※本稿は、若宮和男『超・アート思考 AI時代の人間の創造性とは何か?』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■「肩書き」「看板」を一度外す
企業のコアバリュー策定を含め、個人も含めて「自分」探しのお手伝いをする機会も多いのですが、その経験から「自分」を隠す罠が3つあることが分かってきました。
① 大きいものに隠れる
② 欠損と考える
③ 当たり前だと思う
① 大きいものに隠れる
「大きいもの」とは個人や企業が「自分」の特徴だと思い込んでいるものです。個人で言えば自己紹介の第一声に言う「肩書き」であったり、企業の場合には「看板」となる事業だったりします。
なぜそう思い込むか、というと、ボリュームが一番大きく、周りからもそう言われる頻度が多いからです。刷り込みが繰り返されるうちに、それが「自分」だと信じてしまうのです。
たとえば、女性は結婚すると「○○さんの奥さん」や「△△ちゃんママ」と呼ばれ自分の名前で呼ばれなくなるという話がありますが、それが繰り返されるうちに「自分」を見失ってしまいます。企業でも売上の多い主力事業が目立つために代名詞となることが多いのですが、「周りからそうみられている」というのは最も外面的な特徴だということです。
それはいわばラベルにすぎません。太陽が出ていると星がみえないように、「大きなもの」は皮肉にも「自分」をみえなくさせてしまうのです。大きなものに隠れている「自分」をみつけるためには、「大きなもの」を一度外すことが必要です。
■統一感のなさは「課題」ではなく「自分の種」
② 欠損と考える
ユニークな特徴を欠損や欠点だと考えてしまう、というケースもよくはまりがちな罠です。
たとえば以前、唐津市の市職員や住民のみなさんのまちづくりワークショップをした際にこんなことがありました。
唐津市というのは面白い街で、縄文時代の遺跡から豊臣秀吉が朝鮮出兵したときの城跡・唐津城、明治時代の西洋建築の重要文化財など、街の中に「さまざまな時代」が混在しています。
ワークショップではまず、「他になくて自分にあるもの」という質問をします。
そこで出てきた答えは「歴史ある街」というものでした。
次に、「他にあって自分にないもの」という逆の質問をします。ここで「統一感がない」という意見が出てきました。唐津市の歴史は時代がバラバラで、「京都のような統一感がないのが課題。街に統一感が出るように市をあげて取り組んでいる」と。
これを「直すべき課題」と捉えるか「自分」らしい特徴と捉えるかによってまったく方向性が変わってきます。「欠損」とははたしてなにに対しての欠損でしょう? 「あるべき形」を前提してしまっているから欠損に思えるのです。
「あるべき形」は「当たり前」や「常識」、社会通念的な軸であり、そちらに向かうと他と「おなじ」に向かってしまいます。
■「いいもの」は既存の価値にロックされる
「歴史ある街」という一般的な軸では、京都が圧倒的ナンバー1でさらにその下には小京都がたくさん並んでいます。この軸で唐津市に興味をもってもらうのはなかなか難しいかもしれません。
しかし一見欠点にみえてしまう「バラバラ」のほうを新しい軸としてとると、「バラバラ」というユニークな軸で唐津が一番になれる可能性もあります。
「自分」探し、とはこのように「自分」本来の軸をみつけることなのです。
面接などでよく「あなたの強みはなんですか?」と聞かれたりしますが、僕は「強み」という言葉を極力使いません。「強み」や「長所」というと、一般的にあるべきとされる基準を暗黙のうちに前提にしてしまうからです。
そもそもある特徴を「強み」とみるか、「弱み」とみるかは視点によります。「フォーヴィズム」などの時代を変えたアートも過去の価値軸からは理解されず、欠点として酷評されました。
「いいもの」を考えるとその途端「既存の価値観」にロックされてしまいます。一見ネガティブに感じることにこそ「ちがい」の種が埋まっています。
③ 当たり前だと思う
最後の罠は、当たり前だと思う、です。
■一見不合理な選択に着目
アートパラダイムになり個人だけではなく、企業や組織でも「自分」が重要になってきています。これまでに数十社の企業のコアバリューの策定を支援してきましたが、コアバリューとは企業の「自分」探しのようなもので、企業は競合分析のしすぎや多角化によって、「自分」がよく分からなくなっているケースが多いのです。
他社にはないその企業の「本来的なつとめや性質」。他社でも提供できる価値しかない事業や会社は、究極を言うとつぶれても誰も困らず、代替可能であるということになってしまいます。そういう意味で「自分」は企業の存在意義そのものです。
組織、特に企業は、自らが及ぼす社会的影響について責任を果たすうえで必要な能力は、すべて身につけておかなければならない。しかし、それ以外の社会的責任の分野においては、行動の権利と義務は自らに固有の能力によって限定される。
特に組織は、自らの価値体系に合致しない課題に取り組むことを避けなければならない。
ピーター・F・ドラッカー『マネジメント』
企業や組織に「自分」という言葉を使うのは不思議な感じがするかもしれません。組織は人の集合体ですし、常にその構成員が入れ替わっているので、「自分」とは言えないような気がするのです。
しかし、一人の人間も毎日3000億個の細胞が入れ替わっているとも言われています。よく考えれば一つの個体にみえても構成要素が常に入れ替わっている。
その点では「法人」も一緒なのです。構成員が入れ替わりながらも、継承され、更新されつつ強化され続けているもの、それが「自分」です。
同業他社でも中に入ると空気のちがいを感じることがあります。こういった空気はどうやってつくられるのでしょうか。
企業の意思決定は合理的にされていると思われがちですが、数字やデータの比較だけでは実は意思決定されず、一見不合理な選択がされることがあります。
