日々の為替相場を動かしている要素は何か。元財務省審議官でDeNAチーフエコノミストの大矢俊雄さんは「貿易や投資などの『実需』に基づく為替の取引の割合は小さく、大半は『持っていると得をする通貨』を買いたいという動機による取引である。
その動機に大きな影響を与えるものの1つが金利差であり、金利差に着目した『円キャリートレード』が円安の要因になってきた。この取引の潮目が変われば相場反転のきっかけになりうる」という――。
※本稿は、大矢俊雄『教養としての為替』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■為替取引の主役は「貿易」ではない
為替とは、異なる通貨の間の「両替」です。しかしそもそも「両替の動機」は何でしょう?
一般的なイメージとして、為替取引の主役は「貿易」だと思われがちですが、それは間違いです。
BIS(国際決済銀行)の外国為替市場に関する最新データでは、1営業日あたりの為替の取引額は東京市場分だけで4402億ドル、1ドル=150円で換算して約66兆円にもなります。
これに対し、2024年の日本の輸出・輸入額の合計は約220兆円で、1日あたりだと約6000億円に過ぎません。
この他、財務省の国際収支統計の2024年データによると、貿易以外のフローとしてサービス(旅行やロイヤリティー支払など)の受取と支払の合計額は、年間約72兆円、第一次所得収支の受取と支払の合計額は約90兆円、直接投資の対外・対内の実行・回収の合計額は約284兆円でした。これはいずれも「実需」と呼べるものかもしれません。
これらを貿易の額に加えても約666兆円、1日あたり約1.8兆円となり、先述した1営業日あたりの為替取引額の約66兆円に遠く及びません。
それでは、こうした「実需に基づかない」取引の動機は何でしょう?
ざっくりとした言い方を許していただければ、大半の為替取引の動機は「この通貨を持っていると得だろう」というものです。
■「持っていて得する通貨」3つの条件
では、「持っていて得をする通貨」とは何でしょう?
もちろん、「将来値上がりする通貨」、すなわち「強くなる通貨」の資産を持つと得になるのは当然ですが、では、どのような通貨が強くなる可能性が高いのでしょう?
それは、基本的には、「金利が高く、低インフレで、政治リスクの小さな国の通貨」ということになります。

金利が高い国の通貨は、その国の通貨に替えておけば利子所得が増えるので、魅力があるということになります。
また、いくら金利が高くても、物価上昇率がそれ以上に高いインフレの国の通貨は、持っていても購買力がどんどん低下していくので、魅力がない通貨になってしまいます。
政治リスクがある国の通貨は買いにくいのは当然ですね。
また、突然為替取引の規制を行うリスクのある国の通貨も買いにくいということになります。
逆に「有事のドル買い」という言葉があるように、政治的・経済的な安定性が評価され、世界有事の際にかえって避難先として買われる通貨もあります。
■為替関係者はどの金利に着目しているか
もう1つの大事な論点は、「金利」と言っても、その種類はいろいろあることです。
短いものは1日から、長いものは30年まで、さまざまな期間の債券が取引の対象となっています。
これも一筋縄では行かない話で、超短期の取引を繰り返している人もいれば、どっしりと長い期間の債券を買って運用する人もいるでしょう。
しかも、(ここでは多くは語りませんが)経済情勢によっては、2年の金利の方が10年金利より高くなる、という「逆イールド」と呼ばれる現象が起こることがあり、そうなると構図はさらに複雑化します。
問題は結局、為替関係者(投資家も含む)がどの長さの金利差に着目して取引するか、ということに行きつきます。日米の2年、5年、10年金利差(名目)とドル円レートの相関を示すグラフを見てみましょう。(図表1)
3つの金利差の動きは、いずれもドル円レートと一定の相関があり、顕著な差は見られないように思われます。

そして、重要なこととして、2年、5年、10年を問わず、2025年夏以降、金利差とドル円レートの動きが逆方向になり、ギャップが拡大していることが分かります。
2017年から2018年にかけてギャップが大きくなった時期はありましたが、この時期と比較しても2025年夏以降の「方向性が逆になる」動きは一層明らかだと思われます。
■「負けない取引」キャリートレードの仕組み
次に、金利差を動機として生まれる為替の取引である「キャリートレード」について、お話ししたいと思います。
たとえば、①米国の金利が高止まりしていて、日本との金利差が大きい、②今後も米ドルが対円でさらに強くなる可能性が高い、という状況がしばらく続くと仮定すれば、どのような為替取引を行えば収益を上げられるでしょう?
結論から言えば、「低金利の通貨(円)を調達して、高金利の通貨(米ドル)で運用する」という取引を行うことが合理的と考えられます。
上記の仮定の場合、まず円でお金を借りて、それをドルに替えます。ドルで運用すれば、円で運用する時より、高い利息収入が得られるはずです。
さらに、その運用中にもドルが対円で強くなっていけば、最終的にドルを再び円に戻した時には、高い利息収入に加えて、為替の利益も得ることができます。
この取引は、「円キャリートレード」と呼ばれ、日本の超低金利が続く間には「負けない取引」として、極めて多額の取引が行われたと考えられ、円安の要因の1つと言われてきました。
ただ、円キャリートレードは、「投機的な取引」もありますが、その全てがそうであるとは限りません。「ドル高はまだ続く」「日米の金利差はなかなか縮まらない」という予測をしている長期投資家も、このような行動をとる可能性があるからです。
■外国銀行在日支店の本支店勘定も参考に
ここでキャリートレードの実情をデータに語らせたいのですが、残念ながら円キャリートレードの額を示すデータはありません。定義がやや不明確なのと、先ほど述べたように、取引の動機を把握するのが困難なためです。

ただ、不正確であることを承知で、時折近似値として参照されるものを紹介します。
外国銀行の日本支店が本国の本店に送金した額を示す「本支店勘定」(資産)というデータがあります。このデータをグラフにしてみると、2022年3月のFRBの政策金利引き上げ開始後に金額が急増していることが分かります。(図表2)
このデータとキャリートレードの関連性に関しては、さらなる分析がなされることを期待します。
■キャリートレードの「反転リスク」
他方、すでにお気付きの方も多いと思いますが、キャリートレードは、先述した「金利差が大きい状態が続く」「ドル高円安が続く」といった前提のもとでは収益が上がりますが、トレンドが逆転し、前提が崩れた場合には、損失が出ることを覚悟する必要があります。
こうした重要な前提が失われたら、多くの「円キャリートレーダー」が慌てて(ドルが強いうちに)円に替えて利益を確定する動きに出る可能性があります。
そして、この流れがさらに円買いを加速させる可能性があります。これは、ドルのロングポジションの「巻き戻し」ということになり、相場反転のきっかけになることも考えられます。

----------

大矢 俊雄(おおや・としお)

DeNAチーフエコノミスト

元財務省審議官、元国際協力銀行常務取締役、元内閣官房内閣審議官。1986年大蔵省(現・財務省)入省。現在はDeNAチーフエコノミストを務める。著書に『霞が関官僚の英語格闘記「エイゴは、辛いよ。」』(東洋経済新報社)などがある。


----------

(DeNAチーフエコノミスト 大矢 俊雄)
編集部おすすめ