日本サッカー協会は15日、北中米W杯(6月11日開幕)に挑む日本代表メンバー26人を発表した。MF久保建英(24)=Rソシエダード=は、「日本の顔」として自身2大会連続のW杯に臨む。

14日もRソシエダード(スペイン)の一員として、敵地ジローナ戦の後半12分までプレー。最後の最後までアピールを続けて代表発表を待っていた。

 第2次森保ジャパンでは23年3月の最初の活動から、昨年11月まで唯一の招集“皆勤賞”。今年3月の英国遠征はケガで招集外だったが、39試合のうち26戦出場で6得点16アシストをマークし、MF伊東純也の6得点16アシストと並んで、得点関与数はトップ。24年9月のW杯アジア最終予選の初戦の前には「出た試合でしっかり結果を出す。このまま今の立場を崩さずに、(北中米W杯まで)中心選手としてチームを引っ張っていきたい」と話していた通り、この4年間で名実ともに代表の中心選手となった。

 前回大会の悔しさも晴らす。22年カタールW杯はチーム最年少の21歳で選出され、1次リーグ(L)では初戦のドイツ戦、第3戦のスペイン戦で先発出場するも、いずれも前半の45分だけで途中交代。さらに1次Lを終えた直後に発熱し、決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦を欠場。39度近い高熱に見舞われたためホテル隔離となり、チームがPK戦で16強敗退が決まった瞬間はピッチではなく、自室のテレビで見届ける悔しさを味わった。

 ただ、思うようなプレーを出来なかったあの時の経験や代表で過ごしてきた時間は、久保を変えた。W杯出場権を獲得した25年3月のバーレーン戦の試合後には「年月が進むにつれて、年上の代表選手に選手としての誇りやいろいろなことを教わって、人間として成長できた」と話したように、日の丸を背負った戦いの久保は、代表の勝利を最優先に戦う男になった。

 2度目のW杯は、名実ともに日本代表の中心選手として迎える。日の丸を背負って成長を続けてきた日本の至宝が、日本初のベスト8、そして、W杯優勝という夢をかなえる戦いに挑む。(後藤 亮太)

◆久保建英(くぼ・たけふさ)2001年6月4日、川崎市生まれ。24歳。小学3年から川崎U―10でプレーし、11年夏にバルセロナ入り。15年にFC東京U―15むさしに入団し、17年にトップチームに2種登録。18年の横浜FMへの期限付き移籍を経て19年にRマドリードへ。マジョルカ、ビリャレアル、ヘタフェへのレンタル移籍を経験し、22年にRソシエダードに完全移籍。21年東京五輪、22年カタールW杯出場。代表通算48試合7得点。173センチ、64キロ。左利き。

編集部おすすめ