元日本テレビでフリーの上重聡アナウンサーが30日放送のフジテレビ系「ジャンクSPORTS」(土曜・午後4時半)に出演。PL学園入学時の自身への評価の低さを明かす一幕があった。

 今回は「第1回PL学園OB会」。甲子園を春夏7度制覇。82人のプロ野球選手を生んだ伝説の名門校・PL学園野球部OBが集結。過酷な寮生活や野球部に存在した謎すぎるルールなどを明かした。

 「PLでは1年生の夏からピッチャーとしてベンチに入りました。3年の夏では甲子園であの松坂大輔と延長17回を投げ合いました」と自己紹介。

 「1年生の夏から私、甲子園のメンバーに入らせていただきまして。PLのピッチャーでは桑田真澄さん、前田健太、私しかいないという」と続けた後、「私、勉強の方もできまして、その後、立教大学に行って、PL学園野球部史上初の局アナになりました」と笑顔で振り返った上重アナ。

 共演の片岡篤史さんが「1年生の中にも特待生と特・特待生があった」とほぼ全員が特待生のPL野球部の中でも自身は普通の特待生で同期の立浪和義さんや橋本清さんは授業料や野球部の部費が免除の「超特待生」だったと説明。

 自身が普通の特待生だったことを明かした上重アナは「僕は超末端で一番、多分下で」と自虐的に話し出すと「同級生、7人投手を取るんですけど『君は6番目だから、3年間で1回でもユニホームを着られたらラッキーと思って入れますか?』って言われました」とPLに誘われた当時のスカウトの言葉を回顧。

 片岡さんに「それで1年からメンバーに入れたんやろ? ちょっと、なんかあるよな? こいつな。6番目からメンバー入れないですよ」と、ツッコまれて苦笑していた。

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