このほど韓国・釜山で開かれた国連教育科学文化機関(ユネスコ)の会合で、奈良県の「飛鳥・藤原の宮都(きゅうと)」の世界遺産登録が決まった。明日香村、橿原市、桜井市にまたがる遺跡群は、6世紀末から8世紀初めにかけて日本の都だった魅力あふれる土地であり、登録は遅すぎるくらい。

特に飛鳥に思い入れのある私にとっては、とてもうれしいニュースだ。今後、飛鳥への注目度は一気に高まるだろうが、観光客の急増に伴う弊害が少し心配だ。

古墳、宮殿跡で古代に想いを馳せる

個人的な話で恐縮だが、私は2007年秋に当時勤務していた会社から大阪勤務を命じられ、09年春にかけて1年7カ月ほど単身赴任した。当時(おそらくは今も)、大阪の単身赴任族の多くは、週末になると時間を見つけては関西各地を観光していたが、最も人気の行き先は京都だった。しかし、私は大阪在勤中、個人的に京都を訪れたのは2回だけ。代わりに目指したのは奈良県各地の寺社や遺跡で、離任時に手帳を確認したところ、1年7カ月の間に30回奈良を訪れていた。その中でも蘇我馬子や厩戸皇子(聖徳太子)、天武天皇らが活躍した飛鳥は古代ロマンにあふれる素敵なエリアで、何度も足を運んだ。

飛鳥の魅力の一つが、各地に点在する古墳だ。女帝・推古天皇(在位593~628年)の時代の最高実力者だった蘇我馬子の墓と言われる石舞台古墳は飛鳥の象徴とも言える存在で、巨石を積み上げた石室に圧倒される。1972年に飛鳥時代の壁画が発掘された高松塚古墳は、現在は築造当時の姿に修復され、隣接する高松塚壁画館で精密な模写を鑑賞できる。そのほか、やはり壁画が見つかったキトラ古墳や、白く輝く姿に修復された牽牛子塚古墳、律令制を整備して日本の基礎を築いた夫婦が合葬されている天武・持統天皇陵など、興味深い古墳は枚挙に暇がない。飛鳥を訪れた折にはぜひ古墳巡りを楽しんでほしい。

飛鳥時代の歴代天皇の宮殿があった飛鳥宮跡も見どころの一つ。

石敷きの遺構があるだけで建物は残っていないが、645年、この場所で中大兄皇子(後の天智天皇)らが当時の実力者・曽我入鹿(馬子の孫)を倒し、大化の改新の口火を切ったとされる(乙巳の変)。この事件の真相についてはさまざまな見方があるが、何が真実だったのか、古代の遺構に立って想像を膨らませるのも飛鳥ならではの楽しみだ。

ゾロアスター教の祭祀に利用?

古墳や宮殿跡とともに、お薦めしたいのが飛鳥の各地に残っている石造物巡りだ。これらは主に斉明天皇の時代(655~661年)に作られたと言われ、奇妙な姿が特徴的だ。

飛鳥宮跡近くの丘の上に残された酒船石は、長さ5.5メートル、幅2.3メートルの石の表面に幾何学的な模様が彫られた不思議な石造物だ。作家・松本清張が1970年代前半に発表した小説「火の路」で、古代ペルシャ(現在のイラン)で国教だったゾロアスター教の祭祀に利用したのではないかとの見解を示したのは有名な話。清張の死後に、すぐ近くで発見された亀形石造物も奇妙な姿をしており、彼が生きていたらやはりゾロアスター教の施設だと解釈したのではないだろうか。

「飛鳥・藤原」の世界遺産登録を喜ぶ、イラン関連?の石造物にも注目
酒船石

飛鳥にはほかにも興味深い石造物がいくつもあるが、私の一押しは近鉄飛鳥駅の裏手(石舞台古墳の反対側)の丘にポツンと残された益田岩船だ。長さ10メートル余り、幅4メートルほどの巨大な岩で、離れて見るとUFOが降り立ったよう。上面に四角い大きな穴が2つ開いており、自然物ではないことが分かる。誰が何のために造り、放置したのか。松本清張は、これについてもゾロアスター教との関連を指摘している。

「飛鳥・藤原」の世界遺産登録を喜ぶ、イラン関連?の石造物にも注目
益田岩船

こうした清張の主張は、必ずしも学会では受け入れられていないようだが、飛鳥時代にペルシャ人が来訪していたのは事実らしい。

その傍証となるのが、飛鳥の各地にある人をかたどった石像だ。たとえば飛鳥駅に程近い欽明天皇陵のほとりにある猿石。猿に似ているのでこの名があるが、人物と考えると、どうみても日本人など東アジア系ではなく、ペルシャ人に近い顔立ちだ。

このように、飛鳥の遺跡、遺構は分からないことだらけ。それが物足りないという人もいるかもしれないが、その分、見る者のイマジネーションを刺激する。古墳や宮殿跡に立って古代人の生活や行動を想像する。あるいは日本人離れした容貌の石像を見ながら、古代ペルシャなどアジア諸国との交流に想いを馳せる。それが飛鳥観光の醍醐味なのではないだろうか。

オーバーツーリズムの懸念

世界遺産に登録されたことで浮上するのが―これまで述べてきたことと矛盾するようだが―オーバーツーリズムへの懸念だ。地元の首長や観光業者らはテレビインタビューで、「これまで以上ににぎわってほしい」「外国からのお客さんも増えるだろう」と期待しているが、自分勝手な飛鳥ファンとしては、観光客の急増で静謐な雰囲気が壊れてしまうのでは、と心配してしまう。

私はこれまで何度も飛鳥に足を運んだが、人が多すぎると思ったことはない。益田岩船を訪れた時など、周囲に私以外誰もいなかった。

このように静かに古代ロマンを味わえるのが飛鳥の良さだったのだが、それが無くなってしまうのではないか。

ただ、飛鳥の場合、もちろん世界遺産登録で観光客は増えるだろうが、極端に増加することはない、という気がする。内外の観光客が押し寄せている奈良公園(奈良市)には、東大寺の大仏、阿修羅像など興福寺の仏像、そして人間と共生する鹿の群れという、分かりやすい観光の目玉がある。それに対し飛鳥では、日本古代の歴史についてある程度の知識がないと、遺跡や遺構を見ても想像を膨らませることができず、面白みを感じられないのではないか。外国人や一部の日本人観光客にとってはいささかハードルの高い世界遺産だろう。

それにしても、飛鳥の世界遺産登録を喜びながら、あまり観光客が増えてほしくない、静謐な雰囲気を壊してほしくないと願うとは…我ながら、身勝手だなあとあきれるばかりだ。

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