◆JERAセ・リーグ 阪神2×―1広島=延長11回=(7日・甲子園)

 今季限りでの引退を表明している阪神・西勇輝投手が、引退試合に臨み、試合後のセレモニーではスピーチで周囲への感謝を口にした。以下はスピーチ全文。

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 本日は阪神タイガースの球団関係者の皆様、このような素晴らしい引退セレモニーを開いていただき、心から感謝しています。そして今日最後まで残ってくださった広島東洋カープの選手、スタッフファンの皆さん、大切な試合の後にこのような時間を作っていただき、本当にありがとうございます。そして、今日、この甲子園で最後まで残ってくださる阪神タイガースのファンの皆さん、本当にありがとうございました。

 高校卒業し 18歳でプロの世界に入りました。 18年間を振り返れば勝って嬉しかった日もあれば、打たれて眠れなかった夜もありました。思うように投げられず、もう無理なんじゃないかと思ったことも何度もありました。でもそれでも次の日になれば、またボールを握っていました。

 もう一度マウンドに立ちたい。その気持ちだけは最後まで変わりませんでした。今振り返って一番心に残っているのは勝ち星や数字ではありません。一緒に戦ってくれた仲間、指導してくださった監督、コーチ、毎日支えてくれたスタッフ、裏方の皆さん、そしてどんな時も背中を押してくださったファンの皆さんのおかげです。

 僕の力では 18年間も投げ続けることはできませんでした。

オリックスバファローズの皆さん、高校を卒業したばかりの何も分からなかった僕をプロ野球選手して育てていただき、本当にありがとうございました。僕の野球人生の原点は間違いなくオリックスです。

 そしてオリックス時代から応援してくださったファンの皆さん、嬉しい時も悲しい時もたくさんの声援で背中を押していただきました。あの頃、皆さんに応援しただいた時間があったかこそ、今の僕があります。本当にありがとうございました。

 そして、タイガースの皆さん、タイガースに来てからいい時も悪い時も、僕をチームの一員として受け入れてくれて、共に戦ってくださいました。皆さんと過ごした時間を誇りに思います。そして阪神タイガースの皆さん、甲子園のマウンドに上がるたびに聞こえてきた声援、名前を呼んでくれた声、そしてこの景色、僕は一生忘れません。うまくいかなかった時も、皆さんの声に何度も背中を押してもらいました。本当にありがとうございます。

 そして最後に家族へ。これまで僕は野球を一番にして生きてきました。

勝った日も負けた日も、嬉しい時も機嫌が悪い時も、一番近くで支えてくれました。妻へ長い間、僕が野球に集中できるように支えてくれて本当にありがとう。子どもたち、野球選手としてのパパーを応援してくれてありがとう。これからたくさん遊ぼうね。そして僕を産み野球と出合わせ、ここまで育ててくれた両親、小学校から長い間、僕の野球人生を応援してくれて本当にありがとう。

  18年間長かったようで振り返ってみれば、一瞬で苦しいことも悔しいこともたくさんありました。それでも今胸を張っています。僕はやりきりました。野球を通してこんなにもたくさんの素晴らしい人たちに出会えたこと、そして 18年間大好きな野球を続けられたこと、僕は本当に幸せです。僕はタイガースに来てよかったです。本当に 18年間ありがとうございました。

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 試合では歴代単独2位の307試合連続となる先発マウンドに上がり、初回は先頭の中村奨を130キロスライダーで遊ゴロに打ち取ると、続く勝田を3球三振。

最後は、菊池も空振り三振に仕留めた。2回、先頭の坂倉を三振に打ち取ったところで、マウンドに藤川監督や内野陣が集まり、熱い抱擁を交わした。すっきりとした表情でマウンドを降りた。

 ◆西 勇輝(にし・ゆうき)1990年11月10日、三重県生まれ。35歳。菰野高から08年ドラフト3位でオリックスに入団。12年10月8日のソフトバンク戦で無安打無得点試合。18年オフにFAで阪神移籍。19年にゴールデン・グラブ賞。通算352試合に登板し、127勝113敗、防御率3・10。181センチ、83キロ。右投右打。

推定年俸3億円。

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