「また汚れてきた。どこかで洗車しないと……。」日本と違って、中国ではなぜかよく砂や泥、葉っぱがつく。

私の車が白色で、目立つからだろうか。以前ほど気にしなくなったが、誰かを乗せる時が来ると、その前日に洗車に行くか自分でタオルを濡らして1周拭くようにしている。

家族も身寄りもいないこの中国で、私は車を購入した。その日は2024年元日。辰年の私にとって良い1年を送りたいと思い、大胆な決断をした。私にとって忘れられない中国滞在エピソードは、まさに車契約から納車までの約1ヶ月間お世話になった中国人との物語である。

1月1日昼の2時。街は年越しムードの最中、私は車に詳しい中国人の友人を誘って、一緒にディーラーに来た。友人は「家族(私)の車選びを手伝いに来た」と説明し、私の代わりに細かい質問を投げかけてくれた。私が理解できない機能の専門用語も全て確認してくれて、最終的には交渉でかなり安くなった。「親切にしてもらえて良かった。交渉ありがとう」と後で友人に話すと、「いい人だったね。

でも、惜しいな。まだ交渉頑張れた」と言っていた。友人はその日中、まるで本物の家族かのように親身になって私の味方をしてくれた。

これはまだ物語のエンジンをかけたにすぎない。その翌日から、私は必要書類の準備に取り掛かった。まずは近所の派出所へ宿泊登記表の発行に、次にその書類とパスポートを持ってディーラーへ。アニキ(実際は40代、日焼けのあとが残る担当営業マン)が契約書を用意してくれて、それにサイン、頭金を支払った。順調に加速中だったが、その後、ブレーキと後退が必要になった。書類の氏名の表記が漢字かアルファベットかという問題である。実は、運転免許証、宿泊登記表、契約書など、全て別々の表記だった。税務局へ行って提出すると、その場で申請を却下されてしまった。

アニキが突っ切ろうとするにも、そうはいかなかった。

アニキは「俺らも外国人のお客さん初めてで。すまんが、また一から頑張ろう」と励ましてくれた。私も内心がっかりしつつ、アニキを信じて気持ちを切り替えた。それからディーラーを数回往復し、アニキと一緒に全ての書類の修正と再発行を行った。

1月下旬。その日は私の誕生日で、ついに待望の納車を控えていた。ディーラーに着くと、店頭には私の車が停められていて、窓拭きを終えたアニキが、「よし!行くぞ!」と笑顔で呼びかけてきた。驚くほど車がピカピカで、私は1周見てから乗った。それからアニキの運転で、車両管理局まで車両登録とナンバープレート選びをしに行った。無事完了すれば、そのまま自分で運転して帰宅できたのだが……またブレーキがかかった。その日は週末だったこともあり、担当の係員が不在だったのだ。

帰り道、車の中でアニキは申し訳なさそうにしていた。

「誕生日なのに、すまんなあ」と何度も謝るのに対し、私は「大丈夫、また次来ればいいから!」と笑って答えた。すると、アニキはこう尋ねた。「……あんたさあ。自分の良いところ、何だと思う?」突然の質問で驚いた。私の長所、何だろう。すぐには思いつかない。アニキはつかさず口を開く。「自分でわからないか?ハハ、あんた、めっちゃ前向き。何度も何度も往復して、いつも笑顔で来て。不満とかちっとも言わないしさ。」

いや、アニキのほうが前向きだと思う。私が笑顔だったのは、アニキがいつも笑顔だったから。「類は友を呼ぶ」というように、似たもの同士が自然と出会ったのか。

はたまた、その笑顔や明るさが私に影響を与え、「笑う門には福来る」ように、幸運を招いているのか。しかも、初めての外国人客を相手に、わかりやすい言葉で説明し、複雑な手続きも進めてくれた。この親身になった「おもてなし」は日本と同じかそれ以上ではないかと思う。私がこの一連の経験を通して感じたのは、中国人も日本人も「人を思いやる心」は変わらないということだ。文化や習慣の違いはあれど、誠意を持って接すれば必ず通じ合える。

これまで車とディーラーの営業マンとの話をしてきたが、そもそもなぜ中国で車を購入するに至ったか。私は2022年8月から、山東省済南市の大学で日本語教師として、主に中国人と日本人の交流の促進を目指して活動している。現勤務校では、日本語専攻の大学生たちが週末に「日本語コーナー」を行っており、毎回現地の日本人を乗せて向かい、会話交流に参加してもらっている。

また、青島市などの近隣都市で同様の交流会を開催する機会も増えた。これまで走った1万6000キロメートルの道中、車内で生まれた会話や、イベント参加者との交流は、この車なしでは得がたいものだった。この車は単なる移動手段ではなく、人と人とをつなぎ、新たな物語を生み出している。「日中の架け橋を翔ける車」である。

今後はどんな人と一緒に、どこへ向かうだろうか。どんな出会いが待っているだろうか。それを楽しみに、今日もこのあと洗車に行く。

■原題:愛車で翔ける日中の橋

■執筆者プロフィール:松本 彩花(まつもとあやか)日本語教師

2000年、三重県生まれ。地元の高校を卒業後、関西外国語大学に入学。大学2年時、ニュージーランド・リンカーン大学及び中国・北京語言大学に語学留学。中国留学中、留学生会主催の日中交流会で中国人ランゲージパートナーと出会ったことがきっかけで、「中国で日本語教師になり、日中交流を広める」と決意。2022年3月大学を卒業し、同年8月に山東省済南市の大学に赴任。現在も同市の大学で日本語教師を勤めている。

※本文は、第8回忘れられない中国滞在エピソード「レンズ越しに見えた『本当の中国』」(段躍中編、日本僑報社、2025年)より転載したものです。文中の表現は基本的に原文のまま記載しています。なお、作文は日本僑報社の許可を得て掲載しています。

「誕生日なのに、すまんなあ」=中国で受けた日本以上のおもてなし―中国滞在エピソード

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