海外から日本への投資(対内直接投資)の金額を示しています。いずれも投資の「実行」額から「回収」額を差し引いた「ネット」金額です。たとえば、対外直接投資では、「回収(=レパトリ)」が多くなると、このネット金額のプラスは減ることになります。
その「対外直接投資」の額と「対内直接投資」の額の差額(ネット額)が折れ線の「投資収支」で、これがゼロ横線よりも上であれば、日本から海外への「投資」がプラス(=日本から海外への「キャッシュ」の流出)ということになるので、円安要因になります。
1990年代前半から、投資収支の折れ線は緩やかに右肩下がりで、96年前半、ついにゼロ横線を割り込んでいます。
■1995年の円急騰の見方
特に、「レパトリ」の文脈で重要なのはⒶの「対外直接投資」で、92年上半期と93年上半期がゼロ横線を割り込んでいる、ということです。
これは、新規海外投資(実行)より、海外からの投資撤退・資金引き揚げ(回収)の方が多い、ということを示すので、まさに「レパトリ」が多く起こっていた証と推察されます。
しかし93年下半期以降、Ⓐの「対外直接投資」はプラスに転じます。さらにここで注目していただきたいのは、Ⓑの「対内直接投資」の動きです。
96年に「投資収支」がゼロ横線を割り込んだ(=ネットで日本へのキャッシュ流入)のは、92年から93年にかけて対内直接投資がマイナスになった(海外勢が日本への投資を引き揚げた)後、94年以降は「対内直接投資」が基調として増加した影響が大きいことが分かります(94年以降は「対外直接投資」も「対内直接投資」も基調として増加を続け、平常時に戻るような動きがあったことが示されています)。
「対内直接投資」は海外から日本への投資なので、これが増えたことが94年以降の為替レートにも影響を与えたことが見て取れます。
これが、バブル崩壊後に外国企業による日本企業の買収が増えたためなのか、それ以外に理由があるのか。分析するのも面白いかもしれません。
80円割れのドル円の史上最高値(当時)を付けた1995年上半期は、「レパトリ」の観点からは急激な動きは見て取れません。
まとめると、「レパトリ」は1992年と1993年に大きな動きがあり、それが円高の進行に寄与したのかもしれませんが、95年にドル円レートに急激な動きがあったのは、レパトリだけでは説明できず、海外からの投資増や投機筋の動きなど、他の要因もあったと推察されます。
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大矢 俊雄(おおや・としお)
DeNAチーフエコノミスト
元財務省審議官、元国際協力銀行常務取締役、元内閣官房内閣審議官。1986年大蔵省(現・財務省)入省。現在はDeNAチーフエコノミストを務める。著書に『霞が関官僚の英語格闘記「エイゴは、辛いよ。」』(東洋経済新報社)などがある。
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(DeNAチーフエコノミスト 大矢 俊雄)

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