オークスに、有力馬のドリームコアを送り出す予定だった萩原清調教師=美浦=が、愛馬の晴れ舞台を前に20日、病気のため亡くなったことをJRAが発表した。67歳だった。

 現役のままダービートレーナーが旅立った。ドリームコアは自ら手がけたノームコアの娘。母は19年のヴィクトリアマイル、20年の香港カップの国内外G1を含む重賞5勝を挙げた。今年のクイーンCを制した娘は、桜花賞では9着に敗れたが、3戦3勝の東京で巻き返しが期待されている。

 ホースマン人生44年目、30年近い調教師人生だった。1982年から美浦で厩務員、調教助手を務め、96年に調教師免許を取得。同年に美浦で開業した。99年の共同通信杯4歳S(当時)をヤマニンアクロで勝利して重賞初制覇。その後も勝利を積み重ね、09年にはロジユニヴァースで競馬界最高の栄誉とされる日本ダービーを勝ち、ダービートレーナーに輝いた。

 18年のチャンピオンズC(ルヴァンスレーヴ)、21年の安田記念(ダノンキングリー)で制すなどJRA・G1は通算4勝。JRA重賞は通算27勝を挙げ、勝利数は5月18日時点で743勝。美浦の有力調教師として長い期間にわたって手腕を発揮してきた。

 萩原師はドリームコアが出走した桜花賞の追い切り時に栗東トレセンで共同会見に臨み、「前走はいい瞬発力を見せてくれました。出走の態勢は整ってきたかなと思います」と話していたが、関係者によると最近は体調を崩していたという。華やかな樫の女王決定戦を前に、突然の別れとなった。

 ◇所属変更 JRAは20日に死去した萩原清調教師の管理馬の転厩先をこの日、発表した。オークスに出走予定のドリームコアを含む全44頭が、21日付で美浦・大竹厩舎に所属することになった。

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