潜水器具も水中カメラも、ましてや水族館もなかった300年以上前、中国の人々は未知に満ちた海の世界をどのように知ろうとしていたのだろうか。
その答えの一つが、清代の人物、聶璜(じょう・こう)が残した「海錯図」にある。
こうして「旅をして、観察し、記録する」という作業を10年以上続け、1698年に完成させたのが「海錯図」だ。
全4冊から成る「海錯図」には、魚やエビ、カニ、貝など、371種の海洋生物とその関連情報が記録されている。当時の中国における海洋生物図鑑ともいえる貴重な資料だ。ページを開くと、実際に観察した海の生き物だけでなく、当時の民間伝承に登場する神秘的な生物も描かれている。
しかも聶璜は、絵を描くだけではなかった。絵の横には、生物の姿や生息地、習性などを文章で詳しく記録。さらに、食べ方や薬としての利用法、関連する伝説まで書き残している。
例えば、現在のトビハゼについては「跳魚」と呼び、「怒ったカエルのような目」「旗のような背びれ」と、その特徴を生き生きと描写している。絵には、泥の穴に入り、尾だけを外に出している姿も描かれている。
一方で、「海錯図」には聶璜自身が実際には見ていない生き物も登場する。例えばクジラについて、聶璜は「井魚」と記し、クジラが海面から水を噴き上げるという話を紹介している。また、ワニは福建省の商人から聞いた情報を基に描いたため、現代人の目から見ると大型のトカゲのような姿になっている。
こうした場合、聶璜は「自分では見ておらず、商人の話による」と記していた。つまり、自分の目で確認したものなのか、人から聞いた情報なのかを区別して記録していたのだ。
分からないことを無理に事実として扱わず、「自分は見ていない」と明記する。その姿勢こそが、「海錯図」が単なる生物画集ではなく、当時の中国人が海洋世界をどのように理解していたのかを知る上で重要な資料となっている理由の一つだろう。
「海錯図」はその後、清朝の宮廷に収蔵された。現在、第1~3冊は北京の故宮博物院、第4冊は台北故宮博物院に所蔵されている。また、作者の聶璜は「海錯図」をまとめ上げた後、歴史の記録から姿を消しており、その生涯については詳しく分かっていない。(翻訳・編集/RR)











