そこに先月“ラストピース”として加わったのが、中村俊輔コーチ。ご存じの通り、2006年ドイツ大会、2010年南アフリカ大会でエースナンバー10を背負ったレジェンドだ。国際Aマッチ98試合出場24得点という実績、そして2000年アジアカップベストイレブン、2004年アジアカップMVPなど、華々しいキャリアを誇るレフティだがW杯だけは思ったような活躍が叶わなかった。1998年のフランス大会は19歳で候補入りしながら、最終的に小野伸二との比較で落選。2002年の日韓大会は10番を背負って攻撃の主軸を担うと期待されながら、フィリップ・トルシエ監督の方向性との不一致もあってまさかの選外となった。
27歳で満を持して挑んだ2006年のドイツ大会は、初戦のオーストラリア代表戦で先制点を奪ったものの、最終的に1−3の逆転負け。そのままグループ最下位に沈んだ。自身も原因不明の発熱に見舞われ、大会通して不調にあえぐことになったのだ。
「ホテルの部屋のエアコンをつけないとか、バスダブにお湯を張って乾燥対策をするとか、やるべきことは全部やったけどダメだった」と当時は苦渋の表情を浮かべていた。凄まじい重圧がかかる大舞台でいかにして最高の状態を作り上げるべきなのか……。その難しさを本人も痛感させられたに違いない。
その4年後、自身の代表人生の集大成として31歳で挑んだ2010年の南アフリカ大会も、負傷が影響してコンディションがなかなか上がらず、本番直前にスタメンから外された。
「辛いというか、忍耐していて厳しい時もあった。できるだけ喋りたくなかったよね。喋らないのは申し訳ないと思ってたけど、耐えるのでいっぱいいっぱいだったから」と16年前の決勝トーナメント1回戦パラグアイ代表戦後、複雑な胸中を吐露する10番の姿が今も脳裏に焼き付いて離れない。「W杯に縁がない? 何なんだろうね。そういうふうにできてるんだろうね」とも語り、悔しさをにじませた中村。日本を背負いながら、誰よりも辛い思いをしてきた人物だからこそ、森保一監督はあえて代表の場に呼び戻したのだろう。
本番になれば、ケガをやコンディションを崩す選手も出てくるだろう。サブに回らざるを得なくなる選手もいる。4年前のカタール大会を思い返しても、酒井宏樹や冨安健洋がリハビリ続きで思うように状態が上がらず、久保建英は発熱で決勝トーナメント1回戦のクロアチア代表戦欠場を余儀なくされている。
「森保さんと話をする中で、自分に何ができて、何を還元できるかを考えました。与えられるばっかりじゃ役不足ですし、微力ですけど、代表のためにできることはないかという心境になって、今回の話を受けました。W杯はあくまで通過点ですけど、積み上げた準備が大事。もし結果がうまくいかなかったとしても、絶対に次に残る」と中村コーチは神妙な面持ちでコメント。選手たちの背中を押しながら、納得いくパフォーマンスを出せるように仕向けるという重要な仕事を確実に遂行してくれるだろう。
引退後にコーチとして一歩を踏み出した横浜FCでも、若手やサブ組の選手たちに慕われていた。今季からFC東京に赴いたDF橋本健人も「俊さんはもともとすごい憧れの人。同じ左利きだし、ボールの持ち方とかも含めてですね。その俊さんがBチームのコーチだったので『こんな機会は滅多にない』と思っていろいろ質問もしたし、盗んだりもしました。いてくれたことはすごく感謝してます」としみじみと語ってくれたことがある。
テクニックや戦術眼に優れる中村コーチは多彩なアドバイスもしてくれるだろう。
25日からスタートする日本代表合宿で“俊輔色”がどのように出てくるのか。まずはそこを興味深く見守りながら、日本代表の躍進を願いたいものである。
取材・文=元川悦子
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