そうした価値観の根っこにあるのが「自分」であり、またその積み重ねでその会社の「らしさ」が強化されていきます。
■ありたい、あるべき「他分」を捨てる
個人や組織の「自分」探しのワークショップで最も難しいのが、「他分」を捨てることです。「自分」の特徴を書き出してもらうと、その中には「こうありたい」という理想的な自分の投影や、本当はそうではないのに「そうあるべき」と倫理や常識から出された特徴がかなり混在します。
そして、多くの場合、人はそういった「ありたい」「あるべき」を捨てたがりません。それがあるほうが安心だからです。
いくつか特徴をあげたら、その中から本当の「自分」以外のものはどんどん捨てていきます。この作業を「棒倒し」と呼んでいます。ポストイットに書き出されたたくさんの特徴の中から軸をみつけ、二択で勝ち抜き戦をしながらどちらかを捨てていくのです。
ポイントは、どちらも「自分」、と言いたくなるところをあえて二者択一することです。どっちもはダメですか? と聞かれますが、厳しく二者択一をしてもらいます。どちらかを必ず捨てる、という作業を通じて「自分」が研ぎ澄まされていくのです。
このとき基準とするのは、「いいか悪いか」ではなく(そうすると「ありたい」や「あるべき」を残してしまいます)、どちらがより「自分」らしいか、で考えます。
こうしてどんどん「他分」を捨てていきます。「肩書き」や「役職」は変わっても「自分らしさ」はなくならないのですぐ捨てられます。
あるところまでは迷いなく捨てることができますが、ちょうど砂浜に棒を立てて砂を取る「棒倒し」遊びのように徐々に取るのが難しくなってきて……最後のギリギリ、この砂を取ると棒がパタンと倒れてしまう! という瞬間がやってきます。
これを取られたら「自分」じゃなくなる! という最後の最後に残るのが「自分」です。
■「自分」だけのフォームをみつける
藝術家はアート制作を通じて「自分」を彫刻する作業を常に行っています。アート思考は「他分」を手放し「自分」を見出す運動なのです。
そうして「自分」を研ぎ澄まし、他にはない「自分」がみえると、実はすごく楽になります。
「大きなもの」の先入観から「あるべき」にとらわれていたり、あるいは他人と比較、競争して息苦しくなっていたのが、無理をせずとも「自分」が一番になれる軸がみつかるからです。「自分」だけのフォームがみつかることで、パフォーマンスがぐっと上がります。
活躍している人や素晴らしい企業(Great company)は必ず「自分」がみえています。たとえばスターバックスはコーヒーショップでありながらコーヒーそのものより「第三の場所」であることを大事にします。
もし、スターバックスが競合を意識して場所以上にコーヒーにこだわり出したり、あるいは利益のために回転率を上げようと椅子の座り心地を悪くしたりすれば、「他分」が増えてよくあるコーヒーショップになり、他と見分けがつかなくなるでしょう。
レゴは1990年代にはTVゲームの登場に危機感を感じ、アパレルやTVゲーム事業などに多角化し、「自分」を見失っていた時期がありました。それをヨアン・ヴィー・クヌッドストープ氏へのCEO交代をきっかけに「Building Experience(つくる楽しみ)」という本来の価値に立ち戻ったことでV字回復し、現在のような成長軌道に戻ることができたのです。
■「黒歴史」が歪さのヒントに
キャリアの相談を受けたとき、よく「黒歴史を隠すな」という話をします。今思うと恥ずかしい「黒歴史」や「厨二病」に「自分」が隠れていることがよくあるからです。
当時を思い出すとあまりに恥ずかしくて隠したくなりますが、恥ずかしくて言いたくないような「黒歴史」には、不器用ながらなにか「自分」のエネルギーが漏れ出ていることがあり、「歪さ」のヒントになるのです。
「セルフ・ブランディング」という言葉がありますが、人は「ありたい自分」だけを残して「黒歴史」を隠蔽しようとします。しかしいわゆる「いい」ものだけを残していくと丸くて人と「おなじ」ような形にしかなりません。
起業家はよく「原体験が大事」と言われますが、「原体験」には「黒歴史」的なものも多くあります。それをなかったことにして封印してしまえば、「黒歴史」は「黒歴史」のままです。「黒」かどうかは後の行動によって変わるのです。
「黒」は悪いことというのも単に思い込みにすぎず、他の人にとっては好きな色だということもあります。僕が今、いろいろな企業から新規事業の相談を受けるのも、大企業でものすごく失敗した経験を隠さずに話すようになったからで、失敗が「自分」らしい価値をかたちづくっているわけです。
他の誰ともちがう「歪な自分」に出会い直すために、「ありたい」「あるべき」を手放しましょう。
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若宮 和男(わかみや・かずお)
起業家、アート思考キュレーター
建築士としてキャリアをスタート。その後東京大学にてアート研究者となる。2006年、モバイルインターネットに可能性を感じIT業界に転身。NTTドコモ、DeNAにて複数の新規事業を立ち上げる。2017年、女性主体の事業をつくるスタートアップとして『uni'que』を創業。2019年には女性起業家輩出に特化したインキュベーション事業『Your』を立ち上げ、新規事業を多数創出している。著書に『ハウ・トゥ アート・シンキング』『ぐんぐん正解がわからなくなる! アート思考ドリル』(いずれも実業之日本社)などがある。
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(起業家、アート思考キュレーター 若宮 和男)

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