サッカー北中米W杯の開幕(6月11日)まで、11日で1か月となった。昨季のJ1で鹿島を9季ぶり優勝に導き、W杯3度選出の楢崎正剛氏以来、GK史上2人目となるリーグMVPを獲得したGK早川友基(27)は初選出が有力。
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横浜Mのジュニアユースに所属していた中学校3年の夏。チームからユース昇格の見送りを告げられた早川は、自宅で父・成利さんと向き合った。「将来、どうなりたいんだ? サッカー選手を目指すのか、普通の一般的な生活を送るのか」。早川は「サッカー選手」と答えた。
「『じゃあ、それなりの対応を取るから。スパルタで接するから』と言われました(笑)。いい意味で厳しく育ててもらいました。いま考えたら本当にありがたかったですね」
中学時代は控え選手。身長が165センチと伸び悩んだこともあり、トップリーグの公式戦にはほとんど出場できなかった。それでもプロサッカー選手の夢は諦めなかった。
家族から食事や栄養面でのサポートを受け、サッカーと愚直に向き合った。
「横浜Mでトップに上がって試合に出ることが1番だったかもしれない。でも自分の中でいろいろ苦労しながら進んで、別の道で活躍することも全然間違いじゃなかったと思うし、これが正解だったかもしれない」
鹿島でも1年目は出場機会がなかったが、鍛錬を積んだ。2年目に出番を得ると、そこから一度もゴールマウスを譲ることなくフルタイム出場を継続し、昨季はリーグMVPも獲得した。
「自分に何かしらの影響だったり、いい機会を与えてくれた方々がたくさんいる。その人たちには本当に感謝したいですね」
4年前のカタールW杯を、旅行先のフランス・パリで見た。モロッコにルーツをもつ住民が祖国の躍進に歓喜し、爆竹や花火が飛び交うシャンゼリゼ通りに衝撃を受けた。「催涙ガスを食らいました」と苦笑いで振り返る。
「4年後は自分が、とかは全然考えてなかったです。まずは試合にたくさん出て、自分が上手くならないと、ということで精いっぱいでした」
この4年間で、立場は大きく変わった。鹿島の守護神としての自覚を胸に、25年7月の代表初招集以降、一度も外れることなくメンバー入り。ここまで4試合出場で無失点を継続している。
「W杯に行きたい、ではなく、必ず行くという思いに変わった」
正GK鈴木彩艶(パルマ)の壁は高いが、逆境に打ち勝ち、「成り上がり」を体現してきた27歳は、出番に備えた準備を怠らない。
「自分はチャレンジャーの立場。恐れるものはないので、自分が持っているものを出し切って、評価をもらえればいいだけだと思っています。自分の全てを出し続けていきます」
〇…10日のJ1百周年構想リーグ、敵地・横浜M戦で守護神・早川が勝ち点2を手繰り寄せた。1―1の後半アディショナルタイム、相手の強烈なシュートを「余裕を持って対応できた」と横っ跳びではじき出すと、PK戦では横浜Mの3番手・宮市のキックを倒れ込みながらキャッチ。「価値ある勝ち点2かなと思う」と中学生までを過ごした“古巣”からの勝利を誇った。2位FC東京と勝ち点4差となり、次節の千葉戦(17日・フクアリ)で90分で勝利すれば東1位が確定する。
◆W杯日本代表における過去の正守護神争い 98年フランス、02年日韓、06年ドイツの3大会は、川口能活と楢崎正剛による事実上の一騎打ちに。
◆「成り上がり」からW杯にたどり着いた過去の主な日本代表選手
▼中沢佑二(06、10年大会出場) 高卒時にJクラブからオファーがなく、ブラジルへのサッカー留学を経て、帰国後に東京Vの練習生からキャリアをスタート。歴代4位の代表通算110試合出場。
▼岡崎慎司(10、14、18年大会出場) 高卒での清水加入時の立ち位置は(FWの)8人中8番目だったと当時の長谷川健太監督が後に明かしている。10、14年大会で2大会連続ゴール。
▼長友佑都(10、14、18、22年大会出場) スタンドでの太鼓係だった時期を乗り越え、サイドバックにコンバートされた明大で才能が開花。日本サッカー界史上初の5大会連続出場目指す。

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