『おちょやん』第14週「兄弟喧嘩」
第68回〈3月10日(水)放送 作:八津弘幸、演出:小谷高義〉

「鶴亀勝てん劇だからや」
千代「うそつき」万太郎「なんやと」
【前話レビュー】団結せねばならぬ局面にギスギスし始める鶴亀家庭劇
万太郎(板尾創路)と千代(杉咲花)の組み合わせが良い。ふたりがサシで話をする場面に不思議な味わいがあった。ゆったりとどこかズレたへんな万太郎が相手だと、千代のきつい言い回しも中和される。
万太郎一座と鶴亀家庭劇。どちらが世界の喜劇王チャップリンに会えるか。次の公演で面白いほうが選ばれるとあって、千之助(星田英利)は暴走し、自分で台本を書いて主役をやると言い、その独善的な内容に劇団人を戸惑わせる。
千之助に命じられ、小山田正憲(曽我廼家寛太郎)が万太郎一座に潜入。台本を盗んだ容疑で責められているところを千代が助けに入る。多人数の万太郎一座と、たったふたりの千代と小山田。困っていると、そこに万太郎がやって来た。独特のゆったりした口調で、冗談ばかり言う。
「そない大きな声で俺のこと褒めんといて」
「息子がいつもお世話になってます」
「鶴亀勝てん劇だからや」(だから万太郎一座には勝てない)
座員たちは、そのつど笑う。独特な独裁的なムードに千代と小山田は困惑する。
「難儀なこっちゃなあ」(千代)
だが万太郎は台本を盗み読みしたことは問わず、いくらでも読んでいいと自信満々。次は万太郎十八番を日替わりでやると企業秘密を明かす。
千代に卵を渡して去っていく万太郎を追いかける千代。卵を小山田に渡して。ひとり残された小山田は「塩が欲しいな」とつぶやく。このゆるりとした、笑わせようとしているのかそうでもないのか、よくわからないへんなムードは、小山田がいつの間にか万太郎の世界に入り込んでいるようにも見える。世界全体の空気を支配する男・おそるべし万太郎。
「鶴亀勝てん劇」はちょっとおもしろかったのと、小山田が「このわしが体を張って聞き出したことはまあ礼には及ばぬ」と調子に乗るところはよかった。こういうのがずっとあるといいのに。
「お父さんを自殺に追い込んだんか」
千代に千之助と万太郎に何があったか聞かれて、「ええ? わて、そないあいつ(千之助)に恨まれてるの?」ととぼける万太郎。面倒くさいと言いながらも、千代に急かされ過去の話をする。このとき千代は「いいなずけを寝取ったんか、お金だましとったんか、お父さんを自殺に追い込んだんか」と第67回で噂になっていたことを聞くのだが、この「お父さんを自殺に追い込んだ」は、八津が同じく手掛けた『半沢直樹』みたいである(工場を経営していた半沢直樹のお父さんが銀行に融資をしてもらえなくて自殺してしまったことが、半沢と大和田の確執の原因。これは原作にはなくドラマのみの設定)。


最初、ソファに座っていた万太郎が千代を座らせたり、鏡の前に千代を座らせたり、優しい紳士みたいな、不思議なムード。それは万太郎の余裕の現れにも見える。
万太郎は旗揚げ公演を見たとき、千代の芝居に興味を持っていたのと、イエスマンばかりのなかでグイグイ攻めてくる彼女が面白いと思ったのであろう。千代も、大物と対峙したほうが彼女の健気な魅力が出る。大物にも負けずに向かっていく強さに心打たれるわけで、彼女が圧倒的に強いと面白さが半減してしまうのだ。
万太郎は、千之助をふいに辞めさせた。理由は「おもろいからや」。万太郎はこれまでも「おもろいから」という言葉を使ってきた。自分が「面白い」と思うことのためには道理を無視する、いわゆる天才タイプ。
切り捨てられた人たちの物語
千之助の台本が面白くないと、付き人の百久利(坂口涼太郎)がはっきり言う。あんなに千之助にペコペコしていたのについに彼がそう言うしかないほど本がひどいことがわかる。どうやら千之助は芝居に対して真面目ないいところもあるが、独りよがりなところが欠点で、万太郎が彼を切り捨てたのもそこが要因だ。千代は父に捨てられ、一平(成田凌)は母に捨てられ、千之助は兄と慕ってきた万太郎に捨てられた。『おちょやん』は捨てられた者たちの物語である。捨てられた者同士・千代と一平は夫婦になって、千代と一平と千之助、さらに前の劇団の座長に捨てられたルリ子をはじめ、前の仕事がうまくいかなかった者ばかりが集まって家庭劇をやっているわけだが、普通なら、捨てられた人たちがあたたかい絆で結ばれていくような話になりそうなものだが、『おちょやん』では家族や共同体の絆は淡い。
『おちょやん』は容易に夫婦や家族や共同体を美化しない。ここまで辛口の朝ドラはいままでなかったのではないか。朝ドラらしくないヘヴィーな朝ドラと言われる『純と愛』も主人公がひどい目にあってばかりだったが、愛する人との関係だけはキープされていた。
震災やコロナ禍でやさしい関係性が求められているときに、まるで違う、切り捨てられる現実を描いているところは注目すべきである。
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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■板尾創路(須賀廼家万太郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■曽我廼家寛太郎(小山田正憲役)プロフィール・出演作品・ニュース
■坂口涼太郎(曽我廼家百久利役)プロフィール・出演作品・ニュース
■華井二等兵(須賀廼家一二九役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami