日本ダービー・G1(5月31日、東京競馬場・芝2400メートル)でロブチェン(牡3歳、栗東・杉山晴紀厩舎、父ワールドプレミア)が勝ち、デビュー18年目の松山弘平騎手=栗東・フリー=が11度目の挑戦でダービージョッキーとなった。中央競馬担当の内尾篤嗣デスクが、同騎手について取材してきたことなどを振り返った。

 15年以上前、早朝の栗東トレセン。土曜の取材で厩舎を回り、池添兼雄厩舎へ。レースの日なのに大仲(従業員の休憩所)には、所属の松山弘平騎手がいた。私を見て、当時2年目の若手だった松山騎手は「僕、きょう乗り馬がいないんですよ。騎乗馬が集まるように、宣伝してもらえませんか」と申し訳なさそうに言ってきたのを覚えている。当時はこんなに優しい少年が、過酷な世界で生きていけるのか心配で仕方なかった。

 若手の頃、なかなか馬が集まらないときもあったが、心配は杞憂(きゆう)に終わった。すぐに売れっ子ジョッキーとなり、4年目の中日新聞杯(2012年)ではスマートギアで重賞初勝利。どれだけ勝利を積み重ねても丁寧な応対は変わらず、いつも取材後には「ありがとうございます」と頭を下げてお礼をしてきた姿が思い浮かぶ。

 人にも馬にも真摯(しんし)な姿勢で向き合い、多くの関係者に愛されてきた。ドリームバレンチノでの重賞2勝を含むJRA42勝を贈った加用正・元調教師が24年春に定年引退を迎えた際には、送る会を企画して司会をした。加用さんは「あんなかわいい子はいない。

ずっと応援している」と定年後もうれしそうに話していた。

 昨夏に死去した「メイショウ」の松本好雄さんも、松山騎手にほれ込んだ一人だ。メイショウテッコンで2018年の菊花賞に挑戦する際のインタビューで、コンビを組む同騎手について「非常におとなしくて優しい子で、勝負師としてどうなのかなと思ったのですが、レースに行ったら、とてもいいファイトがありますね。好青年で、私の馬券対象の一人です。これから日本を背負っていく、期待の若手ジョッキーだと思います」。目をかけていた通り、騎手として大きく成長し、ついにダービージョッキーになった。

 たまにしか栗東トレセンに行かない私だが、見かけたときには、いつも丁寧に「内尾さん、お久しぶりです」とあいさつをしてくれる松山騎手。やっぱり誠実で応援したくなる人柄のジョッキーが、大レースで輝く姿を見るのはうれしい。馬上で涙を流す姿を見て、私も感無量だった。本当に、おめでとうございます。これからも日本を背負って立つ騎手として、松山時代が長く続くことを願っています。(中央競馬担当・内尾 篤嗣)

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