錦織圭という奇跡【第25回】
伊藤竜馬の視点(3)
◆01松岡修造の視点>> ◆02細木秀樹の視点>> ◆03奈良くるみの視点>>
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◆06デイビッド・ロウ&マット・ロバーツの視点>> ◆07土居美咲の視点>>
◆伊藤竜馬の視点(1)>>小5の錦織圭を見て「なんや、この子!?」の衝撃
◆伊藤竜馬の視点(2)>>「まじ強い」って言われてちょっと興奮した
元世界ランキング60位。武器は『ドラゴンショット』の異名を取った右腕からの超剛球。
現在37歳の伊藤竜馬さんは、錦織圭とともに日本男子テニスの黄金世代を形成したひとりだ。
2024年に一線を退いたあとは、望月慎太郎ら日本のフロントランナーから未来を担うジュニアまで、幅広い世代の選手たちを指導。コーチとしての伊藤さんは、現役時代の豪放磊落(ごうほうらいらく)なイメージとはやや異なり、選手の特性を見極める精緻な視線と、繊細な気配りで知られる。選手時代の伊藤さんは、錦織とコート内外で多くの時間をともにし、公式戦で対戦もした。今は指導者や解説者としても活躍する元世界60位は、『テニスプレーヤー錦織圭』の強さの本質をどこに見出しているのだろうか?
「まずは、誰もが言うことだとは思いますが、ボールのとらえ方がいいですよね」
伊藤さんが、解説する。
「ボールへの入り方とか、『当て感』がほかの人とは違う。表現が難しいんですが、ボールをすごく厚いグリップで当てる能力が高い。しっかりとボールをつぶし、反発力を生かしてドンと強いショットを打つような、独特の感覚を持っているなといつも感じています。
そんな打ち方ができるのは、フットワークがいいからでもあると思います。どんなボールに対しても、しっかりうしろに入っている。
加えて、ラリー中に浅くなったボールへの入りがとても早い。
ボールをとらえるタイミングが早いため、対戦相手には、実際のスピードよりもボールが速く感じられる。錦織から受ける重圧や焦燥は、対峙したことがある者だからこそ知る体感だろう。
錦織最大の弱点と言われるサーブに関しても、伊藤さんは、攻略する難しさを明かす。
「早いタイミングで相手をどんどん追い詰めていくのが、圭はすごくうまい。サーブにしても、スピードがあるわけではないんですが、サーブからの3球目のクオリティがほかの人に比べてすごく高い。
深いリターンに対しても下がらずに、ポンっとラケットで合わせて返すんですね。そのショットの選択肢も多いし、セレクションも実に的確。空間をうまく使いながら相手のリズムを崩せるのは、彼の大きな武器ですよね」
【圭は練習より試合をしたい選手】
錦織の強さを表現する際に、「センス」や「創造性」はよく用いられる言葉である。では、そのような「独特の感覚」は、いかにして培(つちか)われるものなのだろうか? 指導者としての経験や信念も投影するかのように、伊藤さんは次のように分析した。
「僕が初めて圭の試合を見たのは、彼が小学5年生の時。その当時から、今と同じようなテニスをしていました。よく、圭が強くなれたのはIMGアカデミーに行ったからだと言われますが、彼のテニスの基礎はその前からできていたと思うんです。
そこはおそらく、彼が子どもの頃に教わっていた島根のコーチがすばらしかったんじゃないかと思いますね。
僕らが子どもの時代は、練習といえば左右の振り回しが多かったと思うんですね。特に大きなテニスクラブだと、どうしても全体練習が多くなるので、そうなりがちだった。だから横の動きは強くても、前の空間を使う選手は少なかったように思います。
ドロップショットの練習も、あまりやらなかった。そもそもドロップショットを打つことは、『逃げ』みたいな風潮もあったんです。
そんな時代にもかかわらず、圭はきっと『ドロップショットもどんどん打っていいよ』という雰囲気のなかで練習できていたんじゃないでしょうか。コートを広く使えるのは、コーチとの出会いもよかったんだろうなと思います」
天からのギフトのように見える創造性やセンスも、日々の積み重ねで習得したスキルでもある。伊藤さんがそのように感じる理由は、直に見てきた錦織の練習風景にもあるようだ。
「練習での圭は、同じメニューを繰り返しやることは少なかったように見えました。自分のことを『飽き性』だと言っていましたね。だから練習でもいろんなパターン練習をしていたし、それが試合でも生きているんだと思います。
基本的に圭は、やっぱり練習より試合をしたい選手だとは思います。試合の時の圭は、すごく楽しそうに見えますもん。圭は駆け引きが好きだと思うので、実戦でその楽しさを味わいたいと思っているとは思います」
【圭はボールを打つ時に『間』がある】
いかに才能があろうとも、技の習得には反復練習は不可欠だ。その練習を単なる「繰り返し」ではなく、興味深いものになるよう工夫する能力。それもおそらくは、テニスプレーヤー錦織圭の稀有なる才能なのだろう。
現在はジュニアや若手を導く立場の伊藤さんは、錦織圭を間近に見てきた経験や知識を、指導に生かすことはあるのだろうか?
しばし考え、伊藤さんが答える。
「全部はマネできないと思うんですけど、やっぱりフットワークや、ボールに対しての入り方は参考になると思います。
たとえば、ちゃんとボールのうしろに体を入れて、しっかり体重移動をしながら打つこと。すごく基本的なことですが、圭はそれをやっていたと思うんです。
圭の場合は、打つ時に『間』があるんですね。間があるからこそ、打つショットの選択肢が増える。その間というのも、すばやくボールのうしろに入っているから作れる。
伊藤さんは現役時代から、錦織の試合や練習を見るのがとても好きだったという。「見ていて楽しい。純粋にファンみたいな感じでした」とも。
その時に感じた『錦織圭のテニスの魅力』は、伊藤さんのなかに息づいている。そして彼の指導を介し、後進たちにも伝わっていくはずだ。
(つづく)
◆伊藤竜馬の視点(4)>>「うつ病」を察して「大丈夫?」とメッセージ
【profile】
伊藤竜馬(いとう・たつま)
1988年5月18日生まれ、三重県員弁郡北勢町(現・いなべ市)出身。9歳からテニスを始め、大阪・長尾谷高時代は数々の国内ジュニアタイトルを制し、2006年にプロ転向を表明する。2008年からATPツアー参戦を開始し、2011年の全米オープンにてグランドスラム初出場。2012年のロンドンオリンピック日本代表に選出される。2024年4月に現役引退を発表し、10月でラストマッチを終える。ATPランキング最高60位。ATPチャレンジャー通算7勝。



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