この記事をまとめると
■いまや当たり前となった運転支援機能やハイブリッドシステムは世に出るまでは苦難の連続だった



スバルの運転支援機能の研究は1989年から始まり、2008年のアイサイトで花開いた



■21世紀を見据えた車両開発によりエンジンとモーターのハイブリッドモデルとして初代プリウスが誕生した



スバルのアイサイトの研究は1980年代から始まっていた

SUBARUのアイサイトは、数ある運転支援機能のなかでも運転者の感覚に沿う優れた運転支援機能だ。最大の特徴は、ステレオカメラと呼ぶふたつのカメラで前方を注視する機能を基本とすることである。現在では、他のセンサーと合わせて車両の周囲360度を監視するようになったが、永年にわたりステレオカメラでの熟成を目差し、独自の解析手法を開発して今日に至る。



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アイサイトの歴史は古い。国による先進安全車両(ASV)開発は1991年にはじまったが、アイサイトの根幹技術であるカメラによる画像解析の研究を、SUBARUは1989年からはじめている。センサー技術として音波や電波を使うことも考えられるが、SUBARUがステレオカメラに的を絞った理由は、人間が情報を得るうえで9割を目に頼っているからだ。



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一方、独自に行ったカメラの画像解析は困難を極め、実用化したのは約10年後の1999年であった。その機構は、ADAと名付けられ、機能は、車線逸脱警報/車間距離警報/車間距離制御クルーズコントロール/カーナビゲーション連動カーブ警報/シフトダウン制御など、多岐にわたる。しかし、その分高価になり、普及は進まなかった。



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そこで機能の取捨選択を行い、アイサイトという新たな名称で2008年に改めて車載され、「ぶつからないクルマ?」という宣伝を含め、たちまち人気となったのであった。



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ある人は、「クルマも自分と一緒に前を見ていてくれるのですね」と感想を語ったが、それほど人間の感覚に近い安心感をもたらす運転支援機能である。



クルマがエンジン/モーター二刀流になるとは誰も思ってなかった

初代プリウスがトヨタから発売されたのは、1997年のことだった。同じ年に、気候変動枠組条約の第3回締約国会議(COP3)が開かれ、京都議定書が採択された。世界的な脱二酸化炭素が動き出す。



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最終的にプリウスとして発売されるハイブリッド車(HV)の誕生に至る開発がはじまるのは、1993年だった。

当時はまだHV開発と目標が定められていたわけではない。21世紀を見据えた提案型の新たな車両開発をするための企画として、G21プロジェクトが立ち上げられたのだ。



当初、HVは技術的な水準が高すぎて採用が困難だと判断されたが、電気自動車(EV)を開発していた組織と連携してHV開発の組織が発足するのである。



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HVは、走行中にエンジンが始動したり停止したりする。これを自然に繰り返すため、可変バルブタイミング機構が用いられた。これもいまでは当たり前の技術になっているが、当時は実用化へ向け、耐久信頼性を見極めながらの開発が容易ではなかった。



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また、それまでモーターで走り、エンジンは発電用に使うシリーズ式HVはあったが、総合的な燃費向上を目指すシリーズ・パラレル式の例はなく、モーター駆動とエンジン駆動を切り分けたり、同時に行ったりする遊星歯車を活用した動力分割機構は、トヨタ独自の構想だ。



開発がはじめられたころは2000年に発売予定であったのを、1997年末に前倒しとなり、そして発売された初代プリウスは、HVとしてだけでなくセンターメーターの採用や、やや背の高い4ドアセダンの外観など、従来に見られない価値の創造も含まれていた。



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「21世紀に間に合いました」という宣伝文句そのままに、クルマの新たな時代を拓き、世界を驚かせたのであった。

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