錦織圭という奇跡【第22回】
土居美咲の視点(3)

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◆土居美咲の視点(1)>>錦織圭からのLINE「思わずスクショしちゃいました」
◆土居美咲の視点(2)>>錦織圭のアドバイスは「今までの打ち方でいい」

「私、見ていて一番面白いと思うのが、圭くんの試合だと思います」

 世界ランキング30位、オリンピック出場2回、2016年ウインブルドン・ベスト16。現在34歳の土居美咲さんは、錦織圭と同時代をツアーで過ごし、戦いの舞台や空間を共有した、かつての日本女子テニスの牽引役だ。

錦織圭に引退を伝えたら「うそだーー」 土居美咲は「一番好きな...の画像はこちら >>
 2023年10月にキャリアに幕を引き、今は解説者や指導者として活躍中。そんな彼女は、「世界中の名だたる選手たちの中でも、圭くんが一番、見るのが好きな選手」だとうれしそうに言った。 

「空間の使い方がめちゃくちゃうまい。次に何が来るかわからない。予測できないプレーをするので、見ていて楽しいんだと思います」

 錦織の魅力をそう語る土居さんは、ふと思い出したように「そういえば!」と声のトーンを上げ、次のような思い出を話し始めた。

「実は私、一度だけ圭くんとポイント練習をしたことがあるんですよ。どういう経緯かはあまり覚えていないんですが、NTC(ナショナルトレーニングセンター)で練習していた時に、圭くんから『やろうよ』と声をかけてもらって。それでたしか、タイブレーク(7ポイント先取)をやりました。

 その時のことで鮮明に覚えているのが、『すべて圭くんに見透かされてる』という感覚なんです。もてあそばれているというか、見抜かれているというか......。

 こっちがやろうとしていることが全部、バレてるみたいに感じたんですね。逆に圭くんは、どこからでもエースを取れるという雰囲気を醸し出すので、こちらはどんどん追い詰められていく。

 ショットで言うと、やっぱりフォアハンドですね。私自身、圭くんのフォアを参考にしていたので、なおのことそのすごさを身をもって感じたんだと思います。

 とにかく、懐(ふところ)が深い。ラケットを引いて構えた時、どこにボールが飛んでくるのか、本当にぜんぜん読めないんです。しっかり体をひねってタメを作り、打つ直前まで体が開かず打つコースを隠している。だから圭くんが構えると、『次に何が来るんだろう!』とワクワクするんだと思います。

 しかも、そこからのショットが多彩ですよね。こちらとしては、どこに打たれるかわからないので下がって対応しようとすると、今度はドロップショットでやられる。そういうゲームメイクのセンスが、本当に飛び抜けているんです」

【圭くんを、本当に尊敬している】

 ネットを挟み対峙したことで、五感で知った錦織圭の強さの精髄。それは、錦織の卓越した感性と身体感覚で編み出された、唯一無二のテニスだろう。

 ただ、錦織に憧れ、模倣することで、多くの人々が似たプレーをできるようにはなる。今、後進の指導にあたるなかで、土居さんは日本テニス界における錦織の影響力を目の当たりにしているという。

「今の時代、ドロップショットを打てる選手は増えているし、当たり前になってきています。

でも、私が若い頃は、そこまでいなかった印象でした。今は日本のジュニアの子たちも、めっちゃうまいですよね、ドロップショット。やはり圭くんを見て育っているから、自然とやりたくなるんだと思います。

 私がジュニアの頃はまだ、ドロップショット打ったら怒られましたからね。ちょうど転換期ぐらいだったと思うんですけど、ドロップショットは"サボり"だと捉えられていた時代でした。だから私、ドロップショットの練習なんかしたことなかったし、打とうという発想もなかったんです。

 プロになってから練習し始めましたけど、やっぱり幼少期から遊び感覚でやってないと、身につけるのは難しい。ナチュラルに打てるようにはならないですよね」

 錦織圭というひとりのスターの登場により、変わった日本テニス界の光景──。土居さん自身も、ジュニアから若手プロ、そしてトップツアー選手へと立場を変えるなかで、その変遷を目に映してきた。

 錦織影響下のツアーで戦ってきた土居さんは、錦織よりも先に、その舞台を去った。直接の原因は、腰椎分離症。「ケガのせいで、成長に割ける時間がない。

納得できるパフォーマンスを、継続的に発揮するのが困難になった」ことが理由だった。

 2023年の夏、土居さんは錦織に、引退の決断をLINEメッセージで伝えた。ケガがその原因であることと、「復活への道を歩み始めた圭くんを、本当に尊敬している」という敬意とともに。

【またコート上で輝く姿を、楽しみに...】

「うそだーーー」

 返ってきたのは、涙の絵文字つきの、真っすぐな感情の吐露。同世代が去ることへの寂しさと、ケガとの戦いへの共感と、そして旅立つ盟友へのエールが綴られていた。

 長くケガと戦いながらもコートへの情熱を失わず、下部大会群にも出場する今の錦織の姿は、土居さんの目にどう映っているのだろうか?

「本当に、純粋にテニスが好きなんだろうなと。それ以外の理由が見つからないです。

 私が言うのも憚(はばか)られるくらい大変なケガをずっとしているし、復帰と離脱を繰り返している。たぶん、私のケガなんてケガに入らないレベルだと思いますが、それを乗り越えたいと毎回思える強さと、本当にテニスがしたいという情熱があるんだと思います。直接聞いたわけではないので、私の想像ですが。

 テニスのツアー生活って、仮にすごく健康だとしても、けっこう続けるのが大変だと思うんです。それは自分の経験だけではなく、周りの選手を見ていても思うことではあります。

 私は、自分がかつていた場所より上に行けるのか、見たことのない景色が見られるまでがんばれるかと想像した時、体の状態を考えると、そこまでのモチベーションが湧かなかった。だから、圭くんが今もモチベーションを保ち続けられているのは、本当にすごいなと思います。

 正直、私には想像もつかないんです。絶対に心が折れる瞬間もあると思うんですが、それを食い止めるだけの情熱があるということですもんね。

 圭くんがどこを目指し、どこまで思い描いているのかはわからないです。ただ、圭くんのATPチャレンジャー(ツアーの下部大会群)での試合映像を見た時、やっぱり、すごく面白いなって思ったんです。

 どの大会でも、相手が誰でも、やっぱり圭くんのテニスを見るのが、私は好きなんですよね。どのレベルの大会で戦っていても、圭くんは特別感があるなって思いました。

 それは別に、圭くんに長く現役を続けてほしいとか、どこまで行ってほしいというわけではないんです。圭くんがやると言ったらみんな楽しんで見るし、『やりきった』となれば、もちろんみんな『おつかれさま』ってなるし。たぶん、それだけだと思うんです」

 土居さんが2年半前に、引退の決断を錦織に伝えたメッセージ──。その最後は、万感を込めたこの一文で結ばれていた。

「またコート上で輝く姿を見るのを、楽しみにしています。ずっとずっと、応援しています」

(つづく)

◆伊藤竜馬の視点(1)>>

【profile】
土居美咲(どい・みさき)
1991年4月29日生まれ、千葉県大網白里市出身。6歳からテニスを始め、2008年12月に17歳8カ月でプロ転向を表明。2015年10月のBGLルクセンブルク・オープンでWTAツアーシングルス初優勝を果たす。2016年のウインブルドンでは初のグランドスラム4回戦進出。オリンピックには2016年リオと2021年東京の2大会に出場。2023年8月に現役引退を発表。WTAランキング最高30位。身長159cm。

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